タナボタコンランvalentinoBaciami!



バレンタインの馬鹿騒ぎ。ちょっと未来の話。





 その日はまさに、混乱と呼ぶに相応しかった。





 ぴぎゃあああああ!
 まさしく、そう、パーチェは泣き叫んだ。
 確かに彼……正しくは、彼女、にとっては一大事だろう。
「ほ、ほら。パーチェ。私の分をあげますから? ね?」
 ぴぎゃあああああ!
 ルカの慰めも届かない。
 バレンタインは彼女にとって生命線であり、年内で楽しみなイベントの一つだったのだから。
「お嬢、パーチェの分のチョコ、用意した?」
 リベルタの言葉に、フェリチータは「一応……」と手していたものを見せる
 それにリベルタは声を失った。
 去年まで「彼」だったパーチェの元には、たくさんのチョコレートが集まっていた。
 だがしかし、今年は「彼女」。渡す側に回っているのだ。
 その上今年はリバチョコなるものまで氾濫していて、レガーロ自体が謎のチョコ祭りと化している。
 そんな最中なので、良く分からない状態のパーチェの元にチョコレートは殆ど集まらなかったのだ。
 食欲の権化である彼女にとって、それは災難でしかないだろう。
 ファミリーもファミリーでリバチョコを用意したけれど、パーチェの事は失念していて用意していない。
 つまり、彼女の嘆きは至極当然の事だった。
「…ダンテ」
 ジョーリィが耳を塞いで、隣に立つダンテを見る。
 ファミリーが渡すリバチョコを用意したのはダンテだ。ダンテに落ち度はある。
「よ、よし。パーチェ。ラザニア食べにいこう」
 ダンテはぴぎゃあああと泣き叫んでいたパーチェの頭をぽんと叩くとそう言った。
 随分と低くなった身長に違和感を覚えながらも、ひきつった笑みを浮かべる。
「ラ・ザーニア?」
「今日はオレが奢る。お子様以外は付いてこい」
 幹部長としてやらねばならない時がある。
 それが、今だ。
 出費は痛いけれど、他のファミリーに比べれば貰っているのだから、これくらいの振る舞いはある意味当たり前かもしれない。
「えー、ダンテ! オレたちは?」
「お前たちには明日の昼な」
 抗議の声を上げるリベルタに腑に落ちない表情のノヴァ、そしてあからさまに残念そうなフェリチータ。
 今日はおそらく、スミレの母国の言葉を借りるなら「無礼講」になるだろう。
 そんな状況下に、お子様三人を置くわけには行かない。
 そんな時。
「そうね、その時は私も一緒によいかしら?」
 スミレが食堂にやってきて、ふふ、と笑ってそう言った。
 どうやら、パーチェの泣き声はスミレの部屋にまで届いていたようだ。
「今日は三人とも私の部屋にいらっしゃい。リバチョコにとっても美味しいお菓子を頂いたの。一緒に食べましょう?」
 こう言う時の女性の心遣いはありがたい。
 その上。
 スミレはそっとダンテの耳元で。
「今日の飲み代はファミリーにつけてちょうだい。私とあの人からのチョコ代わりよ」
 ……出来る女は気遣いが違う。
 全く頭が上がらない。
 そんなやりとりを密かに聞いたジョーリィも、今日は参加の意向らしい。
 全く、どんな状態になるのだか。
 ダンテはため息を一つ付きつつ、目の前でパーチェを宥めすかしているルカと耳を塞いでいるデビト、そして何やらやらかしそうなジョーリィを見て。
 本当に、大丈夫だろうか。
 一抹の不安を覚えた。





