このお話を読むにあたって


この話は、三年と六年が仲良くなる切っ掛けのお話です。
読んで頂いた方が分かりやすいと思いますが、注意。

月イチ恒例行事のネタです。キャラが崩壊してます。私の解釈おかしいです。
ごめんなさい(土下座)。
苦手な方は直ぐにUターン。ほわほわしたお話だけ読んでいただければ。
よし読んでやる、と言う方はスクロールしてどうぞ。







































 僕たちに起きた、突然の衝撃。
 神様、僕たち。





 どこに行こうとしてるんでしょうか。






「なぁ、三之助」
「どうした、左門」
「作がおかしい」
「そうだな」
 お日様が少しだけ西に向かう頃、裏山の天辺で決断力の有る方向オンチと無自覚な方向オンチは膝を抱えて雲を見ていた。
「何でだろう、今日は会えないんだ」
「奇遇だな。俺もだ」
 いつもなら、縄を持って追いかけてきて自分達を結んで教室まで一緒に行く作兵衛と、今日は一度も会っていない。
 今日が、校外実習だとしてもおかしい。
 と言うか、作兵衛が最近おかしいのは二人とも思っていた事だ。
 暇があれば、溜息を付いて空を見ている。あの作兵衛がだ。妄想が少々激しい、いつもいらないことばかり心配して人の世話を焼く作兵衛が、ぼーっとしている。
「ここはやっぱり」
「俺達の出番だな」
 どこをどう取ったら俺達の出番なのか分からないが、いつも教室に連れて行ってくれる事には感謝しているらしい。作兵衛が一緒ではない時は、何故か先生に連れて行かれてしまう。不思議なことも有るものだと、二人は常日頃から思っているのだが。
「何とかして、作の心配事解決してやらないと」
 三之助はぱんぱんと尻についた土を払って立ち上がる。
 ともかく、今最重要項目は学園に帰ることだ。何故か左門と二人の時は学園まで帰れず誰かが探しに来てくれる。その筆頭が作兵衛なのだが、その作兵衛が来ないという事は自分達で帰るしかないという事だ。
「よし、あっちだ」
 左門も立ち上がり、裏裏山の方向を指す。それに三之助は意義を唱えない。三之助もその方向だと思っているからだ。
 それを阻止してくれたのは。
「見っけ」
「え?」
「ん?」
 がさがさと茂みから出てきたのは、作兵衛ではない、同じ校外実習をしているは組の。
「浦風」
「おー」
「二人とも、どこに行こうとしてるんだよ」
 どうやら、今回は作兵衛でも先生でもなく、この浦風が来てくれたらしい。珍しいことも有るものだと二人が目を丸くしていると。
「あんまり富松に心配かけるなよ」
「作?」
「作がどうかしたのか?」
「二人を探しに出たあと、綾部先輩の掘った落とし穴で見つかったよ」
「へ? 作が?」
「落とし穴?」
「そう。見事に」
 それは藤内の目の前で起こった。校外実習中、いなくなったろ組の名物コンビを探している作兵衛と遭遇したのだ。
 縄を持ってきょろきょろとしている姿は、学園の名物とも言える。その作兵衛が、すとんとものの見事に、おそらく校外実習中に喜八郎が掘ったと思われる落とし穴に落ちたのだ。最初に言っておく。喜八郎の名誉の為にも言っておく。そこには確かに目印があって、普通なら落ちないはずだ。それこそ、同じ組の三反田数馬でない限り。
 別名不運委員会こと保健委員会所属の数馬は、その名に恥じない通り不運だ。良く蛸壺やら落とし穴に落ちているのを救助したことがある。その数馬でも分かるくらいの目印がある落とし穴に落ちた作兵衛は、ある意味奇跡を起こしたのかもしれない。
 驚いて穴を覗くと、作兵衛が座り込むように落ちており、大丈夫かと声をかけると「浦風、すまないが頼みが有る」と言われてここまで来たのだ。
「なんか、足、挫いたみたいで。富松は、傍にいた伊賀崎に救助してもらって、俺は縄と場所だけ聞いて二人を迎えに来たんだけど」
 ホントにいるとは思わなかった。
 そう言いつつ、藤内はくるくると二人に縄を巻き、作兵衛を真似て自分の腰に縄を結びつける。
「作は大丈夫なのか!」
「多分。医務室に連れて行ってもらってると思う」
「よし、じゃあ、医務室だ!」
 左門が裏裏山に駆け出そうとするのを、藤内は慌てて制止すると、二人を引っ張りながら「富松って純粋にすごいと思う」と言わしめたのは言うまでもない。





