不運は幸運の巡り合わせだと、誰かが言った。





「かわいいなぁ」
 こう言うの、孫兵が好きそう。
 そう思いながら、数馬はショーウィンドウにディスプレイされた服を見る。
 孫兵も藤内も、可愛いものが好きだ。
 可愛いでも種類は違うが、確かに可愛いものが好きで。
 こう言ったファーなどを使ったもこもことした可愛い服は孫兵の方が好きだったりする。
 藤内はポップで色が鮮やかなものが好きだ。
 二人とも可愛いなぁと言うだけで着たりはしないけれど。
 似合うのに、もったいない。
 数馬がそう言っても、二人は頑なに着ようとはしなかった。
 今日は、一人で学校から離れた場所に来ている。
 孫兵と藤内は用事があるとかで、一人で帰ることになったのだ。
 そうなると、普段は行かないような場所に行くことも出来るわけで、こうして人通りの多い場所に来ている。
 孫兵と藤内は、基本的に人混みが嫌いだ。
 理由は明確。
 二人は基本的に静かな場所を好むのもあるけれど、周りが放っておかない。
 気が付けば、人の視線を集めてしまう二人。
 二人とも文句なしの美少女で、そうなるのは必然とも言えるけれど。
 そんな二人は、数馬にとって自慢の友達だった。
 綺麗な孫兵と可愛い藤内は見ていて楽しいし、その外見を鼻にかける事もない。
 本物の美少女は中身も美しいとはこの事だろう。
 時折、あんな美少女と一緒にいて疲れない? なんて聞く馬鹿もいるけれど、美少女だから疲れるとはどう言う理由なのか。
 そう言う類には「そう思うなら鏡見てから二人に声をかけてください」と返すようにしている。大概そう言う類は自分の外見にコンプレックスがあるのだと知ったからだ。
 数馬は自分の外見も理解しているし、悲観的にもなっていない。
 孫兵に言わせれば純粋培養の娘さん、になるらしく、男性と言うものがあまり好きではないのも手伝い、異性が自分をどう見ているか、なんてどうでも良い基準…だったのに。
 ショーウィンドウに写る自分の顔を見て、思わずため息を一つ。
 見るのに苦痛を伴うほど歪んだ顔はしていない。ごくごく普通の顔だ。多分。
 まあ、ちょっとばかり下膨れで眉が太い程度は許されるだろう。
 可愛いって思ってもらいたい、なんてわがままだ。
 孫兵や藤内より可愛いと思ってもらいたいなんて、そんなの不相応過ぎる。
 数馬の中にあるのは、たくさんの後悔。
 孫兵と藤内を困らせたこと。
 自分につりあわない願いを持ってしまったこと。
 そんなものが堆積して、心が疲れているに違いない。
 これでは、ダメだ。
 きっと、こんな顔をしたままでは孫兵と藤内をもっと困らせることになる。
 何度か頭を振って、ふいっと視線を通りに戻した。
 確かこの先に、フルーツの美味しい店があった筈。
 記憶が確かなら、だけれど。
 そこで、ちょっと休んでいこう。
 それに、ドライフルーツのケーキが美味しかったから二人に買って帰ろう。
 そう思って、足を踏み出すと。
「ここは、どこだろうな」
「俺が聞きたい」
 聞き覚えのある声に思わず振り返る。
 そこには、見覚えのある二人が周りをきょろきょろと見渡す姿。
 間違いなければ、彼らは。
「よし、とりあえず右に行こう!」
「分かった、左だな!」
 すごい方向音痴で。
 孫兵と藤内の言葉を思い出す。
 意気揚々と全く別の方向に走り出そうとした二人の学ランの裾を、気が付いたら掴んでいた。
 女子校育ちをか弱いと思ってもらっては困る。
 男子のいないと言うことは、全て自分たちの手で。
 外見に似つかわしくなく、数馬の力はかなり強かった。
 自分達を引っ張る手に気が付いた二人は、くるりと振り返ると。
「あれ……」
「あ、君は……」
「あの、大変失礼かと思いますが、その、どちらに向かわれているんでしょうか?」
 自分の方向を向いた二人に、数馬は力を入れたままそう訪ねる。
「あ、学校に!」
「学校……?」
「そう。学校に行こうとして、ここ、どこかなって」
 話が見えない。
 この近所の学校に通っているのだろうか。
「どこの学校に、ですか?」
 そんな数馬の言葉に飛び出したのは、この近所の学校ではなく、全く違う場所にあるであろう学校の名前だった。
「うちの学校を知らないか?」
「え、っと、調べれば、多分……分かるかと……」
「どう行ったら辿り着けると思う?」
 これは、かなりやばい案件だ。
 自分の学校が分からない迷子なんて、聞いたことがない。
 とりあえず調べるにしても何にしても、落ち着いた方が良さそうだ。
「あ、あの……連れていきますから」
「え? 良いのか?」
「……このままお二人を離したら、お家にも帰れないんじゃないかと……」
「凄いな、どうして分かるんだ?」
 やっぱり。
 心の中でため息を一つ付くと。
「場所を調べますんで、ちょっとお茶に付き合って下さい」
「俺たちと?」
「はい……」
「女子校って男子と一緒にお茶を飲んで良いのか?」
 まあ、おそらく校則的にはアウトだろうけれど、今は緊急事態。
 多少のことは許される、筈。
「調べるにしても落ち着かないと無理じゃないですか?」
 困ったように笑う数馬に、二人は顔を見合わせると。
「……でも、その制服……」
「え?」
「その制服で、良いのか?」
 この学校の制服は着ているだけでブランドで。
 けれど、それは数馬にとっては関係のない話。
「あ、ぼく、この制服着ててもあんまり問題ないんですよ。気付かれないから」
 そう言って、行きましょう、と二人の学ランの裾を引っ張って目的の店へ向かった。





