おなじふわふわ。
 だけど、なにかちょっと違う。
 なんて呼べばいいかな。






 今日も今日とて穴掘り小僧は穴を掘っておりました、まる
 そんな事を日記に書くつもりで、喜八郎は蛸壺を掘るのに良さそうな場所を探していた。さっきまで落とし穴を掘っていたので、そろそろ蛸壺が掘りたくなったのだ。
 その時、昨日か一昨日あたりに掘った落とし穴から覗く足。
 やれやれ、また比売神様ですか。
 回収に来るはずのなんとか三郎も来ていない。つまりは放りっ放し。助けるのは自分しかいないらしい。
 比売神様は本当に良く穴に落ちてくれる。
 落とし穴に落ちてくれるのはとても嬉しいが、たまには違うのが落ちてても良いんじゃないのかな。そんな事を想いつつ喜八郎は穴に近付いた。
 そして近付いて気付く。何か緑色が違う。何か変だ。と言うより、足が短くないか? 比売神様は少なくとも自分より身長が高い。なのに、はみ出ているのは足先だけで、比売神様では無い可能性が高い。
 誰だろう。
 そう思いつつ落とし穴を覗き込むと。
「おやまぁ…」
 ぜんぜん違う人間が穴に落ちていました、まる
 向こうから見えていた緑色は萌黄色ではなく、鶯色。自分より一つ下の学年の色。去年まで来ていた色だ。だから、覚えている。だけど、穴の中にいる人間には覚えが無い。
 何でこんなところに女の子が落ちているんだろう。
 比売神様といいこの子といい、女の子は穴に落ちやすいんだろうか。いや、でもくのたまは落ちているところ見たこと無い。落ちているのは、比売神様を筆頭とした保健委員。
 この子、保健委員なのかな。
「おおうい、生きてる?」
 声をかけると、その子は目を開けて喜八郎を見た。
「綾部、先輩?」
「君、誰」
「え?」
「君、誰?」
 なんでこんなところに落ちてるの?
 しかも妙な体勢で…どこか捻るんじゃないかと思うほどに。
「あ、あの、三反田、です」
「さんたんだ」
 知らない名前。同じ学年でも名前を覚えないのに、三年の名前なんて覚えているわけが無い。まあ、それでもこの穴を掘ったのは自分だし、助けてあげるべきかな。
 そんな事を思いつつ、喜八郎はゆっくりと手を伸ばした。
「捕まって」
「え……」
「ほら、捕まって。じゃないと出れないよ」
 そんなへんな体勢のままじゃ。
 しかし、失敗したな。こんなに浅いんじゃ、落とし穴としては意味が無い。
 おずおずと伸ばしてきた手を握ると、ぎゅっと握って穴から引っ張りあげる。随分と柔らかい手だ。握ったら潰しそう。そんな事を思いつつ。
「あ、ありがとうございました」
 おお、これはすごい。
 泥まみれだけれど、きれいなすみれ色。
 春先に咲くすみれの花のような髪。こんな髪、見たら忘れそうに無い。
「綾部、先輩?」
「すみれ」
「え?」
「……そうだ」
 良い名前を思いついた。としこちゃんや蛸三郎には負けるけど、良い名前だ。
「菫姫」
「は?」
「菫姫は比売神様の委員会?」
「へ?」
 ふわふわとわたあめみたいなすみれ色の髪に面白い顔。
 両方の頬を持ってむにーっとすると、思い切り良く伸びた。
「へんはい!」
「何?」
 これは面白い。
 手を離して今度はゆっくりと髪についた泥を払ってみる。
「あの、綾部、先輩?」
「何?」
「ぼくの名前、三反田、なんですけど」
「そんなの知らない。君は菫姫だから」
「いや、あの……」
 名前なんて知らない。この子は私が見つけたから菫姫。比売神様と同じ。比売神様は比売神様だし、菫姫は菫姫。
「比売神様も分からないんですが」
「医務室に行った事無いの?」
「え?」
「比売神様は医務室にいるよ。あとは、たこちゃんとかとしちゃんとかの中」
「それって、伊作先輩のことですか?」
「知らない。比売神様は比売神様だもの」
 困ったみたいに丸い目がくるりと丸くなる。比売神様みたいに美人ではないけれど、面白い顔。
「あの、ぼくも保健委員なんですけど…」
「じゃあ、比売神様のところの委員会だ」
「そこの、三反田数馬と言います…」
「駄目、菫姫」
 ほら綺麗に落ちた。
 泥を払ったすみれ色の髪はふわふわして綺麗。菫姫の綺麗な髪。立花先輩みたいに真っ直ぐじゃないけど、私と良く似たふわふわの髪。
「そんな、菫姫なんて綺麗な名前…」
「可愛いよ」
「え?」
「菫姫はとっても可愛い。比売神様は綺麗だけど、菫姫は可愛い」
 小さくて可憐な可愛い花の姫君。
「だから、また穴に落ちて?」
「は?」
「そうしたら、助けるから。だから、穴に落ちて?」
 比売神様みたいに綺麗にならないで、ここで可愛くなって?
 首を傾げる喜八郎に菫姫は困った顔をしている。
「うん、今日は運が良い」
「へ?」
「それでは、ごきげんよう、菫姫」
 ここら辺に穴は無い。もう落ちることも無いだろう。
 可愛い可愛い菫姫、どうか明日も穴に落ちてくれますように。
 そんな事を思いつつ、困惑した顔の菫姫を置いて喜八郎はその場を後にした。



「おい、アホハチロー」
「なに、ばかやしゃまる」
「誰がばかやしゃまるだ!」
 ごいんと滝夜叉丸が喜八郎の頭を殴ると、痛い、と喜八郎は頭を摩った。
「お前の話は良く分からん」
「そう? 比売神様と菫姫が穴に落ちた話をしたんだけど」
「その比売神と菫姫がわからないと言っているだろうが!」
「え、滝夜叉丸頭悪い?」
「誰が聞いても同じ質問をするわ!」
 喜八郎にすれば、今日あったことを話しただけなのに。
 どうしてみんな分からないのだろう。
 菫姫だってあんなにわかりやすい髪の色なのに。
「ともかく、その菫姫とやらは見た事が無い」
 変な滝夜叉丸。
 ああ、でも私もあの穴で会うまで知らなかったな。菫姫のこと。
 そんな事を思いつつ、喜八郎は日記を書く。
 その横で、滝夜叉丸が溜息を一つ吐いた。





 今日は、可愛らしい姫君に会いました まる







すみれひめ










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綾部と数馬の初対面。うちの綾部は人の名前を覚えるのが苦手です。
そんでもって気に入ればあだなをつける子だといい。
数馬のことは気に入った様子。
この後四年は綾部の困ったクセに惑わされれば良いんだ。
ちなみに
比売神様→伊作
菫姫→数馬
です。



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