それは、ある意味、戦争なのかもしれない。





 思わず妙な声が出そうになって、作兵衛は声を飲み込む。
 見渡す限り、人、人、人。
 ともかく、隣に立つ二人が迷子にならないようにとその襟首を引っつかんだ。
「女子…校?」
 三之助が首を傾げるのは、最もである。
 確かに自分達は、とある有名な女子高に来た筈。道を間違えていなければ、ここは確実に女子高だ。
 鬱蒼と茂る木の向こうには校舎が見えるが、自分達がやって来た校門に少なくとも女子生徒の姿は無かった。
 むしろ、男ばかりと言うか何と言うか。
 自分達と同じような学ランもいれば、様々なブレザーもいて、そしてまた私服もいて。年齢も、大半は同じ学生だろうがそれ以外の人間もいる。
 どんな状況に自分達が置かれているのか、全く分からない。情報が少なすぎる。そう思ったのは左門も同じようで、襟首をつかまれた状態で作兵衛と三之助を引き摺ると、校門から離れた場所に立っている学生であろう男に声をかけた。
「ちょっと聞きたいんだが、構わないか?」
「ん? 俺?」
「ああ。分かる程度で構わないんだが、これは一体何が起こってるんだ?」
 人の良さそうな男は「ああ、初めてかぁ」と笑ってすっと校門を指差した。
「ホワイトデーのお返しを渡そうとしてる人間が集まったんだよ。作戦名、当たって砕けろってね」
 そう、今日は3月14日。日本では、ホワイトデーと呼ばれるお菓子会社の陰謀渦巻く日だ。バレンタインにチョコなり何なりを貰った男どもの悲喜交々が混じった物品をお返しする日、である。
 チョコを貰った男達がこの女子校の生徒を校門で待ち構えている、と言うところだろうか。
 それにしても、人数が多すぎる。一人の女生徒が大量に配ったのか、それとも恋人に返しに来たのかわからないが、とんでもない人数である事は間違いない。
「でも、何で当たって砕けるんだ?」
 左門は、男の作戦名が気になったらしく眉間に皺を寄せる。
「チョコレートを貰ってるんなら、お礼をするだけだろう? 当たって砕けるのは、むしろバレンタインデーの方じゃないのか?」
「……その理屈が通じるなら、俺みたいな奴等はいないと思うよ」
「え?」
「ここにいる奴等は、大体付き添い、ってヤツだから」
 ここにいる、とは女子高の校門前ではない。校門から離れた場所に立ってスマートフォンを弄ったり雑談したりしている男達の事だ。
「あんたら、知らずに来たのか?」
「何を?」
 思わず作兵衛がそう返すと、男はぽん、と作兵衛の肩を叩いて。  
「チョコレートを貰ったお返しなら、ここから一キロ離れた裏門に行くといいよ。暗黙の了解、ってヤツで普通の女子生徒はそっちを通るから」
「へ?」
「こっちは、チョコレートを貰えなかったにも拘らず、それでも尚ホワイトデーのお返しをしようって言う悲しい男達の集団だから…」
 何それ寂しい。
 そう口にしなかっただけ、褒めてもらいたい。
 ホワイトデーは、基本的に「お返し」の日であって「無償プレゼント」の日ではない。そんな日なのに、何を好き好んでそう言う行為に出ているのか分からなかった。
「何でそんな事すんの?」
 三之助が最もな疑問を投げかけると、話を聞いていたらしい傍にいた男達がわらわらと集まってきて「聞いてくれよ」と口を開いた。
「この学校さ、色々厳しくて、生徒と触れ合う機会が無いんだよな」
「誕生日とかも、彼女とかじゃないと分からないし。名前でも危ういんだよな」
「そうそう。だから高嶺の花だから諦めろって言ってんのに」
「毎年毎年プレゼント用意してな」
「あー、そうそう。これ、あの子に似合いそう! とか暴走して」
「分かる分かる! 毎年受け取ってもらえないんだから諦めろ! ってんのに」
 つまり、それは。
「ホワイトデーくらいじゃないと、大手を振ってプレゼントを渡せない、って事か?」
 左門の言葉に、その通り! と学ランブレザー私服と集まったある意味「被害者=友達」が声を揃えた。
「はー…そら、すげぇな…」
 女子校の名前は知っていたが、まさかそんな事になっていようとは。
