柔らかな瞳に似合う色
 そんな艶やかな赤なんてやめて




 どうせなら、春が連れてくる色に






 どうしようか。
 留三郎は店の前で悩んでいた。
 足りなくなった用具委員の備品は、少ない予算の中から買ったし、もう帰るだけなのだけど。ふと足を止めた、小間物屋の前。そう言えば、女装の時に使うかんざしが折れた事を思い出し店の前に並べられた安価な物を見ていた。
 その時、目に付いたのは。
「お、兄ちゃん。お目が高い」
 そこにあったのは紅だ。
 小間物屋は、かんざしなどの装飾品以外にも、こんな紅を置いていたりするのだけれど。その紅は、いつも引くような血の色ではなく、桜色をした見た事のない紅だった。
「珍しいだろう?」
 店主は嬉しそうにその桜色の紅を勧めてくる。
 買ってしまえば、正直かんざしは買えない値段だ。
 けれども、その色は。
 (血の色、みたいだね)
 悲しげに笑う、彼女の顔。
 自分達の歳になれば、女装の為の道具はそれなりに持っている。学年が低い内は作法委員会から借りたりするが、その内自分に合ったものを見つけて購入するようになって行った。仙蔵などはその良い例だ。綺麗な着物も持っているし、いくつもの化粧道具を持っている。かんざしや帯止なども必要以上に持っていて、作法委員会からではなく仙蔵から借りる事も多々あった。
 その中で紅は特別だ。
 配合によってその人に似合う色がある。
 だが、あまり種類がない為殆どが艶やかな赤い紅を使うのだが、如何せん彼女には似合わない。
 自分は喜んでいいのか悪いのか分からないが、赤い紅が似合うとよく言われる。文次郎と比べてだったら怒るところだが、純粋に似合うらしい。そういう感覚は、留三郎には分からない。
「彼女に買ってやらないかい?」
 彼女、と言う言葉に思わず過剰反応してしまった。
 彼女とは、そんな関係は無い。
 ただの級友、そしてただの同室。
 とても仲の良い部類には入るのだろうけれど、彼女はきっとそんな事を微塵にも思っていな筈。
 良く笑う、可愛い人。
 そんな事を言ったら、頬を膨らませて怒るだろうけれど。自分なんか口説いてないで、もっと可愛い子口説きなよと言われるのがオチだ。
 自然体で、飾らない、彼女の様な生き方をする子がどれほどいると言うのか。彼女は多分、自分の魅力を分かっていない。
 故あって女の身でくのいち教室ではなく、自分たちと生死を共にする彼女を少女だと知っているものは僅かだ。その中で好意を寄せているものがいないとは限らない。
 彼女は、優しい。万民に対して、優しい。
 その存在を癒しとしてとらえるものは多い筈だ。それでなければ、医務室に通う人間はもっと少ないだろう。
 その彼女の中で自分はどれくらいの位置にいるのか、気になった。
 友達? 仲間? 親友? それ以上?
 いや、それ以上は望むまい。
 せめて、仲間くらいには思っていて欲しい。
 そんな事を考えていたら、自然と手は桜色の紅を手に取っていた。
 ……かんざしは仙蔵に借りる事にしようと、心に決める。
「毎度あり」
 店主はにこやかにそれを綺麗に紙でくるんでくれる。そのついでと、綺麗な和紙を数枚たのむと、おまけだよと笑って足してくれた。
 福富に良い物を貰ったし、それを口実にしてしまえば良い。
 留三郎は、晴れやかな顔で忍術学園への道のりを急いだ。