「大丈夫かー!」
 すぱーん!
 医務室の戸を勢い良く開けると、左門は叫んだ。
「作?」
 その後ろから、ひょっこりと三之助が顔を出す。その二人を半眼で睨んでいるのは、落とし穴に落ちたであろう作兵衛その人である。隣には、作兵衛を運んできたい組の孫兵と包帯を持った見慣れないすみれ色の髪をした保健委員がきょとんと二人を見ていた。
「か、数馬…」
「藤内! 大丈夫?」
 二人の後ろからずるりと出てきた藤内の顔色の悪さに、すみれ色の髪をした保健委員、三反田数馬はとととと駆け寄った。
「胃が痛い…」
 胃と言うより内臓だろうか。きゅうきゅうと締め付けられたそこは、もう限界ですと藤内に言っている。
「何か悪いもの食べた?」
「いや、なんか、押さえつけてたら痛くなった…」
 数馬が不意に藤内の胃の辺りを見ると、そこには食い込んだ縄。これでは圧迫していて辛いだろうと数馬は、するすると解く。すると、そこから放たれた迷子二人が作兵衛に飛びついた。
「富松」
「おうよ」
「尊敬するよ、お前のこと」
 毎日こんなものを引き摺って顔色一つ変えない作兵衛は、かなりの腹筋の持ち主だ。藤内も腹筋がないわけではないが、二人分の勢いを抑えられるほど鍛えてはいない。
「俺の苦労が分かったか」
 迷子二人がぐりぐりと顔を寄せている所為で、少々窮屈そうな作兵衛はじと、と藤内を見る。その視線には何か違うものが含まれていることを、藤内は察することが出来なかった。
「作が死んだかと思ったー!」
「誰が死ぬかよ!」
「いや、でも落とし穴に落ちたって」
「スパイクもない落とし穴に落ちてどうやって死ぬんだよ!」
 そんなことしたら、落とし穴に落ちた奴みんな死んでるだろ!
 そんなやり取りを、やれやれと孫兵が見ている。おそらく見慣れた光景なのだろう。その後ろで胡椒を取り出しながらくすくすと数馬が笑いながら見ていた。
 それを見た藤内がはて、と首を傾げる。
 こんな笑い方をする数馬はあまり見ない。いつも困ったように笑う顔が印象的で、なんと言うか、あどけない笑い方に少々びっくりした。
「はい、藤内」
 粉末にされた胡椒を包んだ薬包紙を渡しながら、ここで飲む? と首を傾げる。こくりと頷くと、ちょっと待ってねと鉄瓶から湯呑に白湯を注ぎ、そっと手渡してくれた。
「他に悪い所はない?」
「今のところは。そういや、他の保健委員は?」
「伊作先輩は、潮江先輩と食満先輩の喧嘩を止めてくれって立花先輩に頼まれて出て行ったけど」
 あとは、当番じゃないからね。
 保健委員は基本的に当番制だ。毎日医務室にいる伊作は、当番ではない。当番の日も有るだろうが、下級生ばかりの委員会だ。心配なのだろう。少なくとも当番制ではない上に各自が好きな方向に行ってしまう作法委員会に比べたら縛り付けの多い委員会だと、藤内は思った。
 その時。
「ったー!」
 作兵衛の悲鳴が医務室に響く。その悲鳴に返ってきた声は。
「作ちゃん!」
 その時の衝撃は、ある意味山田伝蔵の女装姿より衝撃的だった。
「さく、」
「ちゃん?」
 藤内と孫兵がくるりと目を丸くして、数馬を見る。自分の口から出た言葉にしまったと感じたのか、数馬は口を覆った。
「さくちゃん…」
「さくちゃん…」
 迷子の二人はオウム返しのように呟いて、作兵衛を見る。その作兵衛はと言えば、まるでゆでだこのように真っ赤だ。
「てめぇ、左門! イテェだろうが!」
 とりあえずどうして良いか分からないらしい作兵衛は、捻った足を思いっきり踏ん付けた左門に拳を飛ばす。
「数馬?」
 藤内が目の前の数馬を見ると、耳まで真っ赤にしてその場に蹲っていた。
「め、珍しい呼び方だな」
 孫兵が何とか取り付くおうとしてみたが、それは追い討ちである。数馬は顔を覆ってしまい、今にも泣き出しそうだ。
「さくちゃん! さくちゃん!」
 左門は嬉しそうに作兵衛をそう呼ぶ。
「てめぇが呼ぶな! て言うか三之助!」
 腹を抱えて笑い出した三之助にも作兵衛は拳を飛ばした。
「ご、ごめん、ね。作…富松、君」
 今にも消え入りそうな声で数馬が呟く。もしかしたら本当に泣いているのかもしれない。そう思った藤内は、ぽんぽんと数馬の背を叩いた。
 数馬が、誰かを名前か徒名で呼ぶのは珍しい。友達としては喜ばしいことだ。だが、如何せん呼び方が呼び方だ。驚かずにはいられない。
「あー、もう! 数馬! 作ちゃんでいいから!」
 その言葉に、そこにいた一同は唖然とする。
 あの、作兵衛が。男気溢れる作兵衛が。六年生の食満を尊敬し、男の中の男になりたいとたまに呟く作兵衛が、認めた。
 作ちゃん、と言う呼び方を。しかも。
「富松?」
「んだよ!」
「数馬の事、名前で呼ぶんだ…」
 それが、藤内にとっては衝撃だった。
