持つべきものは、やっぱり?









「は? 何それ」
 教室の片隅で弁当の玉子焼きをつつきながら、孫兵は顔をしかめる。
「だからさ、知り合いに十代後半で淡い茶髪でつり目がちの大きな目の人いないか、って」
 水筒の麦茶を飲んだ後、作兵衛は先ほど言った言葉と同じ言葉を尋ねてみた。
「そんなの…左門と三之助見つけるより難しいんじゃないの?」
 藤内が二個目のコンビニ定番おにぎりの包装を剥がしながら、ちらりと隣を見る。そこには、二つ目の弁当を食べている左門と、メロンパンをもぐもぐと無言で食べている三之助。話には加わっているらしく、うんうんと頷いていた。ただ、内容を理解しているかは怪しい。
「だって、他に特徴ねぇし」
「アバウトすぎるだろ。何の指名手配者だ」
「……だよな」
 留三郎の探している人を探そうと心に決めた作兵衛だったが、如何せん情報が少なすぎる。まだ制服の手がかりがあった自分は幸運と言うべきか。
「で、その人が何したの?」
 藤内の言葉に、作兵衛はうっと詰まる。その様子をおかしく思ったのか、孫兵が片眉をあげて作兵衛を見た。
「えっと……」
 どう言えばいいのだろう。先輩が助けた人を探しています? それじゃ何か因縁をつけると思われてしまう。いや、だが、間違ってはいないのだ。あの、尊敬してやまない留三郎が脱臼をしてまで助けた人。その人に会いたいと願っている。何らかの見返りを要求するわけではなく、その人を知りたいと思っているだけだ。それを人は恋と呼ぶのかもしれないが。
 しかし、そんな話してもいいのか?
 目の前に座る友人達は、小学生からの腐れ縁と言う奴だ。
 孫兵と藤内は十分私立を目指せる頭を持っている。それでも公立に進んだのは、一重にこの関係を崩したくなかったからだ。高校に上がれば、否応無しに分かれてしまう道。それまで、まだ少し心地の良いこの場所にいたかった。と、以前二人が言っていたのを覚えている。
 残りの三人、もちろん作兵衛を含めだが、頑張れば私立に行けるだけの頭を持っているが、そこまでして私立に行く理由も見当たらなかった為、公立の中学に進んだ。
 全員同じ学区内。自転車で十分の距離圏内に住んでいる。
 その面々が、学区内にはいない留三郎の尋ね人を知っている可能性は限りなく低い。それでも、頼るべきはこの仲間なのだ。
「何、また鳥羽工の先輩か?」
 孫兵は、作兵衛が鳥羽工に進むのを快く思っていない。
 それはそうだ。鳥羽工は評判があまり良くない。出来るならもっと環境のいい学校に進む事を進めるのは友人として当然だろう。そして、その鳥羽工の生徒である留三郎との付き合いも良く思っていない。それは、ただ鳥羽工を毛嫌いしているのではなく、悪い道に入るのではないだろうか、と思っての事だ。
「いいだろ、別に。食満先輩は不良とかそう言うんじゃねぇし。ホントに、いい人なんだって」
「どうだか。お前に鳥羽工を勧めたのもその先輩じゃないのか?」
「違う! 自分で選んだんだよ」
 最近、進路を決めてからこんな風にぶつかるようになった。
 藤内と孫兵は、進学校の獅堂高校を選んだ。左門は通学距離が近いと言う事で、商業系に長けている犬見高校、そして三之助は体育系に力を入れている龍円寺高校を選んだ。工業高校の鳥羽工業を選んだのは、作兵衛のみ。もちろん、この学校から入学を希望した人間は少ない。
 別れてしまった道。それでも、続くと思っていた関係。なのに、喧嘩してばかりだ。
「孫兵、作兵衛、落ち着け」
 藤内が今にも食って掛かりそうな二人の間に入り、溜息を一つ。
「孫兵、作兵衛は自分で選んだんだよ。作兵衛、先輩に肩入れ過ぎ。二人とも、何度同じ事で言い合ってるんだよ」
 藤内の言葉に、作兵衛と孫兵は黙り込む。
「作」
 その空気を破ったのは、左門だった。
「…何だよ」
「これ、何だ?」
 どうやら作兵衛の鞄から落ちたらしいものを拾って、左門が首を傾げる。
「おー、随分可愛いな」
 作、いつからそんな趣味になった?