「これが、女子力……」
「え?」
「た、確かに、これが幻の女子力……」
 別に店内に男性がいない訳ではないし、カフェにしては男性は多い方だと思う。
 フルーツを全面に押し出した店で、殆どのメニューにフルーツが使われていて甘いものが苦手な人にも好評な店だ。
「えっと、このケーキですか?」
 フルーツのタルトはグラサージュがかかっていてきらきらとしている。
 確かに女子力と言う奴が高いかもしれない。
 けれど、二人の前にあるパフェも結構な女子力を含んでいるように見えた。
「いや、数馬さん」
「へ?」
「何て言うか、ひれ伏したくなる女子力って感じがする」
 そう言われて、数馬はぎゅむと眉間に皺を寄せる。
 数馬の女子力など平々凡々で、努力が足りないといつも思っているくらいなのに。
「どう言う……?」
「ここまでケーキが似合う女の子初めて見た」
 スプーンでシトラス系のパフェのてっぺんに乗っていたクリームを掬うと、身長の高い方、孫兵の言葉を借りるなら軟膏さんは驚いたようにそれを口に運ぶ。
「びっくりするくらい似合ってるな」
 王道中の王道、ベリー系のパフェのイチゴをスプーンに乗せて、背の低い方、藤内の言葉ならさもんさんはこくこくと頷いた。
「それは、つまり……」
 数馬は自分の中の言葉を探して。
「ぽっちゃりにはあまいものがにあうと……」
 細くもないけれど、太くもない。でぶと言う言葉を使いたくなかった数馬はぽっちゃりと言う言葉を選んだ。
「へ? ぽっちゃり?」
「誰が?」
「あの、その、ぼく、が」
「ぽっちゃりって、相撲取りくらいの事だろう!」
 さもんさんの言葉に数馬は思わず吹き出した。
「ぽっちゃりって言うより、ふんわり? やんわり? ぽよ?」
 何やら言葉を探す軟膏さんは、えーっと、と唸ってから。
「ふわぽよ、って感じがする」
「ふわんとしてぽよんとしてるな、確かに!」
 男の人の思考って分からない……
 どこをどう見れば、自分にそんな言葉が当てはまるのか。
 そして、彼らのぽっちゃりとはどんなぽっちゃりなのか。
「つまり、凄く女の子だなって」
 何がつまりなのか分からないが、さもんさんはそう言う。
「女子、ですが」
「違う違う。そう言う意味じゃなくて、えーっと、理想の女の子って言う感じ」
 誰の理想ですか。
 きっと、それは二人の主語が抜けているだけであって。
 作兵衛は後に感謝する事になるだろう。
「だから、そのケーキが凄く似合うなぁって」
「うん、とっても似合う」
 でも、孫兵や藤内の方が似合うよ。
 数馬はそう言いかけて口を噤む。
 数馬は、色鮮やかで可愛いケーキが似合うんだから。
 そうそう。好きなケーキ食べれば良いんだよ。
 宝石みたいなケーキが好きで。
 でも外で食べたら、きらきらと自分の存在感の無さを比べてしまいそうだったから、極力食べないようにしてきた。
 似合う、以前にきらきらとしたものを食べてはいけないような気がしたから。
 それがどうしてかは分からないけれど、派手なものが似合わないと思っているのは確か。
 面と向かって男の人にほめられた事が無かった数馬はどうして良いか分からず、そのまましおしおと下を向いてしまう。
「……どうした?」
 オレンジのシャーベットを掬った軟膏さんが首を傾げた。
「……気分でも悪いのか?」
 チョコレートのアイスを掬ってさもんさんが首を傾げる。
 ああどうしよう。
 恥ずかしくて死にそうだ。
 孫兵も藤内も、こんなの耐えきれるなんて凄い。
 ほめ言葉がこんなに恥ずかしいなんて思わなかった。
 このままでは、可愛いなんて言われた日には羞恥心で死ねる気がする。
「なんか、やっぱり女の子だ」
 軟膏さんが、やる、と数馬のケーキが乗った皿にパフェに乗っていた可愛いケーキを乗せた。
「孫兵ちゃんがいっつも一緒にいるのが分かる気がする」
「孫兵が?」
 孫兵の名を出されて、数馬は弾かれたように顔を上げる。
「うん。だって、凄く安心感があるって言うか。孫兵ちゃん、いっつも辛そうだから、数馬さんが側にいると安心するんだろうなあって」
「それは、藤内さんも同じだと思うぞ」
「藤内、も?」
「ああ。顔が違うからな! 数馬さんが一緒にいる時といない時じゃ全然違う」
 二人は、女の子って、と繋げると。
「一緒にいて安心できる存在だろう?」
 と左右にシンメトリーするように首を傾げた。
 孫兵はそう思ってくれているのだろうか。
 藤内はそう思ってくれているのだろうか。
 可愛くなりたい。
 そんなわがままを言ってしまった自分を。
「…あの、……」
 数馬は膝の上できゅっと拳を作って。
「ありがとう、ございます……」
「え、お礼を言われる様な事は言ってないけど」
 軟膏さんは本当に不思議そうに首を傾げる。
 確かに、彼らにしてみれば自分の思った事を言っただけで、数馬にお礼を言われる様な事は言ってないつもりだろう。
 けれど、それは数馬にとって、今の数馬にとって、とても温かい言葉だったのだ。
「食べたら、学校まで案内しますね」
 褒め言葉だとか、温かい言葉だとか、これ以上聞いていたら泣けてくる。
 数馬はケーキを小さく切り分けると、口に運んだ。
 その仕草が、やっぱり。
「女の子だ……」
 二人は声を揃えて言った。