 数馬を名前で呼ぶものは少ない。同じ組にも僅かしかいない。それは、数馬が一重に忘れられやすいからだ。級友達に名前を覚えてもらうのにも二年以上費やした数馬。その数馬の名前を作兵衛が呼んだ。
「わりぃか!」
 開き直りである。
 真っ赤になった作兵衛が両腕を組んで、じっと藤内を見た。その隣ではさくちゃんさくちゃんと叫び続ける左門と爆笑している三之助。
「…いや、いいと思うよ」
 本当に心からそう思うから。
 藤内が笑うと、作兵衛は、自分の周りで叫び続ける左門を殴って三之助に投げつける。照れ隠しだろうか。顔の筋肉を緩ませながら、藤内はその光景をみていた。だが。藤内と同じようにその光景を微笑ましく見ていた孫兵が、「三反田?」と慌てて駆け寄ってくる。どうしたのかと藤内が数馬に視線を移すと、さっきまで真っ赤だった数馬が顔を真っ青にしていた。
「数馬!」
 藤内が数馬の肩を持つと、その顔を覗き込んだ。
「だい、じょぶ…」
「大丈夫な分けないだろ! どうしたんだよ!」
「ホントに、大丈夫、だから…」
 呻く様な声に、藤内と孫兵は顔を見合わせ。
「俺、ちょっと伊作先輩呼んでくる!」
「分かった」
 藤内は、医務室を飛び出し、孫兵が数馬の背中を摩る。
「三反田、横になるか?」
「いい、ホントに、大丈夫…」
「おれも伊作先輩探しに行く!」
「俺も!」
「お前ら二人はここにいろ!」
 足を捻って動けない作兵衛は数馬の傍に近寄れない。その分、藤内とは反対方向に走り出そうとした二人をその腕力に任せて捻じ込み、ぐ、と唇を噛んだ。
 藤内が帰るまで、保健委員でも何にもない四人は見守る事しか出来ない。数馬はどんどん汗をかいて小さくなっていく。
 何も出来ない。
 その事が、作兵衛を苛立たせる。それは左門と三之助にも伝わっていた。だから、二人は動かない。作兵衛の押さえつける力がなくなったと言うのに。
 作兵衛は痺れを切らし、捻った足を庇いながら数馬に近付くと、大丈夫かと頭を撫でた。
「さく、ちゃん?」
「何か、薬がいるんなら取ってやる」
「ううん、大丈夫…」
 こんな時まで、困ったような笑顔だ。
「足、動かしたら、駄目だよ?」
「それどころじゃねぇだろ!」
 お前のほうが苦しそうじゃねぇか!
 作兵衛が、泣きそうだった。孫兵が困っていた。左門が、作兵衛につられて泣きそうだった。三之助はじっと数馬を見ていた。
 それだけで、数馬は泣きそうだった。
 迷惑をかけてしまう。ただ、お腹が痛い。とても下半身が冷たくなって動けない。どんな薬がこの症状に効くのか数馬は分からない。伊作ならわかるのだろうか。それでも、伊作に迷惑をかけてしまう。
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 じんわりと目の端に涙が溢れてくる。
 背中を摩ってくれる孫兵の手が温かい。頭を撫でてくれる作兵衛の手が温かい。
 その時、不意に何かに気が付いた孫兵が立ち上がり、先程作兵衛の治療に使った包帯を取り出す時に開けた戸棚を開け、包帯を取り出す。
「伊賀崎、君?」
「実習中に、怪我したのか?」
「え?」
「血……」
 ふと気が付くと、自分の太腿辺りに血が滲んでいる。それに気が付いた数馬は目を見開いて、そして、とうとう泣き出してしまった。
「数馬!」
 作兵衛が慌てて数馬の肩を叩くが、その感触に数馬はびくりと跳ねる。
「大丈夫か! 三反田!」
「大丈夫か!」
 作兵衛の後ろに控えていた左門と三之助も、慌てて駆け寄ってきた。
 その時。
 ばん、と開け放たれる医務室の戸。そこには、息を切らした伊作が血相を変えて立っており、その隣に肩で息をする藤内がいる。
「数馬! どうしたの!」
「いさく、せんぱい…」
 数馬を囲うようにいた四人が伊作に場所を空けると、伊作は数馬に近付いてその顔を見た。
「ごめんなさい…」
「具合が悪い時に謝らない! どうしたの?」
「…………」
「数馬?」
 数馬は無言だ。それを見かねた孫兵が包帯を伊作に見せながら。
「どこか、怪我したみたいで」
 と、どこか泣きそうな顔で言う。
 その言葉を受けた伊作は、数馬に問うが数馬は答えない。
「ね、数馬。どうしたの? 怪我したの? 具合が悪いの?」
 出来るだけ優しい声音で数馬に語りかけ、その背を撫でる。そうすると数馬は泣きじゃくって伊作に縋りついた。
 その時、伊作も気付く。数馬の異変に。
「全員医務室から出て!」
「え?」
「いいから! 富松君は怪我してるんだよね! 浦風君、肩貸してあげて! 伊賀崎君、神崎君と次屋君を連れて!」
 まるで追い払うかのように伊作は五人に退室を要求する。何があったか分からないが、医務室に一番精通しているのは伊作だ。素直に従うしかない。それぞれ言われた通りに動くと、医務室の戸を閉める。
 そうすると、伊作はぎゅっと数馬を抱きしめて。
「大丈夫だよ、数馬」
 笑って、そう言った。