「え、これ、くれるの?」
 紙で作った箱の上に和紙を張り付けた小箱を渡すと、彼女は首を傾げた。
「ああ、福富にもらってな。ちなみに箱はお手製だ」
 桜色した和紙でくるんだ小箱は、くのいち教室の少女達なら喜ぶに違いない逸品だ。いつも救急箱を持っている手に、すっぽりと収まったその小箱を彼女は不思議そうに見ている。
「開けてみていい?」
「ああ」
 そっと彼女が箱を上げると。
「わぁ…」
 白い星の様な砂糖菓子に、満開の笑顔を浮かべる。
「これ、金平糖だよね」
 砂糖で出来た菓子は、値段が張るのであまり食べる機会がない。それでも、自分達の口に入る事があるのは、後輩がそれを入手してくれるからだ。今日もその後輩が入手してきてくれたものをおすそわけしたのだけれど。
 (なんか、女の子扱いしたみたいだな)
 あまり女の子扱いはしたくない。彼女は嫌がるから。
 それでも金平糖に目を輝かせる彼女は、やはり可愛い。
「食べていい?」
「ああ」
 留三郎は饅頭や団子は食べるが、金平糖のような砂糖の塊を食べる事は無い。砂糖をかじっているようでどうも好きではないのだ。
 箱の中から金平糖を一つつまむと、彼女は自分の口に運ぶ。
「ん、美味しい」
 花が綻ぶような笑顔とはこういう事を言うのかもしれない。砂糖菓子一つでこの笑顔が見られるのなら安いものだ。
 ……本当は、その下に気づいてほしいのだけれど。
 箱は二層になっており、上には金平糖、下にはあの桜色の紅が入っている。女に贈り物をした事のない留三郎にとっては勇気のいる贈り物だった。
 彼女が、その指で紅を引くところが見てみたい。
 そんな下心もある。けれど、彼女が紅を引くのは女装が必要な時。寝巻でしかもくつろいでいる時に引くものではない。
「……ちょっと走りこんでくる」
「え? 今から」
「おう」
 こんな妄想みたいな思いを振り切るのは、鍛錬が一番だ。どこぞの馬鹿と同じ考え方になってしまうが、今はきっと一番それが良い。
「先に寝てて良いからな」
「分かった。気をつけてね」
 そう言って見送る姿に笑顔を返すと、留三郎は長屋を後にした。
「あ、これ二層になってる」
 ぽり、と金平糖をかじると底がいやに浅い事に気が付いた。何だろうとその箱の底を取り除くと、中から小さな漆器が出てくる。
 金細工で花の模様を彫りこんであるそれが高価なものだと、一瞬で分かった。
 何だろう。
 ゆっくりと中身を開けると。
「…綺麗な、色」
 見た事のない、桜色の紅が入っていた。
 いつも使っている紅ほど、赤が強烈な物ではない。血の色なんかじゃない。
 春の色だ。
 でも、なんで、これが入っているの?
 こんな高そうなもの、間違えて入れた?
 いや、しかし、留三郎にはこの色は似合わない。仙蔵が言ったから間違いは無い。お前に薄紅色の着物は似合わないとそう言い切ったのだから。
 留三郎に似合うのは、鮮やかな赤や青。整った顔立ちを力強く印象付けるには、そんな色の方が良いのだと仙蔵は言った。反対に、自分は淡い色が似合うと選んでくれた事を思い出す。薄紅、浅葱、若草。そんな色の着物を選んでくれた。
 何でだろう。
 彼女には留三郎の考えが分からない。
 それでも、この胸の中の思いに繋がるとしたら。
 分からないけれど、彼女―伊作は、その紅をそっと薬箪笥の一番奥にしまった。





 小間物屋さん紅をください。
 可愛い彼女の唇を染めるため。
 小間物屋さん紅をください。
 可愛い彼女に桜色の微笑みをあげるため。
 小間物屋さん紅をください
 彼女をこれ以上血色に染めないため
 小間物屋さん紅をください





 彼女が微笑む為の色を。





小間物屋さん紅をください







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タイトルは確かなんか戯曲の中の一節から。
やっと留伊っぽいのかけた。片思いだけどな!
いつか、女装の話を書いた時にこの紅の話を書こうと思います。



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