 平凡を絵に描いたような三人には、全く関係ない世界だったようだ。高嶺の花など漫画の中の言葉だと思っていたのに。
「だから、彼女さんがこの学校なら裏門行った方がいいぜ」
 彼女ではない。そう、ホワイトデーのお返しを渡そうとしているのは彼女ではない。たった二回だけ会った、下の名前だけ知っているこの学校の生徒、と言う事しか分からない。
 チョコレートを貰ったのなら、返さないと。
 生まれて初めて女の子の為に、お返しを選んだ。いつもは、クラスの女子にお返し、と言ってクラスの男子でお菓子を買う程度だ。
 その三人が、初めて、一人の女の子の為にお返しを選んだのだ。
 それなりに悩んで、特に作兵衛など当日まで決められなくてうんうん唸っていたのに、襟首を引っつかんだ二人は直感で選ぶと言う奇策を使って当日に買いに行き、途中で迷子になって辿り着いたらこの状況だ。
 困惑しない方がおかしい。
「いや、知り合いに渡しに来ただけだけど、それでも裏門使った方がいいかな?」
「あー、どうだろ。二大柱が帰った後なら生徒は普通に通るからなぁ。ただの知り合いなら待った方がいいかも」
 最初に声をかけた男とは別の男がそう言うと、ああ確かに、と声が上がった。
「二大柱…?」
「うん。校門の前の男達の目当ての女の子。うちのなんて、三年追っかけてる…」
「うちの馬鹿は二年…」
「甘いな、五年だ!」
 きっと、彼らはとてもお人好しなのだろう。
 おそらくは、あの、有象無象と化した集団の中の誰かの友人で、毎年付き合ってここに来ているのだ。友達思いと言うべきか。苦労話を始めた男達は、それでも笑っている。
「どうする、待つか?」
「待ったほうがいいだろ? 折角買ったし」
「この人間が引かないと無理だろうし」
 まあ、その二大柱とやらが帰れば普通に戻るのは間違いないので、三人は苦労話をしている集団の傍で腕を組んでじっと黒々と動く集団を眺めていた。
 そうすると。
 女の子のきゃーと言うのが黄色い声なら、男達のざわっとする野太い声は何色だろう。
 そんな事を思わずにはいられない声が上がって、苦労話をしていた集団が「今年も偉いなぁ」としみじみした声で零した。
「何が始まったんだ?」
「二大柱が現れたんだよ。偉いよな。他の子を安全に帰す為に、毎年こうやって校門から出て来るんだからさ」
 確かに、この集団ははっきりいって怖い。殺気立っていると言うか何と言うか、女の子の一人や二人なら圧死させそうな勢いだ。
 鬱陶しいなら校門から出ずに、裏門から出れば良いのに。
 それをしないのは、おそらく、その二大柱以外の人間に迷惑がかかる事を分かっているのだろう。
「随分肝の据わった女の子もいるもんだなぁ…」
 何となく眺めていた三之助がぴん、と背を伸ばす。
「どうした三之助?」
「あの子だ…」
「え?」
「あの子。えっと、まごへいちゃん」
 それは、三之助に板チョコ(かなり美味しかった)を投げつけて走り去った女の子の名前。
「いたのか?」
「うん…あの中心。多分、間違いない」
 三之助が指差したのは、男達の群れの真ん中。それを見た男が、ぽんと三之助の肩を叩く。
「やめとけ…」
「へ?」
「あれが、二大柱の一本、蛇姫だよ」
 うちのが三年追っかけてる女の子…、そう付け足して溜め息を付いた。
「困難を極めるぞ。近付くの難しいし。毎年受け取ってもらえなくて終わり、だからな」
「あ、お前んとこも蛇姫? うちのも蛇姫だわ」
「そうなんだ。オレんとこは藤姫だな」
「藤姫?」
 男達の言葉を拾った左門が、ん? と目を凝らす。そうすると、蛇姫と呼ばれた少女の傍にもう一人少女が。
「あれ、あの子…」
「蛇姫か藤姫か、って言われると俺は藤姫だな。可愛くってスタイルよくって。アイドル系だよな」
「オレは蛇姫だなぁ。すらっとして美人で。クールなとことかも結構好きだけど」
 芸能人で誰が好き? くらいの会話を始めた男達は、きっと群れの中の真ん中にいる二人の少女を知っているのだろう。
 それくらいに、この光景を見てきたのだろう。
 自分達以上に。
「よし!」
 襟首を掴んでいた手が軽くなる。
 あ、と口を開けるより早左門は風になった。本当に風のように走った。
