驚惑introduzione
| この、すっとこどっこい! どうなってんだよ!
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あっけない終わりと、突然の始まりに
「どう言う事だ……?」
男の中の男、全ての男が憧れるファミリーのトップであるパーパことモンドは、溺愛する娘の事以外で滅多に見せない「困惑する」と言う感情をその顔に出した。
「そのままよ」
スミレは、ふふっと笑って目を細めているが、それはそんな顔をして喋る事だろうか、とそこにいた誰もが思っているだろう。
突然呼び出された、その体に大きな意思を宿すファミリーの中枢達。
スミレからの呼び出しだ。それなりに何かあるとは思っていた。そうして呼び出された面々の中に剣の幹部と棍棒の幹部は姿を見せず、誰もが絶対に何かあったのだと確信したのだけれど。
笑顔を浮かべていたスミレを見て、悪い事ではないとは思ったけれど、それはある種の悪夢に等しかった。
「パーチェが…」
「パーチェがどうしたんですか!」
スミレの言葉を遮って、珍しくルカが声を上げた。
最後にパーチェを見たのは、スミレの部屋。この円卓の中ではない。眠っているだけのパーチェ。けれど、その体は少しずつ滅びに向かっていた。
フェリチータの力と、デビトの願い。その二つが奇跡を起こしたと思いたかった。
「黙れよ、ルカ……」
眠いのを必死に我慢しているデビトが、酷く不機嫌そうに唸る。おそらく、ルカと同じく不安を抱えているのだろう。
瞳の石を変えてから、睡魔に捕らわれる事はなかったデビト。昨日の願いは、思いの外デビトの体を蝕んだらしい。
「マンマ、そう言う顔なら悪い話じゃねぇ。そうだろ?」
「ええ、悪い話じゃないわ。でもね」
デビトの言葉を受けて、スミレはちょっとだけ意地悪に笑うと。
「パーチェが、女の子になっちゃったのよね」
さらりと、今日のお茶はいつもと違うのね、とそんなレベルの事であるかのように言ったのだ。
そうして、冒頭に戻る。
「だから、パーチェが女の子……って歳じゃないわよね。女性って言うべきかしら?」
「かしら……って、マンマ、相当大きな問題じゃないですか……?」
ダンテが口の端をひくりと吊り上げて、スミレを見た。
「そう? 問題はあまりないと思うわよ? ラ・フォルツァもそのまま使えるようだし」
「いえ、能力の問題じゃなくてですね……」
何とかスミレと会話出来ているのは、ダンテだけだ。モンドは困惑したまま帰ってこない。ジョーリィですら呆気に取られた顔をしている。
他は、顎が外れるんでは無いかと言う勢いで口をかっぴらいていた。
「どうして、そんな事になった…?」
自分が呆気に取られた顔をしていることに気が付いたジョーリィが、何とか冷静に戻ろうとポーズをつけて殊更冷静な声でスミレに尋ねる。
「そうね、理由としては、ルオータ・デラ・フォルトゥナ、かしら」
おそらくは、と続けて。
「その力がどう働いたのかは分からないけれど、パーチェとラ・フォルツァの関係を変えてしまったようね。……ラ・フォルツァと彼女が望んだ形に」
生きて欲しいと願った、ラ・フォルツァ。
スミレは過程を立てていた。
「まるで、錬金術だな」
焼成、溶解、分離、結合、腐敗、凝結、吸収、昇華、発酵、増殖、変質。
古い口伝を口にして、ジョーリィは口の端を上げる。それを見たデビトがぎゅ、と拳を握った。
「そう言うわけで、パーチェが女の子になった、って言う報告の為に集まってもらったの」
「あの、マンマ」
頭が痛い。そう言わんばかりに額を押さえたルカが力の無い声を上げる。
「何?」
「それは、一過性のものですか? それとも永続的なものですか?」
「推測だけれども、永続的なものだと思うわ。理由は、分かるわね?」
スミレの言葉に、ルカは「そうですか」と帽子を目深に被った。
ジョーリィは気付いていたかもしれない。パーチェのタロッコの特性に。だから、楽しみが増えたと言わんばかりに笑っているのかもしれない。
