君に、会いたかったんだ。








 夏休みの特別授業が終わり、本格的な夏休みに入った。
 とは言え、受験生と言う事実は変わらない。作兵衛にとって今年の夏は、勉強を死ぬほどしなければならないのは変わらないわけで。今日は参考書を買いに行くという留三郎と一緒に本屋で涼んで、もとい、必要な問題集を買ってから留三郎に家に行く事になっていた。
「今日は、あっついですねぇ」
 駅の構内を歩きながら、ぱたぱたと手で自分の顔を仰ぐ。
「最高気温たたき出すんじゃねぇか?」
 ここのところ、日本各地は毎日真夏日となり、色んな場所が最高気温をたたき出していた。これでは、留三郎の部屋はかなり暑いだろうな、と思ってしまう。慣れたとは言え、エアコンが恋しいのは確かな事だ。
「そういや、あれから文次郎は来たか?」
「いえ、まだ来てないです。友達が、犬見の潮江文次郎だと物凄く怖い人だって言ってましたけど…」
「怖くは無いぞ。ただ、やたら細かい事にうるさいんだよ。人の顔見りゃ喧嘩を吹っかけてくるし。全く、何で俺はあいつと幼馴染なんだろうな」
 苦虫を噛み潰したような顔で、留三郎は前を見る。そこに、左門や藤内のように恐怖の色は無い。
 本当に、食満先輩の幼馴染って奇人変人の集まりかもしれない。
 失礼かとは思ったが、作兵衛はそんな風に思ってしまった。
 完璧超人なのに中身が変な人と、怖い人なのに細かい事にうるさいって……
 留三郎自身、ある意味奇人変人だ。何しろ喧嘩が絶えない事で有名な鳥羽工でその人ありと言われた男だ。孫兵が作兵衛の心配をする気持ちも分かる。だが、その実、面倒見の良い兄貴分で困っている人を放って置けないお人好しだ。腕っ節の強さは相当なものだけれど。お陰で作兵衛は絡まれている所を助けてもらったのだが。作兵衛が、弱いわけではない。喧嘩も強いし、今まで負けたことはなかった。あの時だって、相手が年上でがたいがよく五人でなければ、勝っていたかもしれない。なんて、自惚れもある。それでもあの時は一方的にやられていて、もう駄目かもと思った時、留三郎がそれはもう鮮やかに相手を叩きのめしてくれたのだ。それ以来、作兵衛にとっては憧れの人である。
「おい、作兵衛」
「は、はい」
 どこでもここでも考え出したら止まらないのが作兵衛の悪いクセだ。妄想癖と言ったのは孫兵だったか三之助だったか。最初の奇人変人から尊敬に変わるまでを思い出していた作兵衛は、気付くと数メートル留三郎から離れていた。
「すみません」
「いや、いいけど。お前な、考え事しながら歩いてるとこけるぞ」
 留三郎は、わしわしと作兵衛の頭を撫でる。
 同じ学校に通いたかったなぁ。
 もし、あと一年早く生まれていれば、同じ学校に行けたのに。大学まで一緒とは思えない留三郎の後輩になれたかもしれないのに。
 撫でられながら、そんな事を思った。
 その時、留三郎の足がふと止まる。何かと思えば、見上げているのはホームに続く階段。そこは、作兵衛にとっても思い出深い場所であった。
 自分達のいるこの場所を曲がったすみれ色の髪。この角を曲がって、見えなくなった姿。あの日から追いかけている、後姿。
 その話は留三郎にしているけれど、場所まで教えたつもりは無い。なのに、留三郎は目を細めて何かを見つめている。
 何を見ているのだろう。
 入ってくるのは外の光と、知らない人の群れ。何かを懐かしむようなものはない。太陽の光は眩しいけれど、それを見つめる理由は無い。
 …もしかして。
「さくらの、君ですか」
 作兵衛の言葉に留三郎はぴくりと肩を動かし、すっと視線を作兵衛に向ける。
「お前、なぁ」