「馬鹿、おま……」
 すると、今度は反対の手が軽くなり、無自覚な三之助が群れの中に消える。
 集団に紛れた二人の背を追う前に、二人の背中は消えてしまった。
「あー! もう! 何考えてんだあの馬鹿!」
 作兵衛ががしがし頭を掻いていると、ぽん、と背を叩かれ、振り向くと「ようこそこちらの世界へ」と言わんばかりの輝かしい笑顔が。
「蛇姫は初心者には辛いって」
「藤姫は優しいけど、絶対に受け取らないしな」
 知っていたら、日をずらした。こんな大安売りみたいな日に来ない。ただ、バレンタインデーにチョコレートを貰ったからお返しを、そう思ってホワイトデーに来ただけだ。こんな事態が待っているなら、絶対に別の日にした。決断力のある迷子と無自覚な迷子を野に離すような真似はしなかった。
「まあ、一時間もすれば帰ってくるから」
「すっげぇしょげてな」
「面倒くさいくらいにへこんでな」
 あの二人の場合、帰巣本能が無いのでここに帰ってくるとは限らない。
 折角買ったけれど、渡すのは無理そうだ。
 作兵衛は鞄をぎゅっと握って。
「あんたらも、頑張れよ」
 と、礼代わりにそう言って人込みの中に飛び込んだ。





 孫兵は笑わない。ずっと前を見て、差し出されるものを振り払う。
 綺麗な薔薇も美しい宝石も、何もかも要らない。
 基本的に男にいい思い出が無い所為もあるが、孫兵は男が嫌いだった。それでも、こうして毎年阿呆らしい日に校門から出るのは、例えば大事な友人や例えばクラスメイトや後輩や先輩や、そんな人たちが危険に巻き込まれるのを防ぐ為だ。
 馬鹿らしい。
 薔薇の香りに紛れる、男の香水。男の匂い。
 ああ、気持ち悪い。
 肌に触れようものならその場ではったおす。そんなオーラを振りまいてきたお陰で触れてくる阿呆はいないが、それでも。
 孫兵はその細い腕で隣の少女を抱き寄せると。
「触るな!」
 と凛とした声で叫んだ。
「孫兵…」
「無視して怒れば、触ってくるヤツなんていなくなるんだから。藤内は優しすぎるんだよ」
 自分だけならまだしも、大事な大事な友人の藤内に手を出してくる阿呆がいるので、それを牽制するので精一杯だ。
 二大柱、なんて楽じゃない。
 冷たい蛇姫。
 難攻不落の藤姫。
 いつでも、男運はあまり良くないが、ホワイトデーは鬼門で大凶だ。
 一日の我慢。
 一時間も我慢してれば何となる。
 それより気にかかるのは。
「数馬は?」
「ごめん、はぐれた…」
 藤内の言葉に、孫兵は舌打ちする。
 自分達は、自分達の所為だから仕方ない。自分自身も藤内も何とかして守ってみせる。傍にいるなら何とか出来るかもしれない。
 大事な友達を守ろうとしているのに、いつも守れないのは大事な友達。
 彼女と会うのは、いつも次の日の学校で怪我している状態で。
 孫兵が苛立つのや藤内が浮かない顔なのは、自分達しか目に入らないで周りを見ない烏合の衆と化した集団が大事な友達を傷付けるからだ。
「っと、それはやばいんじゃないか?」
 不意に孫兵の隣から声がして何かと視線を上げれば。
「よう」
 何事も無かったかのように手を上げる、孫兵曰く「板チョコ男」。
「な……」
「流石に女の子に後ろから手を伸ばすのはなぁ」
 何だよ、と言う罵声を振り払って知らない男の手を捻り上げると。
「これ」
 差し出されたのは紙袋。
「……?」
「あのチョコ、美味かったから。お礼」
 困惑する孫兵の手を取ってその手に紙袋を一つ置く。あまりにもさり気無い動きだったので、拒否するのすら忘れていた。
「じゃ」
 そう残して、板チョコ男は去っていく。残されたのは孫兵の手の中の重いもの。陶器か何かだろうか、ともかく重い。
 ざわり、と周りがざわめく。
 孫兵の周りにいた人間は何が起こっていたか分かっていたが、他は何だ何だとただならぬ雰囲気を感じて声をあげた。
 蛇姫が男から何かを受け取った!
 その声だけが広がって、騒然となる。
 受け取った孫兵は呆然としていて、はっと我に返って手の中のものを投げようとしたが陶器だった場合飛び散る可能性があった。
 やられた!