 三之助がそれを見て、ぼんやりとそう言う。
「ちょ……」
 よりにもよって何故見つける左門! て言うか、何で落とした俺!
 大事に鞄の中に入れていた、それは、透明な袋に入れていつも持ち歩いている。真っ白な、花の刺繍が付いたハンカチ。洗濯はしている。それと一緒に入っているのは、すみれ色したハンカチ。お礼のつもりの、それ。
「な、何でもねぇよ!」
 真っ赤になって左門からそれをひったくると、作兵衛は慌ててそれを鞄の中に仕舞い込んだ。
「作、真っ赤だぞ!」
「夏だからな!」
「……何、作に春でも来たのか?」
 三之助がにやにやと笑いながら、一リットルの牛乳パックに入った牛乳を一口飲む。
「え、何、ホント?」
「そうなのか、作兵衛?」
 さっきまでの暗い空気が一転、桃色になった気がしたのは作兵衛の気の所為ではない。
「ち、ちげぇよ!」
「嘘つきだな、作は」
 そういった事に一番疎い左門にまで気付かれてしまった、作兵衛の淡い思い。
「良かったな! 作兵衛!」
「だから、藤内、違うっつってんだろ!」
「顔に出てるぞ」
「孫兵! うるせぇ!」
 隠しようも無い、真っ赤になった作兵衛の顔。その顔を見ながら友人達はにやにやとしている。これでは、先日の留三郎と一緒だ。立花仙蔵と言う、幼馴染にからかわれていた、あの留三郎。やはり留三郎もさくらの君の話をこんな風にしたのだろうか。ふと、現実逃避でそんな事を思う。
「これは、その、礼だよ! 礼!」
「何の?」
「怪我したの、手当てしてくれた……」
「女の子だったわけだ」
 三之助はボーっとしているようで、かなり鋭い。
「でも、本当に良かった。俺、作兵衛、女の子に興味ないのかと思ってたから」
 はは、と藤内が笑う。
 作兵衛は、意外ともてる。だが、その雰囲気や粗野な口調から告白まで至った事が無い。前に、頼まれてラブレターとやらを作兵衛に渡した事があるが、それを無言で返してきて、藤内はその子に謝りに行ったことがある。何だか、最近では鳥羽工の食満先輩とやらの毒牙にかかったとの噂まで流れたくらいだ。本気で心配するのも無理は無い。
「作は、スカートめくりしなかったもんな!」
「あんなことする阿呆はお前くらいだ!」
 小学校時代、疾風の左門と呼ばれた左門の得意技はスカートめくりだった。
「で、どこの誰?」
 さっきとは随分違う口調で、孫兵が尋ねる。
 浮いた噂を聞かない、作兵衛の恋話。できる事なら手助けをしてやりたいと思うのが孫兵の思いだった。
「………」
「作兵衛?」
 あれ、怒った?