 結果から最初に言えば。
 大混乱。混沌。ともかく、子供には見せられない大人の姿と言うべきか。
 大量発生した酔っ払いたちが愉快にどんちゃん騒ぎをしていた。
 ダンテが連れてきた面々プラス愉快な金貨と棍棒のコートカード。
 元々お祭り騒ぎが好きな人間たちだ。
 偶然とは言え同じ店にいるのだから、お祭り騒ぎにならないはずがない。
 確か、今日はバレンタイン……
 恋人と過ごす筈の日に、何故にファミリーの方々はこんなところでどんちゃん騒ぎ……
 店の人間はそう思いながらも、売り上げ的にはありがたいのでもくもくと料理を作っていた。
「……何ぶすくれてんだヨ」
 エールの瓶を片手に、デビトはふくれっ面でラザニアを食べているパーチェに話しかけ……いや、正確には絡んだ。
「お前、好きだろうが、それ」
「好きだけどさぁ」
 フォークでラザニアを掬うと、はい、とデビトの口元に近付ける。
「んだよ」
「酒ばっかり胃に入れたら、明日胸焼けするよ?」
「ばーか、楽しい酒は後に残らないんだゼ」
 幸運のタダ酒。
 しかも周りは気心しれた人間。
 デビトにとっては、楽しい酒の時間であるのは間違いない。
「まーたそんなこと言って。ルカちゃんに怒られるよ?」
「知るか。あいつも結構飲んでんだから、良いだろ?」
 無礼講、とばかりにルカはダンテの頭から後光と共に鳩を出している。
 かなり酔っぱらっているのは事実だ。
「で、お前は何が気にいらねぇんだ?」
「え?」
「ラザニア目の前にして、膨れてるお前なんて初めて見たぞ」
 見た目に反して面倒見の良いデビトは、パーチェの隣を陣取る。
「だって、今日は、バレンタイン……」
「さっき、バンビーナからチョコ貰っただろうが」
「お嬢はくれたけど!」
 館を出る前に、フェリチータがパーチェに渡したのは可愛いとは言い難いチョコ。
 周りも驚いたが、パーチェは喜んで受け取った。
 バケツいっぱいのチョコレート。
 テンパリングしたチョコレートに、ドライフルーツやナッツ、マシュマロを混ぜ、薄く伸ばして固めたものを砕いたものが大量に入っていた。
 フェリチータ曰く「パーチェが好きそうなもの全部入れた」らしいのだが。
 まあ、確かにバケツも新品で可愛らしいものだし、量を必要とするパーチェにはうってつけのチョコレートだろう。
 それをバールまでの道のりで食べあげたパーチェは流石というか何というか。
 それで胸焼けする訳もあるまいし。
 エールを一口飲んだデビトに、パーチェはぽつりと。
「リバチョコ」
「へ?」
「デビトから、チョコ貰ってない」
 ぶすーっと頬を膨らませて、そう言った。
「ア?」
 確かに渡していない。
 と言うより、ファミリーの誰も渡していない。
 なのに、自分から渡さないくらいでここまで膨れるのか。
「んだよ。チョコ欲しかったのかよ」
「だってさー、町の女の子たち、みーんな貰ってたよ?」
 監査という仕事柄、町を歩くパーチェの目に飛び込んできたのはチョコを貰っている女の子の姿。
 女の子でもチョコを貰えるのか、と思ったのに。
「誰もくれないし」
「ダンテから貰ってんだろ、それ」
 デビトはラザニアを指さすが、それじゃないとパーチェは首を横に振って。
「て言うか、何でデビトはくれないの?」
「何でオレが」
「町の女の子にはあげたんでしょ、リバチョコ」
「そりゃあ、まあナ」
 アモーレの伝導師、金貨の色男、などの浮き名を持つデビトがこんな日にチョコを用意しない訳がない。
「じゃあ、俺は?」
「ア?」
「これでも現在は女の子なんですー。チョコが欲しいんですー」
 だめだ、こいつ酔っぱらいやがった。
 ラザニアの前には空のグラス。
 かなりの量を飲んだのではないだろうか。もしくは、様々な酒を飲んだか。
「チョコくらい明日やるから、とりあえずお前はそこで寝ろ」
「何でー?」
「酔っ払いは黙れ」
「酔っぱらってませんー」
「……寝ろ」
「チョコくれたら寝る」
「チョコは、ここにはねェ! ドルチェで我慢しろ」
「やだ、チョコ」
「明日な、明日」
「今日じゃなきゃやだ」
 完全に酔っ払いの反応を見せるパーチェに、デビトは。
「分かった分かった。お前の欲しいもんで今持ってるもんならやるから。だから、寝ろ」
 起きていて暴れられても困るし、これ以上飲んで明日の仕事に差し支えても困る。
 デビトのそんな言葉に、パーチェはきょとん、とした後。
「何でも?」
 こてんと首を傾げた。
「何でも……って、銃はやらねぇぞ」
 装飾のある二丁拳銃はデビトにとって大切なもの。
 それを譲れと言うような人間ではないけれど、酔っ払いなので一応釘を刺す。
「じゃあ、デビトちょーだい」
「……え?」
「デビトちょーだい」
 にこ、っと笑って両手を差し出して、パーチェはそう言った。
 ……酔っ払い、決定。
「ルカ、おい、ルカ!」
 自分ではどうにもならないと、同じ酔っ払いでも害の無いであろうルカを呼ぶ。
「何ですかー?」
「何ですかーってお前、俺の頭から鳩を出すな鳩を!」
「じゃあ眼帯からー」
「眼帯からも出すな!」
 へらりと笑いながら鳩を出しているルカを見て、デビトは項垂れた。
 ああ、こいつも役に立たない酔っ払いだ。
 ダンテは最後までいて貰わないと困るし、ジョーリィなど論外。こうなったら酒に強い金貨のコートカードか、棍棒のコートカード……
 辺りを見回せば、酔っていないであろう、その上紳士的な。
「レナート!」
「何ですか、カポ」
「悪いがこいつ、館まで持ってってくれ」
「えー、どう言う事、デビト!」
「お前は黙ってろ」
 ぷくーっと頬を膨らませてデビトの腰にしがみ付いたパーチェを指差して、部下であるレナートにそう言う。
「しかし、カポが連れていかれた方が……パーチェさんは、今現在女性ですし」
「これを、お前はどうにかする事が出来るか?」
 はとー!
 至る所から鳩が飛び出している現状に、レナートは「仕方ないですね」とパーチェに手を差し出す。