 そう思って辺りを見回すが、男の姿は無い。
 蹴ってやれば良かった。殴れば良かった。
 ただならぬオーラを放つ孫兵の横で。
「やっぱり、そうだ!」
 聞き覚えのある声。
 隣を見れば、そこには藤内曰く「アイスさん」。
「良かった、渡せないかと思ったぞ!」
「え……?」
 ん、とアイスさんが藤内に差し出したのはコンビニの袋。
「これ…?」
「チョコレート、美味しかったから。何が好きか分からないから詰め合わせておいた!」
 確かに藤内はチョコレートを渡した。
 友チョコ用に売っていたくまの可愛いストラップがついたチョコレート。男の人に渡すようなものではない。
 それでも、それは藤内の精一杯。
 お礼とか淡いものとか、そんなものが全て詰まった藤内の精一杯。
「しかし、これじゃどうしようもないな」
 周りの藤姫が藤姫がと言うざわめきは届いていないらしく、アイスさんは藤内の手を取り藤内は咄嗟に孫兵の手を取った。
「とつげきぃぃぃ!」
「え?」
「ちょ!」
 突然の事にどうしていいか分からなかった二人は、そのまま引き摺られ、気が付けば抜けていた。毎年一時間はかかる男の波を。
「よし、これで大丈夫だな!」
 校門の遥か後方、それこそ男達から大分離れた場所で引いていた藤内の手を離し、アイスさんは
「じゃあな!」
 元気よく手を振りながら、走っていこうとした。
 それを止めたのは、やっぱり見覚えのある男で。
「左門! そっちは逆だ!」
「作兵衛、どこにいたんだ?」
「どこにいたんだじゃねぇ! て言うか三之助! お前もどこ行く気だ!」
「帰る」
「帰るじゃねぇ! ああ、もう、こっちだお前ら!」
 板チョコ男とアイスさんの首根っこを掴んで赤みがかった髪の男は、ぽかんとしている男達に「じゃあ、俺達はこれで」と頭を下げて帰って行った。
 青天の霹靂。
 そうとしか言いようの無い事態。
 蛇姫はお返しを受け取らなくて、藤姫は断って、男達は一時間以上聖なる戦いを繰り広げる。
 それが毎年の光景だったのに。
 我慢する日だったのに。
 それなのに。
 孫兵も藤内も、二人に何かを渡す為に集まった男達もその友人達も呆然としていると。
「孫兵、藤内、大丈夫?」
 二人に近付いてくる、菫色の髪。
「数馬! どこにいたの!」
「大丈夫? 怪我は無い?」
 いつも自分達の所為で怪我をしていた友人が無傷で自分達の元に駆け寄ってきた。
「うん、大丈夫。それより、二人とも大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ」
「俺も大丈夫。数馬、本当に大丈夫?」
 藤内が心配そうに数馬を見ると、数馬は頷いて。
「助けて貰ったから…」
「助けて?」
「うん」
 まるで、物語か何かのように。
 毎年恒例行事、と言わんばかりの大群と対峙した数馬は諦めの境地だった。孫兵と藤内の方が大変な思いをしているんだから、逃げたく無い。せめて、同じ場所から出る。
 それは、数馬にとって譲れない部分。
 二人は裏門から出ていいよ、と言ってくれるけれどそんな事は出来ない。いつも巻き込まれて圧迫されて怪我をするけれど、それでも二人が無事なのかどうか確かめたかった。
 今年もまた巻き込まれるのだろう。
 存在感の薄い数馬は、孫兵と藤内の傍にいるとその存在感はマイナスになる。特に、二人に好意を寄せる人間からすれば尚更に。
 踏まれないだけ圧死しないだけマシだ。
 そう思いながら、突き進んでいると、思いっきりこけた。それはもう見事に。
 命の危機を感じたけれど、烏合の衆と化した集団の中で数馬の存在感はゼロより下で。
 頭を抱えて身構えると、不意に腕を捕まれてそのまま集団の中から引っ張り出してくれた。
「あぶねぇな!」
 軽く舌打ちして、集団に声を投げつけるがそんな声は届いていない。
「全く…大丈夫か、ってあんた…」
「あ、あ…の……」
 助けてくれたのは、孫兵曰く「王子様」。もちろん、良い意味ではない。
「怪我してねぇか?」
「は、はい……」
「そっか……友達、大変だな」
「え……?」
 そこからは見えない二人の事だろうか。そう言ってから何かを思い出したのか、持っていた鞄の中から袋を取り出して。
「これ」
「……?」
「チョコレート。美味かったから。ありがとう」
 にっと笑って、ぽんと数馬の頭を叩くと「もうあの中に入るなよ!」と叫んで何やら叫びながら集団に飛び込んでいった。
 それが、さっきの出来事である。
「さくべえだの言われていたヤツだよな」