 店を出る際に、ドライフルーツのケーキを三人分買った。
 二つは、孫兵と藤内に。
 もう一つは。
「あの、これ、さくべえさんに」
「え、作兵衛?」
「はい、甘いものがお好きでない方にも食べやすいと思うので」
 軟膏さんに渡すと、さもんさんはがっしりと数馬の手を掴む。
「ありがとう! 作兵衛が泣いて喜ぶ!」
 泣いて喜ぶほど甘いものが好きなのだろうか。
 数馬が戸惑っていると、不意に道から数馬を遮る様に軟膏さんが立った。
「あの……」
「孫兵ちゃんの真似」
「へ?」
「あー、うん……そりゃ、心配するよなぁ」
 軟膏さんの言葉の意味が分からない。
 確かに孫兵は数馬より人通りの多い方に立つ癖がある。
 それが、何だと言うのだろうか。
「で、僕たちの学校はどっちだ?」
「北の方角です」
「こっちか!」
「そっちは東です……」
 きっと、さくべえさんは苦労しているんだろうな。
 二人の行動を見ていたら、何となく分かる。
「あ、そうだ。俺、次屋三之助」
「僕は、神崎左門!」
「あ、あの……三反田、数馬です……」
 そう言えば名乗る事さえ忘れていた。
 数馬が慌てて名乗ると、二人の顔にはしまったと書いてある。
「な、名前に何か……?」
「いや、作兵衛に悪いことしたなぁって」
「さくべえさんに? ぼくの名前に何か問題が?」
 青くなった数馬の肩を左門が叩いて、首を横に振ると。
「数馬さんの名前は、作兵衛に直接言うまで黙ってるから!」
「え……」
「うん、黙ってる」
「……どうして?」
「女の子の名前を人伝に聞くなんて、男のする事じゃないし」
「そう。きっと、僕達が数馬さんから藤内さんの名前を聞くのも駄目!」
 確かに、孫兵と藤内の名前はある意味特別で。
 でも、数馬の名前に意味なんて無い。
 二人の言っている事が分からない。
「名前くらいは……」
「女の子の名前は、特別なものだろう?」
「大事にしないと!」
 ああ、この二人は。
 孫兵の本質を見てくれる気がした。
 藤内の本質を見てくれる気がした。
 特別じゃない二人を。
 数馬の側で笑ってくれる、姫なんて名前じゃない二人を。
 自分みたいに、平々凡々な女の子にも優しい言葉をくれる二人なら、きっと。
 きっと、ここで巡り合えたのは幸運。
 滅多にない、幸運。
「お二人……いえ、三人とも」
「ん?」
「僕と三之助と、作兵衛か?」
「はい、三人とも……とっても、格好良いですね」
 満面の笑みでそう言った数馬に、三之助と左門の二人は。
「……数馬さんは、凄いな……」
 そう呟いて、顔を真っ赤にさせた。