「パーチェさん、館に行きましょう。お連れしますから」
「えー……」
「女性が一人で出歩くのは危険かと思いますので」
「デビトがいーい!」
「うるさい、黙れ! あと、ルカ! 鳩を出すな鳩を!」
 金貨のコートカードは酒に強いが、それでも少しは酔っているようで、ジェルミが笑いながら転げて行っている。
「あの、カポ」
「ア?」
「その、ジェルミとヴィットリオの暴走を止めないとそろそろ……」
 確かに、デビトがこちらの性質の悪い酔っ払いをどうにかするとなると、金貨の酔っ払いをどうにか出来るのはレナートしかいない。
「あ、そうだな。おい、棍棒の……」
 こうなったら、棍棒のコートカードで比較的まだ酔っていない人間を探そうとすると。
 パトリック以外が、真っ青になっている。
「おい、お前ら、悪酔いでもしたか?」
「酔ってるのは、こいつだけです」
 クラウディオが指さしたのは、パトリックで、パトリックは酔ってまーす! と陽気に答えた。
「じゃあ、何で……」
 がしり。
 デビトの腕を掴んだのは、ピノの手で。
「どうした?」
「あ、あの、その……親分をお願いします!」
「え?」
「そ、その、親分はとても素敵な女性になってますので、その、あの……」
 何を言いたいのか分からない。
 こいつら大丈夫か、と眉間に皺を寄せると。
「あの、その、デビトさんに一つだけご報告したい事が……」
 イゴールが言いにくそうに、視線を明後日の方向に向けて。
「んだよ。言ってみろよ」
「親分、一滴も酒を飲んでません」
「へ?」
「その、グラスに入ってたのは、ルビーグレープフルーツのフレッシュジュースで……えっと、その」
 何だか、嫌な予感がする。
「すみません、親分は素面です」
 クラウディオの言葉の後。
「そー! 親分が飲む予定の酒、オレが全部飲みましたー!」
 パトリックが、死刑宣告をデビトに下した。
「おま、酔ってないのかよ!」
「だから、酔ってないっていってるじゃないか!」
「だったら、何でそう言うアホみたいな事言うんだよ!」
 腰にしがみついて、むすーっとむすくれているパーチェに唾を飛ばしながらデビトが叫ぶと。
「だって、バレンタインだし! デビトはリバチョコくれないし! だったらデビトくらいくれたっていいじゃないか!」
「オレはものじゃねぇ!」
「何でもくれるっていったよ!」
「うっせー! 取り消しだ取り消し!」
 そんな阿呆なやり取りの周りで鳩を出すルカ。
 もう、混乱を通り越して世紀末に近い。
 そこに、何やらグラスをもったジョーリィがやって来て。
「パーチェ、俺からもリバチョコの代わりをやろう」
「え? ジョーリィが?」
「ああ。とりあえず、今日、これをデビトに飲ませると良い」
 そう言って、パーチェに謎の粉薬を渡した。
「てめぇ! 何をパーチェに渡してる!」
 デビトの制止は最もだが。
「でも、またデビトが辛い思いをするんでしょう?」
「そうかもな。なら、お前が飲んでも良い」
「俺が?」
「まあ、それの方がデビトも良い思いをするんじゃ……鳩は仕舞え、ルカ」
 ジョーリィの頭の上で鳩がくるっぽーと鳴いている。
 ついでに、何か察したデビトもぎゃー! と叫んでパーチェから粉薬を奪った。
「ジョーリィからもらったものは、絶対に口にするな! いいな!」
「でも、デビトが……」
「しない、絶対にオレに良い事にはなってねぇ!」
 そこに、良い具合に出来あがったダンテが、デビトの肩を叩いて。
「よし、デビト。明日はお前に休みをやろう」
「はぁ?」
「それに、パーチェにも」
「え? 俺に?」
「そう、今日は恋人達の日だからなぁ。男女が……」
「それ以上言うなこのすっとこどっこい集団がぁぁぁぁ!」
 デビトの血管が丈夫だった事をありがたいと思って貰いたい。
 ぜぇはぁと息をするデビトに、ヴィットリオがそっと手渡したのは。
「どう言うつもりだ? ヴィットリオ」
「いえ、館よりイシス・レガーロの方が近いですから」
 至極真面目な顔をして鍵を握らせているが、ヴィットリオは酔っている。
「レナート、このアホどっかに捨てて来い」
「えーっと、デビトさん。うちの親分お願いします☆」
「棍棒の奴ら! そいつどっかに埋めて来い!」
 てへぺろ、と笑うパトリックを指差して、デビトはみぎゃあああと怒鳴った。
 遊ばれていると言うか何と言うか。
 最悪なのは、この人間達に悪意はないと言う事だ。ジョーリィ以外。
 全部が厚意で、泣けて来そうである。
「わー、良かったね、デビト」
「良かったねじゃねぇだろ! お前も淑女の嗜みらしくそんな雑な誘い方すんな!」
「雑って……」
「いや、お前にそう言うものは求めて無いし……」
 正直、誘われても困ると言うか何と言うか。
 関係が無いと言えば嘘になるが、大体いつもデビトからか流れでそのなんだまあ、なので困るのが本音だ。
「ふーん」
「だから、とりあえず、今日は食って寝ろ」
「やーだ」
「パーチェ!」
「雑じゃなきゃ良いんだよね」
「あァ?」
 パーチェはするりとポニーテールにしていた髪を解き、リボンタイを取って、投げ捨てる。
 そして。
「デビト、ちょうだい?」
 囁くようにそう言うと、するりと腕をデビトの首に回し、体をデビトに密着させて、足をデビトの足に絡めた。
「ね?」
 天使の笑みで誘惑されても、困ると言うか本当にもうどうにかしてくれ……
 集まるのは野次馬の視線。
 ここにいても鳩は飛ぶわ、酔っ払いは絡んでくるわでロクな事が無い。
「行くぞ」
「ふえ?」
「ついて来いって言ってんだよ!」
 デビトはパーチェの手を掴み、やや強引にその場から離れようとする。
 そうすると。
「がんばれよー!」
 その言葉の大合唱が聞こえた。
 その瞬間、店に銃痕が出来たのは言うまでもない。
 ――そしてその日、その店の日誌にはこう書かれている。
 金貨の色男が敗北する姿を初めて見た、と。