 数馬を助けてくれたのはありがたい。だがしかし、あいつは大変なものを盗んでいきましたあなたの…と某警部の台詞を吐きたい気分で一杯だ。
 基本的に、藤内も数馬も孫兵からすれば「夢見るお姫様」だ。
 王道少女漫画展開に弱い。
 藤内はさっきから「さもんさん…」と手にした袋を握り締めている。
 それは、この集団から颯爽と助け出してくれたあのちっこいのの名前。数馬とは違った意味での王道的展開だ。
 数馬は言わずもがな、本当に王子様かよお前はと突っ込みたいくらいの展開である。
 面白くない。
 孫兵ががじがじと爪を噛んでいると、数馬が藤内を見て。
「そのお菓子どうしたの?」
 と首を傾げた。
「あのね、チョコレートあげた人がくれたんだ…」
「え?」
「お返しって。すごいよね、こんなに一杯」
 チョコレート、クッキー、飴、グミ、スナック菓子…
 飾り気の無い、それでも藤内にとっては大事な贈り物。初めて受け取った男の人からの贈り物。
「チョコレートのお返しにチョコ? 馬鹿じゃないの?」
「いいじゃないか。そう言えば、孫兵、それは?」
 はっと思い出したのは、手の中の重いもの。
 孫兵もまた初めて受け取った、男の人からの贈り物。
「重いから陶器か何かだと思って。今から捨ててくる」
「待って! 中身確かめないと! 陶器じゃないかもしれないじゃないか!」
 数馬の言う事も最もだ。
 もしかしたら鉄アレイか何かかもしれないし、煉瓦かもしれない。それだと分別に困る。いや、そんなものをチョコレートのお返しに寄越す男はいないだろうけれど。
 苦虫を噛み潰したような顔でがさがさと袋を開け中身を確認すると。
「…………」
「…………」
 藤内と数馬の無言は最もだ。袋の中に入っていたのは、陶器でも鉄アレイでも煉瓦でもなく。
「い、いいよね、実用的で」
「う、うん……」
 茶色のキャップに白い瓶。どこの家庭にでも一つはあるであろう、有名すぎる軟膏。
 全くを持って意図が分からないが、孫兵はそれを愛用していたしあっても困るわけではない。
 少なくとも、花や石より役には立つ。
「さんのすけ、……」
 呼ばれていた名前を思い出して呟く。だが、孫兵の中で男と言う集団からその名前が少しだけ飛び出したことに気が付いてはいなかった。
「数馬は、それどうしたの?」
「え?」
「その袋」
 コンビニの袋でも、飾り気の無い袋でも無い、四角い紙の袋。
「貰った…」
「貰った」
「そう、これ……」
 数馬もまた、生まれて初めて受け取った男の人からの贈り物。
 お菓子でも軟膏でも嬉しい。どんなものでも嬉しい。それが、あの王子様からなら、尚更に。
 そう思って開けてみると、そこには。
「…さもんにさくべえ、だな」
「孫兵、落ち着いて、ね?」
 藤内の言葉など孫兵には届いていない。
 数馬が開けた紙袋に入っていたのは、緑色のレースのリボン、白いレースのシュシュ、花の髪飾り、淡い黄色のリボンのカチューシャ、うさぎの飾りが付いたゴム。
 どう見ても、本気度MAXな贈り物。
 油断していた。全くを持って油断していた。ホワイトデーは藤内を守るものと思っていたが、それより先に数馬に悪い虫が付いてしまいそうだ。
「あれ、どこの制服だった…?」
「孫兵、目が怖い」
 軟膏を持って震える孫兵、コンビニ袋を持って宥めている藤内、泣き出しそうな数馬。
 こうして、近隣学校から「逆聖なる男の株式総会」と言われていたホワイトデーが、思わぬ状態で幕を閉じたのだった。





「時々思うんだが」
 じゃこじゃこと勢い良く自転車を漕いでいた左門が、ふと作兵衛を見る。
「んだよ」
「作兵衛は、キザだな」
「ああ、それは分かる」
「何で」
「だって、あの本気度、引くわ」
「軟膏渡したお前に言われたくねぇよ!」
「えー、だって、あれ、便利だぞ?」
「だからって、軟膏はねぇだろ」
「そうか? いいんじゃないか?」
「まあ、お前のセレクトもどうかと思うけど…」
「だって、女の子はお菓子が好きだろう?」
「それなら、女の子は髪飾りとか好きだろう?」
 三人が三人とも感覚がずれていることは棚に上げておいて。
「でもさあ」
 じっと作兵衛の顔を見て三之助は。
「髪飾り選んでた作兵衛気持ち悪かった」
「……お前ら……」
 夕日に向かって自転車を漕ぐ三人は、いつものようにぐだぐだと言葉を交わしながら帰路に着いた。





 バレンタインデーに頂いたお返しをするのは、当たり前、です。







3月14日の必然










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