 医務室の前に佇むのは、鶯色の忍び装束。何をして良いか分からず、閉じられた戸を見ている。そうしていると、がやがやと聞き覚えのある声。
「何してるんだ、藤内」
「あ、立花先輩」
 涼しい顔の仙蔵と傷だらけの留三郎と文次郎が医務室の前まで来ていた。
「伊作は?」
「中です」
「そうか」
 すっと医務室の戸に手をかけようとした仙蔵の手を藤内が止めて。
「中、入っちゃいけないんです」
 と困ったように言った。
「は…?」
「伊作先輩に入るな、って言われてるんです」
「どうして?」
「分からないんです。数馬が…具合悪いみたいで」
「数馬? ああ、三反田か」
 ふむ、と片手を顎に当てて仙蔵は考えると、とんとんと戸を叩く。
「駄目だよ! 入ってきちゃ!」
 間をおかず、伊作の声が返って来た。
「伊作、私だ」
「仙蔵? 何で」
「文次郎と留三郎の阿呆が綾部の掘った穴に落ちて、私が投げた焙烙火矢がその中で暴発した」
「何してるの!」
 本当に何しているのだ。最上級生たるもの後輩の前では立派な姿を見せていたいのに。
「と、言うわけで治療を頼みたいんだが…」
「酷いの?」
「いや、いつも通りだ」
「……仙蔵、一通り治療できるよね」
「私にやれと言うのか?」
「他に誰がいるの!」
 確かに仙蔵の目の前には三年生が五人。後ろには怪我人二人。どうしようもない。
 どたどたと言う音がして、ばんと扉が開く。
「はい、お願い!」
 伊作が仙蔵に手渡したのは、保健委員愛用の救急箱だ。
「珍しいな、お前が怪我人を拒むなんて」
「今は緊急事態なの!」
「伊作先輩!」
 ひし、と伊作の忍び装束を掴んだのは作兵衛。
「富松君…?」
「そんなに、そんなに…数馬は悪いんですか!」
 緊急事態。
 その言葉に、三年生は暗い顔をしている。それはそうだろう。友達、もしくは同級生が目の前で苦しみだし緊急事態などと言われたのだから。
「今日は、僕が預かるよ」
「え!」
「心配しないで。数馬の体はどこも悪くないよ。ただ、ちょっと落ち着かせたいから」
 ふわりと笑った伊作は、どこか困っている。
「ああ、それから留三郎」
「何だよ…」
 伊作は先程とは違うきらっきらの笑顔を留三郎に向けると、一言。
「今日、長屋に数馬泊めるから誰かの部屋に行って」
「はぁ?」
 珍しい事も有るものだ、と仙蔵は伊作を見た。
 伊作が誰かに、特に留三郎に対してそんな言葉をかけるなど。よほど、数馬が心配と見える。
「文次郎、仙蔵、泊めてやって」
「待て! なんで俺達が!」
「落とし穴に落ちて怪我してるんでしょ? 治療するついでに、ね?」
 小首を傾げて笑う伊作は、怖い。
 だが、怯むまいと留三郎と文次郎は頑張った。
 しかし。
「……頼むよ」
 力のない、声。
 それまで、伊作の脅しとも言える笑顔を見せていたのに、一気に声のトーンが下がる。
「伊作…」
 それは、六年も一緒にいれば分かる、伊作の本気。伊作は冗談やからかいなどでこんなことを言っているわけではない。本当に数馬に「それ」が必要だからそこにいる人間にお願いしているのだ。
「分かった。文次郎、仙蔵。泊めろ」
「伊作の頼みでは断れまい」
「仙蔵! 留三郎!」
「諦めろ、文次郎」
 そのやりとりを見ていた三年生は、不思議な絆をそこに見た。
 六年生ははっきり言って何考えているか分からない人間だ。委員会の先輩と言えど、そこまで親しくはない。言う事に従っていれば間違いはないというくらいしか分からない。そして、反抗できない相手であると言う事も、また事実。
 その六年生が、数馬の為に、この場合伊作の為と言うべきだろうか。すんなりと言葉に従っている。
「あ、あの……」
「ん?」
「数馬、看病しないといけないなら、俺が」
 同室ですし。
 藤内が伊作にそう進言すると、伊作は首を横に振って。
「駄目。今日は僕が預かります」
「怪我、酷いんですか?」
 孫兵が持っていた包帯をぎゅっと握り締めた。
「んーとね、全部は明日」
 作兵衛、藤内、孫兵、左門、三之助、の順に頭を撫でて伊作は笑う。
「今日は、たくさん数馬と話をしないといけないから」
「話?」
「数馬には数馬の考えが有ると思うし。そこらへんの事を聞かないと、僕ではどうにも出来ない」
「………」
 ぽん。
 黙りこんだ作兵衛の肩を留三郎が叩く。
「三反田には三反田の考えがあるんだろ。それに、伊作が体は悪くないって言ってるんだから、大丈夫だ」
「そうだな、伊作が蛸壺に落ちないと言うのなら信じ難いが、体の事で大丈夫と言うなら大丈夫だ。私達が太鼓判を押そう」
 藤内の頭をぽんぽんと叩いて仙蔵が笑った。
「それでいいんだろ、伊作」
「うん」
 にこりと笑った伊作は、また困ったように笑っていた。その笑い方は、どこか数馬と似ている。
「ほら、急がないと夕餉に間に合わないよ。仙蔵、二人を手当てしたら、この子達と食堂に行ってあげてよ」
「お前はどうする?」
「まあ、何とかするよ」
「……頃合を見て声をかけろ。なんか持っていってやるから」
「ありがとう、留三郎」
 伊作が何とかすると言って何とかできるのは、薬やら怪我のときだけだ。夕食は確実に食いっぱぐれる。
「あ、そうだ」
 伊作は留三郎に近付くと、ぼそぼそと耳元で何かを囁いてそれを聞いた留三郎は頷いた。
「じゃあ、みんな頼むね」
 明日には、きっと全てが分かる筈。
 心配そうな三年生の背を六年生が押し、足音を響かせず医務室を離れる。それを見た伊作は、「ありがとう」と呟いて医務室に戻った。
 医務室には、泣き止む気配を見せない数馬。
「数馬、僕の部屋に行こうか?」
「伊作、先輩の、部屋?」
「うん、今日は一人だから。何も怖くないよ」
 ここだと、いろんな人が来るからね。それに、新野先生も戻ってくるだろうし。
 そう言いつつ伊作はひょいと数馬を抱え上げて、にっこりと笑った。
「あ、あの…」
「…数馬と話がしたいんだ」
「…ごめんなさい」
「怒るわけじゃないよ。んー、何ていうかな」
 伊作は首を傾げると。
「生きていく為に必要な話、かな」
 ちょっと照れくさそうに笑った。