 作兵衛は怒りの沸点が高いはずなのに。からかい過ぎたのだろうか。黙り込んだ作兵衛を、四人は心配そうに見つめる。
「…わかんね」
「え?」
「どこの誰か、わかんねぇ」
「…どう言う事?」
 好きな相手の事なら、死ぬ気で調べる筈。それなのに、作兵衛はどこの誰か分からない人に礼をしたいと言っている。
「何か、急いでて。名前、聞き忘れた」
 気が付いたら、全て終わった後だった。階段を下りて、角を曲がった後姿。靡いていたすみれ色の髪。水色のスカート。
「お前は、なぁ」
 孫兵が呆れた顔で、作兵衛にでこピンをする。
「な、何だよ!」
「普通、聞くならその子の方が先だろ」
 先輩の尋ね人ではない。そんな指名手配犯のような特徴ではなく、自分が覚えている会いたい人間の事を尋ねるのが先だ。
「そうだな。覚えてる人間の方が探しやすいよな」
 藤内も孫兵の意見に賛成した。他は右に倣えである。
「……お前ら」
 何だか、胸の奥が熱くなる。
 こんな他愛も無いことに、付き合ってくれる人間がいる。それは、それだけで財産だ。
「で、特徴は?」
 三之助の言葉に、作兵衛はぽつりぽつりと喋り始めた。留三郎に話した時のようにすらすらと言えないのは、それだけ自分に近い存在だから。
「すみれ色の髪で、目が丸くて…」
「うんうん」
「眉毛太くて、困り顔で」
「うん…?」
「可愛いとか言うわけじゃなくて、でも不細工じゃなくて」
「……?」
「何か細くて、折れそうで、左門と三之助を引っ張るのよりは軽い」
「………」
「そんで、何ていうか、石鹸みたいな匂いがした」
「作兵衛」
「…何だよ」
「一体どんな場所でどう言う状況下でその子と会ったんだ?」
 藤内の疑問は最もである。作兵衛の足りない言葉では、疑問符しか浮かばない。
「食満先輩の家に行く途中、先輩んとこの最寄の駅で、階段から落ちかけたその子を助けた」
 確か、作兵衛は礼がしたいと言ったはず。それでは、作兵衛がお礼をされる側だ。
「何で、ハンカチ?」
「その時、その子が俺の腕引っかいたんだよ」
 それで、ハンカチ巻いてくれた。
 作兵衛の言葉に、と言うよりお約束展開にどう対応すればいいのか分からず、左門以外は開いた口が塞がらない。
「その礼がしたいなって…って何だよその顔は」
「いや、最初からその子に会いたいって言えばいいのにって」
 何と言うか、自分達の大事な友人は思いの外純情に出来ているようだ。
「素直じゃない」
「三之助の言う通り」
 もっと、素直になればいいのに、この年頃と言うのは微妙なのだろうか、と思わず自分達の年齢を省みる。
「そんな事、言える訳ねぇじゃん。何か、その子、白桜って学校の子らしいし」
「白桜!」
 四人はその言葉に、反応した。
「白桜ってあの白桜女子?」
「そう」
「って、やばいじゃん、それ」
 三之助の口からは、そんな言葉が漏れた。
 白桜と言えば高嶺の花。制服着てれば二割増と言うくらいのブランドである。この中学の学区内には無いが、有名な話だ。前に、白桜の子と付き合ったと言う事を自慢していたクラスメイトがいたが、一ヶ月続かなかったのが思い出される。
 知り合うのにも難しく、付き合うのにも難しい。
 それが、白桜だ。
「先輩達もそう言ってた」
「達…?」
「いや、なんか先輩に相談したら、先輩の幼馴染って人が教えてくれて」
 そういや、獅堂の制服着てた。
 そんな事をぽつりと呟くと、孫兵が目を丸くする。
「相談にしに行った先輩って、鳥羽工のだよな」
「そうだよ。で、幼馴染のが立花仙蔵、って人」
 変な人でさ、と言うと今度は藤内まで目を丸くした。
「孫兵、藤内、知り合いか?」
「獅堂の立花仙蔵って、あの立花仙蔵?」
「どの立花仙蔵か知らないけど、男にしたら、すっげぇ綺麗な人」
 その言葉に、孫兵と藤内は顔を見合わせる。
「俺も知ってる」
「ぼくも」
「左門と三之助まで? 何、有名な人?」
「うちにもあるぞ、ファンクラブ」
「へ?」
「成績優秀容姿端麗家柄名門。全国模試は常にトップ。獅堂の生徒会長で、女子に物凄く人気がある」
「三之助、何でそんなに?」
「うちのクラスの女子もそのファンクラブとかで、毎日騒いでる」
「ぼくのクラスもそうだ」
 左門まで知っていたのは意外だが、どうもあの人は有名な人らしい。と言う事が作兵衛の脳内にインプットされる。
「俺、すっげぇ爆笑されたんだけど」