「当たり、ですか?」
 滅多に赤くならない留三郎が顔を赤くして、わしわしと作兵衛の髪を混ぜた。
 おそらく、当たりである。
 留三郎の想い人、と勝手に思っているさくらの君とは面識が無い。それでも、たまにその思い出話を聞かせてくれるようになった留三郎の口からは、優しさだけが溢れている。
 脱臼をすると言う事は、かなりの衝撃だったに違いない。話によれば、階段から落ちたさくらの君を受け止めた事が原因らしい。
 まあ、その後がまたすごいのだが。
 さくらの君は、話に聞くだけでは可憐で穏やかな空気を彷彿とさせるが、立花仙蔵曰く、医療に長けているのは間違いない、そうで。何せ、脱臼したという留三郎の肩を、いとも簡単に元に戻したというのだから。言っておくが、間違いなく女の子がである。それは、不慮の事故とは言え留三郎自身が確認している。その女の子が、上手な先生でなければ上手く入らないと言う骨を、しかもそれなりに鍛えている男の肩をはめるだけの力と知識を持って留三郎の脱臼を応急処置したのだ。その時三角巾がわりに腕に巻いてくれたのが、さくら模様の大判のハンカチだそうで、そこからさくらの君の名前が付いたのだと言う。
 泣けるくらいに自分に似ている状況。仙蔵が大笑いしたくなるのも無理は無い。しかも、場所まで同じだとは、一体どんなシンクロ率なんだろうと思ってしまう。
「俺も、ここなんです」
「え?」
「その、すみれの君にハンカチ巻いてもらったの」
 耳まで赤くなりながら、作兵衛は言った。
「は?」
「いや、この階段の一番上……」
 すっと指差すと、留三郎は作兵衛と指の先を交互に見る。
「……おい、作兵衛」
「何ですか」
「この話、仙蔵にはするなよ」
「分かってます」
 と言うか、話した時点でまた笑いのネタにされてしまう。それだけは避けたかった。自分もつい先日、特別授業で学校にいた面々に笑われて苦い思いをしたのだから。
「あ、でもあの本屋行くならこの階段ですよ」
「そうだな」
 二人の向かおうとしている本屋は、二駅ほど先の大型店舗。とても品揃えがよく、探している本が地元に無いときはそこを利用していた。
 作兵衛が先に階段を上がる。半分辺りまで来て、ふと上を向いた瞬間。
「ぅわっ!」
 頭上から、人の声。
 何かと思ったその時に、目の端を掠めたすみれ色。
 すみれ、色。
 作兵衛は、ためらう事無く両手を広げた。
 そうすると、太陽の光で上手く見えないそれは、ずんと作兵衛の手の中に入ってきた。
 (やべ、持ってかれる!)
 左門や三之助が引っ張る力より重い。すみれ色のあの子を助けた時は、片手で支えられたのに。それなのに、今日はどうしてだろう。全身にずしりと何かが圧し掛かっている。
 ぐらりと揺れた重心。
 (落ち、る)
 それでも、腕の中の命の重みだけは手放してはいけない。そんな気がする。あの子じゃなくていい、他の誰でもいい。ここから落ちたら命に関わる。
 そんなのは、嫌だ!
 作兵衛は、小さな体でぎゅっと手の中の命を抱きしめると目を閉じた。どんな衝撃が来ても良いように、頭は守るようにして。
 ああ、死ぬかもしれない。
 そう思った、その時。
 どすん、と何か柔らかいものに当たった。コンクリートのざらりとした感触ではない。何か、温かいもの。
 恐る恐る目を開けて上を見ると、そこには。
「っぶねぇ……」
 額に汗をかいて自分を見ている、留三郎の姿があった。
「食満先輩…」
「大丈夫か、作兵衛」
「俺は、大丈夫です…」
 声が、震えていた。覚悟した筈の痛みが訪れなかった事に安堵したのか、それとも怖かったのか。作兵衛自身にも分からない。