 今日の夕餉は魚の煮付け定食。それを前に、鶯色の忍び装束は箸を付けられずにいる。
「食べとかないと、明日まで持たないぞ」
 包帯だらけの留三郎が味噌汁を啜って、目の前の席に並んで座っている鶯色を見た。
「作兵衛」
「………」
 食事が喉を通らないほど、心配なのだろうか。
 誰一人として両手を膝の上から動かそうとしない。見かねた文次郎が左門の頭をぐりぐりと押して。
「お前達は、伊作が信頼できないのか?」
「そんな事はないです…」
 伊作と言う人間がどれほど目の前の人間たちに信頼されているかを、医務室の前のやりとりを見れば分かる。
 藤内はそうは言ったものの、数馬が心配でとても食べる気にはなれなかった。同じ組ではない残りの四人もまた不安そうに自分の指先を見つめている。
「食わなきゃ元気でないぞー」
 ぐりぐりと三之助の頭を押す影が一つ。
「七松先輩…?」
 驚いたように三之助が顔を上げると、そこには小平太が食べ上げた盆を抱えて立っていた。
「どうした、小平太」
 ことんと箸を一度置き、茶を啜った仙蔵がちらりと小平太を見た。
「さっきさー、いさっくんに会って」
「ほう、伊作に。で、どうした?」
「三反田? だっけ。抱えてたからどうしたんだって聞いたんだ」
「それで?」
「多分三之助達が元気ないから、元気付けにバレーにでも誘ってやれって言われたんだけど」
 時間は夜である。
 いくら、夜目が利くとは言えバレーは辛いだろう。
 それでも、同じ委員会の先輩から声をかけて欲しいとの伊作の隠れた願いだ。
「ホントに元気ないんだなー」
 今日の魚は第三共栄丸さんとこから直送だから美味いぞ。
 小平太なりの気を使った言葉だが、鶯色の子供達には届かない。
「何だ、三反田が心配なのか?」
 その言葉を発した瞬間、空気がずんと重くなる。
「多分、大丈夫だぞ、あれ」
「え?」
「何て言うか、ああ言ういさっくん見たことある」
 なあ、長次。
 盆を片付けていた長次がこくりと頷いた。
「三反田みたいな、か?」
「うん」
 そこでぴんと来たのは仙蔵で。
「成る程、そういう訳か」
 くつくつと笑いながら、仙蔵は口元を覆う。
「どういう訳だ?」
 こう言う事に関しては、本当に察しの悪い文次郎が眉根に皺を寄せた。
「お前が一番慌てた時の話だ」
 ぶー!
 その時飲んでいたお茶を噴出したのは留三郎。その被害にもれなくあったのは目の前にいる作兵衛であるが、何も言わない。すまんと留三郎は手ぬぐいで作兵衛をぬぐう。前に、文次郎がこれでもかと言うくらい慌てた時があのだ。それは。
「お前の鉄の理性は伊作限定か?」
 肩眉を上げて、真っ赤になった留三郎を仙蔵は見る。
「いや、あの、だから、その……」
「そっか、三反田って……むぐっ」
 何かを喋りそうになった小平太の口を長次が塞いだ。それを見て、留三郎は親指を立てる。
「つまりはそう言う事だ、文次郎」
 箸を握ったまま、これ以上ないくらい赤くなった文次郎の肩を叩いて仙蔵が口角を上げる。
「……どういうことなんすか!」
 がたん!
 六年のやりとりに痺れを切らした作兵衛が立ち上がり、ぎっと周りの萌黄色を見た。
「数馬が心配なだけなのに、なのに、何で!」
「作……」
 左門が作兵衛の袴を引っ張る。
「先輩達、面白がってるだけじゃねぇか!」
「それには俺も同意見です」
「藤内?」
「俺達、みんな数馬の事心配してるだけなのに、なんで…分かってるなら教えてくれないんですか」
 どうやら、数馬の異変の原因を萌黄色の面々は知っているらしい。しかも、それを隠そうとしている。面白い筈はなかった。
 くるりと踵を返した作兵衛の肩を、留三郎が肩を掴む。
「離して下さい!」
「いいや。これはな、お前達の問題なんだよ」
「え?」
「三反田が、お前達を信頼していれば明日にでも話してくれる。もし駄目なら諦めろ」
 真面目な顔をした留三郎は、鶯色の面々の目を一人ずつ見ると。
「まあ聞け。俺達も三年生の時似たような事件を経験している」
「……え」
「その時は、もう何と言うか天地がひっくり返るんじゃないかと思うくらい慌てたさ。でも、俺達は信頼してもらえた。だから話してもらえた」
「誰に……?」
「それは話せない。俺達は、そう言う信頼もしてもらってるからな。だから、お前達が信頼してもらえていれば話してもらえると思うぞ」
 留三郎の言葉に、長次と小平太が頷き、仙蔵も口角を上げた。文次郎だけは黙ったまま顔を背けている。
「だから、今は飯食って明日に備えろ。どこかの馬鹿は話してもらったとき、裏裏山まで全力疾走したからな」
 どこかの馬鹿、とは言わずもがな潮江文次郎である。あの走りっぷりは仲間内では伝説と化していた。
 たん。
 箸を取ったのは孫兵だった。
「食べよう」
 真剣な顔で周りを見て、頷く。その言葉に、左門も箸を取った。三之助も箸を持つ。藤内は、やや迷ってから箸を取った。そして、作兵衛は。
「食満先輩」
「ん?」
「食満先輩の言葉、信じてますから」
 そう言って、箸を取った。