「ほらよ」
 ぼすん、とベッドに腰掛けてパーチェに何かを投げる。
「んー? 何これ」
「チョコだチョコ。ミルコんとこで買ってきた」
 ドルチェ売りのミルコのところでチョコを買うと、ミルコが「やっぱり金貨の色男は違いますねー! 棍棒の幹部さんお持ち帰りなんて!」と言うので一発殴って来た。
「え?」
「チョコが欲しかったんだろ」
 少しの後悔と、大きな幸福感。
 まあ結局、あの後美味しく頂かせていただいたが、パーチェと一夜を共にするのは嫌いじゃないので良い。
 むしろ、妙な幸福感に包まれる。
 柔らかで、泣きそうになるほどの。
「わーい」
「わーいって、お前、起きて食え」
「……今日は体がきついからまだ寝る」
 チョコをもったままベッドに潜りこんだパーチェは、酷く嬉しそうで。
「ま、いいんじゃネ。ダンテが休みくれたし」
 そんな嬉しさが、デビトにも伝染してくるようだ。
「ホントにくれたの?」
「さっき、レナートが来てな。て言うか、使い物にならねぇみたいだぞ、あいつら」
 レナートが至極真面目な顔で「ファミリーの皆さんは全滅に近いです」と報告してきた。
「何で?」
「二日酔い。あのルカがバンビーナの後を付いて行かない位には」
「うわ、重症」
 かなり二日酔いが酷い状態なのは間違いない。
 デビトは、ちらりとパーチェを見るとベッドの上に上がって。
「オレも眠いから寝る」
 パーチェの横に潜りこんだ。
「ゆっくり寝ようよ。今日くらい」
 ぽんぽんと背中を叩く、パーチェの手。
「ん」
 優しさと幸福感に包まれてとろとろと襲ってくる睡魔に身を委ねると、デビトはそのまま目を閉じた。





 まさかの、ジャッポネの言葉で言うならたなぼたの休みと柔らかなぬくもり。
 デビトにとって、バールでの失態を除けば、幸福なバレンタインだった。







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