 がくり、と重心が下に下がる。
「食満先輩!」
 留三郎がその場に座り込んだのだ。それと同時に、作兵衛の体も下に引っ張られる。
 そんな中、何故か、拍手の嵐。
 何が起きたのか作兵衛は理解できなかった。自分が何をしたのかも。
「俺は大丈夫だ。それより…その人たちは大丈夫か?」
 その人たち?
 慌てて作兵衛は腕の中に抱きとめた人間を見る。綺麗な亜麻色の髪。それが、目の前で震えていた。そして、その人の腕の中には、綺麗な―すみれ色の髪。
「う、え…どういう、事?」
 自分の腕の中に、二つの命がある。
 一つの命は、亜麻色の髪の女性。そして、もう一つの命は、すみれ色の髪の少女。
「おい、大丈夫か、あんたら」
 留三郎が顔を顰めて、二人の安否を確認する。
「あ……」
 ゆっくりと、亜麻色の髪の女性は顔を上げて、作兵衛と留三郎を見た。ぼろぼろと涙を零して、震えている。その震えの中に、驚きがあった。
「あ、あんた……」
 そこまで言って、留三郎は作兵衛共々その二人を抱きこんでいた腕を放す。
「あ、あの……」
 その女性は、じっと留三郎を見たまま固まってしまった。
 そうしていると、走って来た駅員がそこにいる四人を見つけて、近寄ってくる。
「大丈夫ですか!」
 駅員の声に、固まっていた女性は思い出したように腕の中の少女の名を呼んだ。
「数馬! 数馬!」
 揺さぶっても少女は目を覚まさない。青い顔でぐったりとしている。
「数馬、しっかりして! 数馬!」
 涙を拭って、何度も少女の名前を呼んだ。
「……ん……」
 一瞬眉を寄せて、少女が瞳を開く。
「いさく、せんぱい?」
「分かる? 僕が分かるんだね?」
「あの、ぼく……」
「良かった!」
 ぎゅっと、女性は少女を抱きしめて肩を震わせて泣き始めた。
「あの、伊作先輩…?」
 少女は抱きしめられたまま、あわあわとしている。
 そのやり取りを腕の中でされている作兵衛としては、固まるしかない。と言うか、上手く言葉が出てこない。今更になって両手が震えてくる。腕の中の命が無事だった事に。
 そして、その命が。
 ――探していた、すみれの君だった事に。
 駅員がしきりに大丈夫ですかと繰り返す。その言葉に、大丈夫みたいですと返したのは留三郎だ。作兵衛は目を見開いたたま微動だにしない。
「作兵衛」
「食満先輩…」
「とりあえず、その二人を離してやれ」
「あ、そうですよね!」
 思いっきり強く抱きしめていた腕を離すと、その震えが直に見て取れる。よく頑張った俺の腕! と褒め称えたいくらいだ。
「頑張ったな、作兵衛」
「いや、何が何だか夢中で…」
 目の端にすみれ色を捉えた瞬間、勝手に体が動いていた。ある意味条件反射かもしれない。留三郎は右腕と左腕を交互に回し、自由になった手で作兵衛の頭を撫でた。
「びっくりしたよ。まさか、お前が二人も人間抱きとめるなんて。随分力をつけたな」
「それ言ったら、食満先輩なんて俺を含めて三人っしょ」
「まあ、これくらいならな」
 少し困ったように笑う留三郎は、すいっと視線を流して亜麻色の髪の女性を見る。
 無くしていた宝物を見つけたとでも言うべきだろうか。自分の記憶の中にある少女が年を重ねたらきっとこんな風になる。そんな願いにも近い現実が目の前にあって、胸の奥の一番綺麗な部分がぎゅっと痛んだ。
「あんたら、体に異常は無いな?」
 留三郎が良く通る声でそう言うと、亜麻色の髪の女性は振り返り少女を階段に座らせて立ち上がると、すたすたと二人に近付いてくる。
「ありがとうございました」
 ぴょこん、と頭を下げる姿がどこかすみれの君と呼んだ少女に重なった。