「数馬」
「……はい」
「これ、着てね。多分、丈はちょうどいい筈だから」
 衝立の向こうから、伊作は自分が低学年の時着ていた寝巻きを出す。捨てられない性格が幸いして長持ちの中に虫にも食われず残っていたのだ。
「気持ち悪いかもしれないけど、お風呂は我慢してね」
「……はい」
 数馬は言われるまま、伊作の出した寝巻きに着替えて、自分の着ていた物を畳んで部屋の隅に置いた。正直、見たく無いと言うのが数馬の本音だった。
 思い出したら、また泣けてくる。
 真っ赤に泣きはらした目から、ぽたぽたとまた涙が落ちてきた。
 どうしよう。どうしたらいいんだろう。
 伊作は優しいけれど、確かにそう言った知識には長けているだろうけれど、自分とは違う。
「数馬」
 優しい声。
「……はい」
「着替え終わったら、こっちにおいで」
 こっち、とは衝立の向こうだ。奥まったそこに、布団は一つ。何を話してどうするつもりなのだろうか。数馬にはわからない。
「怖くないから」
「…………」
「何もしないよ。取って食べたりもしないし」
 だから、おいで。
 そう言われても動けないものは動けない。怖い。伊作が、怖い。こんな事を思ったのは初めてだ。
 不運だけれど、誰よりも優しい伊作は憧れの人だった。もしかしたら、その感情は好意に似ていたかもしれない。その伊作に知られてしまった。そして、奥まった布団においでと言われる。
 何をされるのかが、本当に怖かった。
 ぎゅっと目を閉じて寝巻きを握ると、体がが震えてくる。
 そうしていると。
「大丈夫だよ」
 柔らかな声、柔らかな腕。
 伊作はひょいと数馬を抱え上げて、ぽすんと布団の上に置いた。
「怖がらなくて大丈夫。僕も一緒だから」
 ぎゅっと目を瞑っていた数馬が目を開けると、そこには。
「いさく、せんぱい?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん」
 知らない女の人が、数馬の前に座っていた。
 柔らかな亜麻色の髪に、白い肌。胸はふっくらとしており、腰から太腿にかけての曲線はあくまでも滑らかだ。
 その、女の人が伊作の顔をしている。笑っている。
「……なんで?」
 考えが追いつかない。数馬と同じ、女の人がそこにはいる。
「なんで、かな。ちょっと色々あってね、くの一教室じゃなくてこっちにいるんだよねぇ…」
 あははははと笑いながら、伊作は後ろ頭を掻いた。
「数馬がどうしてこっちにいるのかは分からないけど、僕は味方だから」
 だから、心配しなくていいんだよ。
 そう言って、伊作は数馬の頭を撫でる。
 その瞬間、ぶわっと堰を切ったかのように数馬の目から涙が零れた。
「せんぱ、いさく、せんぱ……っ」
「うん」
「こわか……」
「うん、良く頑張ったね」
 うわああああああんと数馬は泣いて、泣いて、泣いて。抱きしめてくれた伊作の寝巻きに染みを作る。
「みんなにっ」
「うん…」
「ごめんなさ……」
「誰も、数馬が悪いなんて思ってないと思うよ」
「で、も…」
「しょうがないことだもの。それより、きっと心配してる」
「しん…ぱい?」
「そう。留三郎たちがそうだったみたいにね」
「え?」
 数馬は涙でぐしゃぐしゃの顔で伊作を見上げると、伊作は微笑んでいた。
「僕にも味方はいるんだよ。留三郎と仙蔵と文次郎、それに小平太と長次」
 すごくすごく心配してくれて、もうここにはいられないかもって思ったんだけど、話してみたんだ。そうしたらね…。
 そういう伊作の顔は、どこまでも優しい。
 まるで、本で見た比売神様のようだと数馬は思った。
「だから、数馬が本当に悪いと思うなら話してみるのもいいと思うよ」
「むりです…」
「どうして?」
「だって…ぼく、そんなに、なかよく」
「僕だって仲良くなかったよ。たまたま医務室にいた人たちに話しただけだから」
「え?」
「僕の場合も急に始まっちゃって。そこにね、喧嘩して怪我した留三郎と文次郎がいて、それを連れてきた仙蔵がいて、バレーで突き指した小平太がいて、読みたかった本が入ったって言いに来てくれた長次がいて、それだけの関係」
「それって…」
「似てるでしょ、今日に」
 とてもじゃないけれど、藤内以外は友達とは呼べない人たちばかり。自分の名前さえ知っているかどうかさえ分からない人たち。そして、先日自分の名前を呼んでくれた人。
 その人たちが、自分を心配してくれている。
 だけど、話したらどうなる? 自分が女の子だって話したら。
 ――嫌われる?
 そんな事を想像して、数馬は首を振った。
「僕は、大丈夫だと思うけど」
「………」
「浦風君はいい子だし、富松君は一本気通ってるしね。神崎君と次屋君だって、どこにも行かず医務室にいてくれたでしょ。伊賀崎君はずっと包帯握っててくれたんだよ」
「……でも」
「もし、話してお前なんか嫌いだって言う馬鹿がいたら僕に言っていいよ」
 その時は、力の限り殴ってあげるから。なんなら葬り去ってもいい。伊作は笑顔でそう言った。その言葉に、え、と数馬は目を丸くする。仕方がない。あの伊作が葬り去るなどと言ったのだから。だが、それは狂言でも何ものでもない。伊作は知っている。緊急事態だと言った時、心配していた五対の瞳。あの瞳は、自分に向けられたものと同じだ。
 信頼に値する、瞳。
「数馬、人間には勇気が必要なときだってあるんだよ」
「………」
「心配かけて悪かったなと思うなら、話してごらん。僕が一緒にいてあげるから」
 ぎゅっと数馬を抱きしめて、伊作は笑う。可愛い可愛い女の子。この子を泣かす馬鹿がいたなら、どんな手段を用いてでも後悔させてやろう。そんな事を思うほど、伊作は数馬の事を心配していた。
「……きっと、僕の友達も味方になってくれる」
「………」
「だって、こんなに可愛い女の子だもの。守るのが筋ってもんでしょ?」
「伊作先輩は?」
「え?」
「伊作先輩は、誰が、守ってくれるんですか」
「僕は僕を守れるようになったから。だから、大丈夫」
 この人のように、笑える時が来るだろうか。
 この人のように、大丈夫だと言えるときが来るだろうか。
 この人のように、仲間が出来るだろうか。
 不安はある。
 けれど。
「明日、話してみます」
「……うん」
「そうだ、数馬」
「はい」
「お腹、空いてない?」
「……空きました」
「だよね。ちょっと待ってね」
 伊作は立ち上がり、とんとんと戸を叩く。そうすると、するりと戸が開いてにゅ、と差し出された盆。
「ありがとう」
 伊作がそう言うと、手だけが戸の向こうにひらひらと見える。
「こういう時は、あまり食べられないから特別ね」
 そう言って戻ってきた伊作の手の中には、焼きたてのボーロが一つ。 
「わ……」
「留三郎に頼んでおいたんだ。長次に焼いてもらって、って」
 一緒に食べよ?
 そう言って笑う伊作に、数馬は漸く笑顔を見せることが出来た。