 変な人、と言うイメージしかない。オレンジフロートが溶けたのも気にせず飲んだり、留三郎をからかったり、白桜の事を教えてくれたり、暑いと言うわりには部屋から出て行かなかったり。とてもではないが、そんな完璧超人には見えなかった。
「いや、でも、なんか意外」
「何が?」
「孫兵程じゃないけど、俺もあんまり好きじゃないんだよね、鳥羽工の人って」
 怖くてさ。
 そう言う藤内は苦笑いを浮かべている。
「鳥羽工と獅堂って完全に種類の違う高校だろ。ああ、鳥羽工のレベルが低いとは思ってないから。あそこ、入るのにすっごい苦労するの知ってるし。それでも入りたいって言う人間がいるのも知ってるし。だけど、正反対だろ」
 それは作兵衛も思った事だ。幼馴染でなければ、あんな絆は生まれない。それは、自分が知っている。腐れ縁でなければ、こんな性格がばらばらな一緒にいることは無いだろう。
「鳥羽工と獅堂の人でも仲良くなれるんだ、と思ったら安心した」
 別れた自分達の道の先で、可能性を秘めた人たちがいる。そのことが、何だか嬉しかった。
「……別に、俺達だってそうなるんだろ」
「うん、そうなる。ね、孫兵」
 おそらく同じ事を思っているであろう孫兵に、藤内は笑いかける。孫兵は何も返さない。それは、孫兵なりの肯定だ。
「作」
「どうした?」
「携帯、なってる」
「やべ、マナーモードにしてなかった!」
 左門に言われ、鞄の中から携帯を取り出すと、ディスプレイに表示されていたのは食満留三郎の文字。慌てて電話に出ると、留三郎の声がした。
「作兵衛です、はい。え、今日ですか。多分、大丈夫だと。しおえもんじろう? いえ、知らないです。逃げれないですって。立花先輩に連絡先握られましたんで。大丈夫ですよ。はい、はい。それじゃぁ」
 ぴっと携帯を切ると、微妙な顔をした左門が作兵衛を見ている。
「左門?」
「しおえもんじろう……て、犬見の?」
「多分。そう名乗る人間に気をつけろって言われた。幼馴染だからって」
 きっと、さくらの君を知っている一人だ。あの立花仙蔵と同じ幼馴染の。
「その人、多分、相当頭がいいぞ」
「え?」
「犬見の潮江って言ったら生徒会長さんだ」
「聞いた事がある。すごい予算に厳しくて、一桁の計算ミスも許さないって」
 どんな人と幼馴染なんですか、先輩。
 作兵衛は、そう心の中で尋ねられずにはいられなかった。
「でも、何で気を付けたり、立花仙蔵に連絡先を握られてるんだ」
「…先輩たちも、その、なんだ、先輩達がつけてくれた名前は、すみれの君、って言うんだけど」
「すみれの」
「きみぃ?」
「そんな奇妙な声出すな! その子の事、探してくれてて……だから、食満先輩の探している人も探したいと思って、さ」
「ふぅん」
「何だよ、孫兵。その顔は」
「いや、ちょっと考えを改めようかと思って」
「は?」
 孫兵は口の端をつりあげて笑うと。
「すみれの君を探すついでに、その指名手配犯も探してみる」
「孫兵?」
 藤内が不思議そうに孫兵を見る。
「探してるんだろ、指名手配犯」
「違う! さくらの君だ!」
 思わず出た呼び名に、四人は目を丸くして、その数秒後爆笑した。
「お、お前らなぁ!」
「いや、ごめん。でも、俺も探してみるよ、そのすみれの君とさくらの君」
「ぼくも、探すぞ!」
「俺も手伝ってやる」
 作には世話になってるからな! と笑う左門はどこか頼もしい。三之助は、楽しんでいるとしか思えない。
 その時、間延びした予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「やべ、弁当!」
「食い上げろ! 根性で食い上げろ!」
「俺、次、移動だった!」
 五人は慌てて弁当をかき込む。
 いつもの光景に、クラスメイトが気にする素振りも無い。
 そうして、その日の昼休みに五人全員が二分で弁当を完食すると言う偉業を成し遂げた。







 持つべきものは、やっぱりともだち!








ゼラニウムを君達に










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また野郎ばっかりだ(涙)!
女の子を書かせろ。私に、ふわふわの空気を誰か!
ちなみに五人の関係は親友と書いてマブダチと読め! です。
孫兵は四人の保護者です。苦労してます。
いつになったら、作兵衛は数馬に出会えるんですか(自分に聞いてどうする)。
そして、最強軍団が出来つつあります…。




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