「もし、お二方に助けていただかなければ、僕と数馬はどうなっていたか分かりません」
 名前、かずまって言うのか。
 階段でぼうっとしている少女―数馬を見て、作兵衛はぐっと唾を飲み込んだ。上手く言葉が出そうに無い。あの時と同じ、水色の制服でポニーテールにした綿飴みたいなすみれ色の髪がふわふわと揺れている。そしてまた、留三郎と自分の前に立つ人も、亜麻色の髪をポニーテールにした水色の制服だ。おそらく、二人とも白桜の生徒なのだろう。
 目は真っ赤で、頬は涙に濡れているけれど、とても綺麗な人だと思った。
 真っ直ぐな姿勢で、その瞳は少しつりあがっているけれど大きな瞳だ。すっとした意志の強そうな眉に、桜色の唇。白い肌は柔らかそうで、数馬とよく似ていた。
 あれ、この特徴って…孫兵曰く「指名手配犯」のさくらの君じゃないのか…?
 確かに、あれだけの情報ならいくらでも一致する人はいる。けれど、目の前の人がさくらの君と言うなら納得できる気がした。
「いや、あんたらが無事ならそれでいいって」
「いえ、何かお礼をさせてください」
「かまわねぇって。それより、あんたら白桜だろ。鳥羽工の人間と一緒にいたら怒られるぞ」
「………薄荷さん?」
「え?」
 落ち着いたらしい数馬がとことこと、三人に近寄ってくる。
 やば、気付くかな!
 心臓がお祭り騒ぎである。作兵衛はぎゅっと目を閉じてから決意を決めたように数馬を見るけれど、数馬は留三郎に釘付けになっている。気の所為かその頬は赤い。
 ああ、友人達よ。誰よりも頼りになる友人達よ。俺は、失恋したみたいです。そうですよね、食満先輩は男前だし、かっこいいし。三人くらいなら受け止めたりしますし。二人受け止めた時点で下に落ちかけた俺とは違いますよね。
 作兵衛が妄想を繰り広げていると、数馬は留三郎と女性の顔を交互に見る。
「伊作、先輩」
「か、数馬! 何を言い出して…」
「だって、この方、薄荷さんじゃないですか?」
 数馬の言葉に、女性は驚いたように目を開け数馬の口を塞いだ。
「す、すみません。何か、勘違いしたみたいで…」
 あはははは、と笑う女性に留三郎は動けなくなる。
「もしかして、あんた、三年前の……」
「え………」
「脱臼、治してくれた人…?」
 留三郎の声は、震えていた。
「あの時の?」
 女性も驚いたように目を見開いて、留三郎を見る。
 何だか止まった空気に、妄想の旅に出ていた作兵衛が帰ってると、頭一つ高い位置で何かが起こっている気がした。
 そうして、視線を下ろすと、そこには数馬が立っていて。数馬も何となく視線を下ろして作兵衛をじっと見た。じっと見てから、大きな目を目一杯に広げて。
「いちご、さん?」
「は……?」
「あ、ごめんなさい!」
 思わず口から出た言葉に、はっと数馬は口を覆う。
「あの、その、この前、助けてくれた人、ですよね?」
「え?」
「そこの階段から落ちかけて……」
 その時の喜びをなんと言ったらいいのか、作兵衛は分からなかった。
 覚えている。彼女は、自分の事を覚えている!
「ハンカチ、貸してくれた、よな」
 喉が渇いて上手く言葉が出ない。それでも紡いだ言葉に数馬は微笑んで。
「やっぱりそうなんですね! 良かった、会えて!」
 ぎゅ、っと手を握られる。
 今なら孫兵の部屋にでも突入できるかもしれない。孫兵の部屋は昆虫爬虫類の宝庫で、よく逃げ出してはその捕獲に走らされる。その孫兵の部屋に、何の武装もせず入れるかもしれない!
 それくらいに、作兵衛の心臓は跳ねていた。
「数馬、いちごさん、なの?」
「はい! やっと会えました!」
 数馬は、満面の笑みで女性を見る。