ルカが立てた仮説。
おそらくは、パーチェは一度死んだのだ。肉体が滅んだと言うべきか。ともかく、パーチェの体は死滅した。タロッコの特性によって。
それは、肉体だけではなく魂の消失にも繋がった筈だったに違いない。
けれど、それをルオータ・デラ・フォルトゥナが変えてしまった。正位置のタロッコを逆位置のタロッコに変えてしまったのかもしれない。
だから、「男性」としてのパーチェは滅び、「女性」としてのパーチェが誕生した。
そう考えれば納得できなくも無い。
「パーチェは、パーチェのままなのか」
モンドが溜め息を一つ零してスミレを見ると、「そのままよ」と同じ言葉を返す。
「パーチェはパーチェのままよ。ただ、体だけが女の子になったって感じね。フェリチータの力で確認したけれど、中身は完全に本人だったわ」
そのスミレの言葉に、リベルタは顔をさっと青くする。それを見たノヴァが「何を考えている?」と片方の眉を上げた。
「……いや、187センチでたくましい女の子、って……」
リベルタの言葉で禁断の扉が開く。
そう、パーチェは男としては本当に逞しい。高身長に広い肩幅、がっちりとした体。それが女の子になったとしたら。
「アマゾネス……」
ぼそりとジョーリィがそう口にした、
何度か見た事のある、遠い国の女性戦士。
パーチェ辺りではなければ戦う事が出来ないのではないか、と思うほどに逞しい女性だった。
それを思い出して、ノヴァも同じく顔を青くした。
「……流石にオレでも口説けねェ……」
金貨の色男、アモーレの伝道師と呼ばれたデビトですら口説く事が出来なかった女性達。
しかも、それが旧知の中のパーチェであるなら尚更に。
「いやいや、その、なぁ、うん、素敵だと思うぞ? 筋骨隆々な女性でも」
ダンテの慰めの言葉など、破壊的なイメージのパーチェ女性版を消す事に繋がらない。むしろ筋骨隆々と言う言葉が拍車をかけた気がする。
パーチェの体で胸がある、と言うだけでも違和感の塊なのに。
リベルタとノヴァは吐き気を催したらしく、口元を覆っている。
パーチェが女の子になった、と言う事に驚いていた面々だが、それどころじゃない状況に気が付いて顔を青くさせるばかりだ。
「ちょ、ちょっと仕事に支障が出るかもしれませんね」
「ちょっと? そんなレベルの話か? 町に出せると思っているのか?」
ルカの言葉に、ノヴァが渋い顔をする。
そう、棍棒の主な仕事は監査。町の至る所に顔を出すこと。
「怪物を放ったら、ファミリーの名前に傷が付く」
怪物なんて、と空笑いしたいところだが、脳内のパーチェは確実に視覚的には怪物だった。
子供が泣く。女性が泣く。男も泣く。老若男女全てが泣く。
「だが、棍棒の幹部はパーチェ以外には考えられないぞ」
出来れば、自分の後に幹部長になって欲しいと思っていた男だ。次代を担う幹部の中で、最も信頼されている人間はパーチェだと思っていたから、自分の後を頼めると思っていた。
女性になっても中身がパーチェなら問題ないと思いたいが、今現在問題は山積しているのが事実であるのは事実。それでも、棍棒を纏めるのはパーチェしかいない。
モンドも困っているのか、腕を組んだまま黙っている。
そんな目の前で広げられる面白おかしい事態を、スミレは楽しげに笑っていた。
「笑い事じゃねーよ、マンマ! オレ、一緒に仕事できる自信が無い!」
リベルタの泣きそうな叫びを聞いて、耐え切れないのかスミレが顔を覆って笑い出す。どう見てもスミレはこの事態を楽しんでいるように見えた。
「……笑い事か?」
モンドの渋い声に、スミレは目の端の涙を拭って。
「だから男って駄目ね。もっと柔軟に考えないと」
「パーチェが女になったのは仕方が無いにしても、ファミリーにとって大きな損失であるには間違いない。これからの事を考えるべきだろう?」
「大丈夫よ。きっと、大丈夫」
スミレが笑顔を浮かべるのと同時だった。廊下から賑やかな声が聞こえる。
「あら、来たわね」
「誰だ?」
「フェリチータとパーチェよ」
怪物とご対面!