「おう、浦風」
「よお、富松」
「て言うか、藤内でいいよ」
「俺も作兵衛でいい」
 どよんと特大の重たい空気を背負った二人が、忍たま長屋の廊下で顔を合わせた瞬間、交わした会話はそんなものだった。
「作、ねむい!」
「左門、寝ろって言っただろ」
「無理!」
「まあ、無理だな」
 目の下にクマを作った左門と三之助もぬっと現れて、四人は顔を洗うべく井戸に向かう。そこには既に、重い空気を纏った孫兵がいて。
「似たようなものか」
 と、首に巻きつけた蛇に話しかけている。
「話してくれなかったらどうしよう…」
 藤内がそのままずるずるとそこにしゃがみ込む。作兵衛もしゃがみ込みたいのは山々だが、男が廃ると心意気だけで立っていた。
 そこに。
「ちゃんと寝ないと駄目だよ」
 後ろから優しげな声がした。
 振り返ると、長屋の廊下でこっちこっちと伊作が手招いている。
「伊作先輩!」
 驚いたことに。本当に驚いたことに、最初に飛び出したのは誰でもない作兵衛である。
「あの、数馬は!」
「その事で話があります」
「え……」
 真剣な伊作の表情に、そこにいた誰もが固まる。まさか、まさか。自分達は事実を伝えてもらえないままそのまま……。
「数馬は君たちと話したがってるよ。でも、君たちに聞いておかなきゃならない」
 びっと人差し指を立て、伊作はじっと五人を見ると。
「どんな事実でも受け入れられる?」
「そんな、酷い状況なんですか…?」
「数馬にとってはね、一大事。それを君たちに話そうって言ってるの。どうする、聞く? 聞かない?」
 二者択一。迷いなどなかった。
「聞く!」
 左門が手を挙げた。その後ろで、三之助が手を挙げる。
「俺も!」
 藤内も手を挙げた。
「僕も、聞きたいです」
 孫兵が手を挙げる。
「作、どうするんだ?」
 手を挙げない作兵衛を左門がちらりと見やると、作兵衛は泣きそうになりながら聞きます、と小さな声で言った。
「よし、じゃ、今から全員着替えて僕の部屋まで来て。話をするから」
 にこり。
 それまでの空気は一変し、伊作の笑顔がこぼれる。
「ととととととととっ」
 何故かとばかりを繰り返す藤内を見て、孫兵は溜息を付くと。
「鶏か」
 とツッコミを入れる。
「ともかく、着替えて集合、だな」
 言いたい事を何とか言えた藤内の言葉に、五人はこくりと頷くと急いで身支度を整え六年長屋に向かった。
「富松です!」
「浦風です!」
「伊賀崎です!」
「神崎です!」
「次屋です!」
 五人の声が揃って、入ります!と勢い良く戸を開けた。
「いらっしゃい」
 分かっていました、と言わんばかりに伊作が中で手招いている。その隣には。
「数馬!」
「大丈夫か!」
 小さくなって座っている数馬の目は真っ赤だ。
「ありがとう、みんな」
 大丈夫だから。
 そう言って、数馬は頼りなく笑う。その顔に、一同は何か不安なものを覚えた。
「数馬」
 伊作が笑って、数馬の頭を撫でる。その手に、数馬はうんと頷いて。
「あのね、実は…」
「実は?」
「僕、あの、ね」
「うん」
「…………」
「…………」
「…………」
 静寂だけが、続く。
 それではいけないと、数馬は大きく首を横に振り、あのね、と五人に詰め寄ると。
「女、です」
「へ?」
「だから、男の子じゃない、んだ」
 どんどん顔が赤くなっていく。それでも言わなければ。心配してくれた人たちに。自分の事を。
「ほほほほほホントは、くの一教室に入るべきなんだけど、ちょっと理由が、あって、えっと、でも、その、えっと……」
 最後の方は上手く言葉にならない。
「どう言う事だ?」
 その状況から事態が察せない左門だけがきょろきょろと辺りを見回し、他は真っ赤になってくちをぱくぱくと開けたり閉めたりしている。
「三反田、女の子なの?」
 妙に鋭い次屋がそう言うと、数馬がこくりと頷いた。
「はいはいはい。つまりはそう言う事。分かった?」
 黙って真っ赤になっている鶯色を微笑ましく見ながら、伊作はそこにいた子供達の頭を撫でる。
「神崎君も」
「分かった! 三反田は女の子」
 にこにこと左門は嬉しそうにそう言って、ずいと数馬に近付くと、「すごいなぁ」と呟く。
「え?」
「だって、男と一緒の事が出来るんだろ! すごい!」
 三反田って面白い。そんな事を言ってその手を取ると、ぶんぶんと上に下に振った。
「あ、あの、伊作先輩」
「ん?」
「じゃあ、昨日の怪我って……」
「あ、伊賀崎君は分かったんだね」
 ぼんっと頭から煙が立ち昇りそうに成る程、孫兵は顔を赤くする。
「ど、どう言う事だよ、孫兵」
「自分で調べろ!」
「わ、わかんないから聞いてるんだよ!」
 孫兵を挟んでいた作兵衛と藤内が、昨日の事態を聞こうとするが孫兵は口を開こうとしない。
「あ、あれか」
「三之助、わかったのか」
「初花」
「!」
 三之助の言葉に、数馬は真っ赤になって衝立の後ろに隠れてしまう。
「初花って……何?」
 左門が首をかしげている間に、作兵衛と藤内、そして孫兵は塊になって「落ち着け落ち着け」と繰り返していた。
「ああ、それはね。赤子が産めますよ、って言う体からの知らせなんだよ」
 苦笑して伊作が言うと、衝立の後ろから包帯が飛んでくる。
「そっか、三反田は赤子を産むのか」
「違う!」
 慌てて左門の口を藤内が封じた。
「出来るよ、って言う知らせが来ただけだ! 数馬! 何かあったら俺に言っていいからな!」
 藤内が慌てて叫ぶと、作兵衛も次いで。
「妙な男が来たらぶっ飛ばしてやるから!」
「うん、手とか出したりしないし」
「さんのすけぇぇぇぇ!」
 当たり前だこの馬鹿! そう叫んで作兵衛が三之助を殴る。
 その時。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
 ずっと黙ったままだった孫兵が立ち上がり、泣きながらジュンコを連れて飛び出していく。行く先は裏山だろうか。
「浦風君」
「は、はい!」
「悪いんだけど、伊賀崎君捕まえてきてくれる?」
「わかりました!」
「で、富松君は」
「……行って来ます」
 まごへぇぇぇぇぇと叫びながら飛び出していった迷子二人組みを捕まえるべく、作兵衛は立ち上がる。そして。
「数馬」
 声をかけると。
「絶対、守ってやっから心配するな」
 と、一言残して飛び出して行った。
「ね、数馬」
 衝立からひょこりと伊作が顔を出すと、数馬は真っ赤になって膝を抱えている。
「ね、良かったでしょ?」
 ふふ、と笑う伊作に、数馬は小さく、はいとだけ返した。