「お前ら! どう言う事だ!」
「どう言う事だろうな!」
 作兵衛が学校に戻ると、そこには探していた二人が立っていて。
「て言うか、何で数馬さんに迷惑かけてんだ!」
「それがなあ、作兵衛」
 三之助がぽんと作兵衛の肩を叩く。
「何だよ!」
「あの子、超、危ない」
「へ?」
「いや、自覚が無いって言うか。孫兵ちゃんが心配するのも分かる」
「うん、結構危ない」
「左門まで、何が?」
 例えば、側にいるのが孫兵と藤内であるならば、彼女に目が行かないだろう。
 桜が満開の時に、下に咲いている菫の花に気が付かない様に。 
 だがしかし、桜が咲いていない場所でそこが只の野原であるならば、菫の色は目立つのだ。
 孫兵がさり気なく数馬の視界を遮っているのは、彼女に妙な目が行かない為。
 孫兵の気質を見ていれば、男を嫌っていてもおかしくはない。
「いやー、ホント作兵衛ってレアもの見つけるの上手いよなぁ」
「誰がそうした、誰が!」
 三之助の頬をぎゅうとつねって、口の端をあげた作兵衛に。
「あ、これ、数馬さんからだ!」
「え?」
「作兵衛にって。凄い女子力の高い店だったぞ!」
 知らない名前の入った紙袋。甘い匂いのするそれ。
「俺に……?」
「ああ! お土産だって」
 こいつらはどんな運を使ったんだと言いたいが、自分だってある意味運を発揮している。
 その袋を左門から受け取りながら。
「あのな、今度あの女子高に手伝いに行く事になったから」
「え?」
「その、今日、うちの校門に孫兵さんと藤内さんがいてな……」
 どうせ明日になれば分かる事だ。
 作兵衛は、今日あった事を一部だけ秘密にして二人に話し始めた。





 桜が満開になる頃、ゆっくりと物語が動き出す。  







乙女の幸運










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