リベルタとノヴァの顔にはそう書いてあった。
ルカは宙で十字を切り、祈る。デビトは目を瞑って耳を押さえた。
ダンテは念仏を唱え、ジョーリィはさり気無く目を入り口から逸らす。
そうしていると、こんこん、と軽やかなノックの音。その音にスミレが「入りなさい」と返した。
「失礼します」
扉から顔を出したのは、見慣れた三人のメイド。
「メリエラです」
「イザベラです!」
「ドナテラです」
そうして名乗りを上げると、スミレに近付いた。
「どうだった?」
「魂抜けちゃってましたねー」
イザベラが満面の笑顔でそう言うと、ドナテラが頷く。
「でも、ご本人は大人しかったので大丈夫でしたよ」
「そう、それなら良かったわ。屋敷にあるもので何とかなったかしら?」
「ええ。それでも、早く町できちんとしたものを買った方が宜しいかと思われます」
「そうね。じゃあ、デビト。服を選んであげて……って、聞きなさい」
耳を塞いでいるデビトは、つーんと顔を反対に向けた。小さな反抗である事には間違いない。
「マンマ」
「あら、フェリチータ」
「一緒に引っ張って。パーチェが絶対にイヤだって言うの」
「パーチェ。まさか、フェリチータ相手に力を使って無いでしょうね?」
パーチェの力は、突発的に物理的な力を上げる。それを使っていたら、フェリチータの力では部屋の中に引き摺り込む事は出来ないだろう。
「だ、だって、マンマ……」
聞こえてきたのは、懐かしい声。
ルカが驚いて立ち上がる。
「ちょ、デビト、デビト!」
「オーレーはーなーにーもーきーこーえーなーいー!」
「そうじゃなくて、パーチェの声!」
「は? 何が?」
「良いから耳から手を外しなさい!」
ルカはデビトの後ろに回ると、その手を耳から離した。
「ルカ! てめぇ!」
「今の声、パーチェ、パーチェなんですよね?」
「ルカ……?」
頼りない、声がした。
それは、幼い記憶。まだ、声が変わる前の、パーチェの声。教会で過ごしたあの時の声。
その声に、デビトもガタンと立ち上がった。
「マンマ、まさかパーチェは……子供に?」
「違うわ、きちんとした女性、よ。ただ、やっぱり全ての器官が変わっているから声質も変わったんでしょうね」
出てきなさい、パーチェ。
スミレの声に合わせて、フェリチータがパーチェの腕を思いっきり引っ張った。
その時、その場にいた人間が凍りつく予定だった。けれど、訪れたのはただの戸惑いだった。
「マンマ、オレ、こーいう服似あわない……」
この屋敷に187センチの大女に似合う服など置いているのだろうか、と言う単純な疑問は吹っ飛んだ。
「私より少し背が高いだけだから」
フェリチータは、ぎゅっとパーチェの手を握る。
「でも、やっぱりお嬢が着てる方が可愛いよ」
丸い襟のブラウスに、真っ赤なリボンタイ。胸の下からコルセットで締め付けるタイプの黒いスカート。
いかにもルカが好みそうな可愛らしい洋服だった。
「あと、美容師も呼んだ方が良さそうです。結構量が多かったので、梳いてもらったほうが良いと思います」
イザベラの苦労の証、いや、作品と言うべきだろうか。
髪は全て下ろしており、くるんくるんと巻いてある。華美ではなくあくまで控えめに、だが。それをカチューシャで何とか押さえている状況だ。
「これが…私の精一杯です」
「イザベラは頑張りました」
ドナテラが、くっと拳を作って泣きそうな顔をする。一体、どんな状態だったのか聞くのも恐ろしい。
「パーチェ……?」
ルカが震えるような声で名前を呼んだ。
「ルカからも言ってよ。お嬢がこれが良いって聞かないんだもん」
「だって、それ……可愛いから」