 その後、裏山で孫兵を確保し、裏裏山で迷子二人を確保した藤内と作兵衛の両名は、門前で待っていてくれた数馬に土下座することとなる。






 でもなんで、伊作先輩は三反田…めんどくさいから数馬でいいか!
 勝手に決めるな! 左門!
 いいよ。ぼく、その方が嬉しいし。
 じゃあ、俺も数馬って呼ぶ。
 うん、ありがとう、次屋君。
 三之助でいいよ。
 ぼくも左門でいい!
 僕も孫兵でいいよ…数馬って呼ばせてもらうから。
 ありがとう、三人とも。
 でも、なんで伊作先輩は数馬が女の子だって気づいたんだろうなぁ。
 それは、はつ……むぐ。
 三之助、世の中には言ってはいけない事がある。
 あのね、これ、秘密ね。
 え?
 みんなが、ぼくのこと、嫌いにならなかったら、話していいって言われたんだけど。
 何を?
 伊作先輩、女の人なんだよ。
 !
 ぼくも知らなくて、昨日教えてもらってびっくりしたんだけど…。
 よく六年間もばれなかったな…。
 潮江先輩と立花先輩、七松先輩と中在家先輩。それに食満先輩が守ってくれたみたい。
 ………
 だから、みんなも秘密にしてね。
 数馬。
 なに、作ちゃん
 お前のことは俺達が守ってやるから、一緒に卒業しような。
 ……うんっ





 次の日、伊賀崎孫兵が二代目潮江文次郎と萌黄色の面々から言われるようになったのは、言うまでもない。










 神様、とりあえずぼく達は
 まよってまよってばかりいるけれど。



 大事な大事な女の子を守る為、真っ直ぐ進んで行こうと思います。








まいごのひつじ










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終わったー! 無意味に長いこの話。
六年生と三年生を仲良しにしようと企んで、こんな話になりました。
数馬ベースの話だけれど、伊作ベースの話も書きたい。
こんな慌てっぷりじゃなかったですよ! 現六年(笑)。





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