 特別可愛いわけじゃない。美人ではないが、ともかく、作兵衛にとっては何よりも可愛い女の子。世界をひっくり返してくれた女の子。
 やっと会えましたは俺の台詞です! そう叫びたかった。
「ずっと探してたんです。お礼、言おうと思って」
「いや、お礼されるほどの事はしてねぇし!」
「いえ、あの時は本当に助かりました。今日も、助けていただいて……」
「いやいやいや。助けたのは俺じゃなくて、この食満先輩だし」
 実際自分は受け止めただけ。助けたのは、間違いなく留三郎だ。
「作兵衛が気付かなかったら、俺は気付いてなかったかもしれない」
「食満、先輩?」
 作兵衛の頭をぽんぽんと叩いて、留三郎が笑う。
「二人を助けたのは……」
 その時、留三郎の顔が歪んだ。
「食満先輩! 大丈夫ですか!」
 作兵衛が慌てて留三郎の顔を見るが、留三郎は左の腕を押さえて何かを堪えている。それを見た女性が、ぎゅっと留三郎の手を握った。
「来て下さい!」
「え?」
「家、この近くなんです!」
 その瞳は真剣そのもので、冗談などを言っているわけではない事を証明している。
「いや、大丈夫だから。それより、あんたら白桜…」
「怪我人に学校は関係ありません! 数馬、ごめん、鞄持ってくれる?」
「はい!」
「それから、いちごさんも!」
「いちごさん…?」
 作兵衛はさっきから気になって仕方が無い。何故、自分をいちごさんなどと可愛い名前で呼ぶのか。それより、この堂々とした逆ナンパが気になるけれど。
「あの、ちょっと捻っただけだから」
「そのちょっとが悪いんです! 脱臼してたらどうするんですか!」
「え……」
「また、貴方に怪我をさせてしまったら、どうしたらいいんですか!」
 ぼろり、と涙を零して女性はじっと留三郎を見た。
「今度は、ちゃんと治療するまで離しませんから!」
 ああ、この人は間違いなく―さくらの君、だ。
 作兵衛の予想は確信に変わる。留三郎が会いたいと願っていた、さくらの君だ。三年間探したけれど見つからなくて、諦めかけていたあの人だ。
 初めて会った人だけれど分かる気がする。留三郎が探した訳を。
「あの、来てください! 薄荷さん!」
 白桜の規定鞄を二つ持った数馬が、ずいっと留三郎を見る。
 気が付くとさっきの拍手とは違った意味の視線が、四人に突き刺さっていた。
「分かったよ。でも、あんたの家には行く訳には行かない」
「え?」
「これは、近所の整骨院で治療してもらうから。変な噂たてさせたく無いし」
「変な?」
「俺は、食満留三郎。鳥羽工の三年だ。あんたら、白桜だろう? 関わるものじゃねぇ」
 留三郎の優しさが、嫌と言うほど分かる。
 白桜からは目を付けられている、鳥羽工の生徒。しかも、食満留三郎と言えば、かなり有名な名前だ。
「それから、作兵衛」
「はい!」
「お礼、渡してないんだろう?」
「あ……」
 いつも鞄に入れている、透明な袋。作兵衛は慌てて鞄から取り出すと、それを数馬に渡す。
「え…、これ…」
「ちゃんと、洗濯はしたから」
 白いハンカチと、数馬の髪の色をしたハンカチ。困惑した表情の数馬に、胃と心臓が反転しているんじゃないからと思うくらい気持ち悪くなる。緊張のしすぎだ。
「で、でも…」
「貰っておいてくれるか、お嬢ちゃん」
 留三郎が笑うと、数馬は困ったように首を振って。
「いえ、そんな訳には…」
 と、小さくなってしまった。
「頼むから、貰ってくれねぇかな?」
「え?」
「こう言う礼ってよくわからねぇんだけど、あんたに貰って欲しいと思ったから。駄目、かな」
 多分、これで終わり。