「可愛いのはお嬢が着ればいいのに」
「でも、お嬢様の選択は間違っていませんよ? コルセットでウエストサイズもなんとかなりましたし」
メリエラの言葉に、フェリチータがはにかむように笑った。
なんて幸せそうな光景。いや、違う。
「どぉぉぉぉぉ言う事だ! パーチェ!」
「どうしたの、デビト」
「どうしたのデビトじゃねぇだろうがこのすっとこどっこい!」
「何がすっとこどっこいなんだよ」
「すっとこどっこいだからすっとこどっこいっつってんだろうがバカ!」
見て取れるデビトの混乱。女の子が目の前にいるのに、いつもの歯が浮くような言葉ではなく飛び出したのは「すっとこどっこい」。かなりの混乱であった。
「てめぇ、オンナになったのは何とかして理解してやる! けど、それは何だ!」
自分の体力やら何やらを消耗した結果がこれではあまりにも酷すぎる。
今日は、全身の倦怠感やら痛みやらついでに内臓まで悲鳴を上げているのに。
視力を失っても良い。
命以外なら、何を失っても良い。
そう、願ったのに、それなのに。
「それ?」
「その姿だ姿!」
顔はパーチェである。確かにパーチェである。人当たりの良いパーチェである。
髪の色もパーチェで、声もパーチェのものだ。
だがしかし、首から下が別人だ。
広かった肩幅が、なだらかな曲線に。
厚かった胸板が、豊満な胸に。
がっしりとしていた腰が、きゅっと括れている。
逞しかった足も、ほっそりと。
その上、身長はフェリチータより少し高い程度。
驚きのビフォーアフターである。
「そんなこと言ったって、オレじゃどうしようもないだろ!」
ぷう、と膨れる顔もパーチェなのにそれなのに。
「お嬢様」
ルカがくいくいとフェリチータの服の袖を引っ張った。
「何、ルカ」
「本当に、パーチェでした?」
「え?」
「その、パーチェの心の中でしたか?」
「うん、間違いないよ。あんなにラザニアが食べたいって言ってる心はそうないから」
曇りなき眼で繰り返される、ラ・ザーニア。あれ程のラザニアにかける情熱をフェリチータは知らない。
「まあ、ちょっと子供っぽいわね」
「…………」
スミレの言葉に、はっとしてフェリチータは俯く。
それに気付いたスミレは笑って。
「あなたが悪いんじゃないのよ、フェリチータ。ただね、歳相応の服って言うのがあるのよ。パーチェには、もうちょっと色気が必要ね」
「色気?」
「そう。ファミリーの女であるなら、それなりにその武器を使わないとね。と言う訳でデビト」
「あ?」
混乱と動揺で、顔が赤くなったり青くなったり紫になったりしているデビトの名を呼んで。
「あなたなら、分かるでしょ? 女の武器が使える服装と髪形」
白羽の矢が立てられたデビトは、ありえねぇ……と呟いて頭を抱えた。
この状況の中、ジョーリィは「面白くなったな」と呟き、ダンテは本当に開いた口が塞がらなくなり、モンドは良く分からないものに祈りを捧げた。
そして、ちびっ子二人組は顔を合わせて。
「怖い」
と同時に呟いた。
驚きと戸惑いを連れて、新しい物語が幕を開けようとしていた。
Bisbiglia su amore a Lei.
L'amore e cantato a Lei.
Non c'e ragione per visitare ecc tale durata.
comunque
Il disdegni augurio a quella durata
Possibilmente il miracolo fu causato.
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