 彼女に会うことは、もう無い。それは、留三郎の態度が教えてくれた。自分達が近付けば彼女達に迷惑をかける。寂しいけれど、ここでこの淡い思いは終わり。明日からは勉強の日々だ。ここまで来て、改めて彼女と自分達のいる場所の違いに気付く。
 ごめん、藤内。ごめん、孫兵。ごめん、左門。ごめん、三之助。見つけたけど、駄目だった。
 上手く、笑えるだろうか。
 そう、思ったのに。
「わかりました」
 さくらの君が、ぐいと頬を拭いて真っ直ぐ留三郎を見て。
「この制服が悪いんですね」
「え?」
「ちょっと着替えてきますから、そこの店で待っててください」
「は?」
 思わず、声が裏返った。
「このまま怪我人を帰したりしたら、白桜保健委員会の名が廃ります」
 何だそれ…とは、留三郎と作兵衛共通の思い。
「数馬、行くよ。着替えはあるから」
「はい!」
「ちょちょちょ、考えろ! 俺、鳥羽工って言ったよな?」
「それが何ですか、食満さん。怪我人に学校なんて関係有りません」
 思いの外熱血なさくらの君に、留三郎は目を丸くしている。
「ともかく、その店にいて下さい。もし帰ったりしたら、鳥羽工まで行きますからね!」
「え……」
 それは、非常に困る事態だ。もしも、もしも、さくらの君が鳥羽工まで来たとしたら、危なすぎて大変な事になる。
「僕の名前は善法寺伊作です。ともかく、着替えてきますから。三年前みたいに、いなくならないで下さいね?」
 真剣な顔は、それだけで綺麗だと作兵衛は思った。
「あ、あの!」
 さくらの君―伊作の顔を見ていた作兵衛に、数馬が話しかける。
「え、えっと、お礼させてください!」
「いや、礼なんて」
「ぼく、三反田数馬って言います」
 さんたんだかずま。
 真っ直ぐに見られて、物凄く気恥ずかしい。作兵衛がどぎまぎしていると、ぎゅっとまた手を握られて。
「お礼、させて下さい!」
 いやです、と言える程作兵衛は達観していなかった。
「申し訳ないんですが、お名前、教えていただいて良いですか?」
「あ、富松、作兵衛、です」
「富松さんですね。ありがとうございます!」
 数馬も伊作に似て、中々熱血である。
 どうしようと留三郎を見ると、留三郎もどうしようと言った顔で自分を見ていた。
 本当に何も知らない人が見たら、逆ナンパである。
「それじゃ、ちょっと着替えてきますから。数馬、行こう!」
「はい」
 水色のスカートを翻して、二人は走って行く。その後姿を、残された二人はぽかんと見ているしか出来なかった。






 宛先:幼馴染
 件名:見つけた

 さくらの君が見つかった。
 協力感謝する。
 今度会ったら話するからとりあえず待て。
 作兵衛のすみれの君も見つかったから。

 追伸
 文次郎、とりあえずお前は引っ込んでろ。




 宛先:腐れ縁
 件名:見つかったけど

 すみれの君とさくらの君、無事発見。
 いろいろと助かった。
 色んな意味でびっくりしたというか何と言うか。
 今度会ったら話すから。

 追伸
 左門と三之助は、こっちまで来ないように。
 見つける自信がねぇ。





 さくらが咲いた。
 すみれが咲いた。



 花の様な君に、漸く、会えた。







咲いた、咲いた










−−−−−−−−−−
出会い編。お約束お約束。
このままだらだら書いてても埒が明かないので、一旦停止。
延々とこの四人このまま進んで行きそうだから(笑)。
女の子が大人しいだけだと思ったら大変だよ。相手は不運委員会だ!



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