だって、しょうがないじゃない。





「は? 兵太夫の好みのタイプ?」
 もぐもぐと弁当を食べていた作兵衛に、クラスメイトが突然ぶつけた質問。
「そうなんだよ。オレの妹が一目ぼれしたみたいで…クラスメイトにそいつの兄がいるって言ったら、好みのタイプを聞いてくれって…」
 クラスメイトも少々困っているらしく、ぼりぼりと頭を掻いている。
 こんな事は初めてではない。兵太夫はその外見から王子様と言われる人間だ。まあ少々性格に問題はあるが自慢の弟である。好意を寄せてくれる人間がいるのは悪い気はしない。だが、あの兵太夫の好みのタイプ。自分にはとてもよく分かるが、それを人に伝えるとなると難しすぎる。ただ、遊ぶ程度の相手であれば、割り切って付き合える女の子が好きな筈。それ以外となると…
「まあ、俺が言うのもなんだけど、兵太夫は物凄く性格悪いぞ?」
「そうなのか?」
「育て方間違えたみたいで、要領は良いんだけど何と言うか…」
 これで諦めてくれれば良いのだけれど。
「妹さんが割り切って付き合えるんならいいけど、所謂フツーのお付き合いするなら薦めない」
「……見事に夢見る女子高生だよ」
「あー…じゃあ、無理って伝えて?」
「可能性はゼロなのか?」
「うん、ゼロ」
 ペットボトルのお茶を飲むと、それはそれはいい笑顔で作兵衛は答える。
「そんなはっきり…」
 クラスメイトは苦笑しつつ作兵衛を見る。
「だって、兵太夫理想が高いし。遊びならよっぽどじゃない限り無理じゃないけど、本気で付き合うって言う相手はゼロに等しい」
「そんなに理想が高いのか?」
「運動神経抜群で、馬術が全国クラスで得意、街に出れば女の子にナンパされ、女子高に放り込めばお姉さまと慕われる、性格は男勝りだけど女の子らしい部分もあって、そんでもって体系はグラビアアイドル。以上」
 ごちそうさまでした。
 弁当箱の蓋を閉めながら、作兵衛はちらりとクラスメイトを見た。
「お前の妹、当てはまる?」
「何一つ当てはまらない。て言うか、そんな女の子、実在するのか?」
「それを言われると辛い」
 そう、兵太夫の好みの女の子、なんて実在しない。
 好みの女の子ではなく、善法寺団蔵と言う女の子じゃないと無理なのだから。
 団蔵の特徴を挙げていくと、とてもではないが実在しない人間になってしまう。こう考えると、団蔵はとても希少な女の子なのかもしれない。
「ま、そういう訳で諦めてくれ」
 何度も繰り返した台詞で締めて、作兵衛は席を立った。





「喜三太? 確かに弟だけど」
 よくもまあ、このだだっぴろい大学で自分を見つけたものだと留三郎は感心する。話した事も無い男は、「食満喜三太の兄さんてあんたでいいのかな」と話しかけてきた。
「喜三太に何か用か?」
 この手の質問は初めてではない。
 喜三太の事が気になる誰かに頼まれた、もしくは喜三太に泣かされた、のどっちかだ。男の表情からしておそらくは前者だろう。
「初対面で悪いんだけど、弟君付き合ってる子とかいる?」
「真剣に付き合ってる人間ならいないけど、遊びで付き合う子ならかなりいる」
「え?」
「喜三太に興味がある子がいるなら、諦めてくれと伝えてくれないか?」
 そう、喜三太と付き合うのはその子にとってプラスではない。
 遊びで、もしくはそこから正式な彼女になりたいと言う野望を抱いている女の子ならいいかもしれないが、あのふにゃっとした外見に騙されて真剣に付き合いたいと思っているならやめた方がいい。
 酷い兄だと言われるかもしれないが、喜三太をそう育ててしまったのは事実。
「俺も、頼まれてさ。手ぶらで帰るわけには行かないんだ。せめて、好みのタイプだけでも教えてくれないか?」
 人の良さそうな男は、ぱんと手を合わせて留三郎に頼み込む。
「良いけど…言っとくけど、本当に望みが無いからな」
 好みのタイプを教えるのは簡単。
 だが、それを伝えところで何の解決方法にならない事を知っている。
「運動神経抜群。剣道だと全国クラス。真っ直ぐな性格で、曲がった事が嫌い。女の子にもてる。いつもは凛としてるけど、実は泣き虫の甘えん坊。体型は所謂美乳で美尻で美脚。以上」
「…………」
 ぽかんとした顔で留三郎を見る男に、だろうな、と心の中で返した。
 喜三太の好みのタイプは簡単に言えるけれど、それはタイプではなくそのものでなくてはならない。
 お隣の家の末っ子の善法寺金吾でなければならないのだ。
 それ以外には恋愛対象として興味ないに等しい。
「あんたには悪いけど、ホントにうちの弟、諦めた方がいいと思うぞ」
「うん、俺もそんな気がする…」
 うな垂れた男の肩をポンと叩いて、留三郎は。
「すまん」
 そう、言った。





「へ? 留兄と作兄の好みのタイプ?」
 ストローが刺さった牛乳パックからじゅーと牛乳を飲んでいた兵太夫が間抜けな声をあげた。
 かっこいいよね! 食満君たちのお兄さん!
 そうそう、留三郎さんて、モデルみたいだし!
 作兵衛さんって、頼りがいがあって包んでくれそう!
 きゃー!と黄色い声をあげる女の子の集団に、喜三太は目をぱちくりとさせる。
 うちの学校男子校のはずですけど…何で女の子がいるんですか。
 ふいっとカレンダーを見れば、そう言えば今日は学校連携で他校の子が来るんだっけ…と納得した。
 男子校に女子が来るという滅多に無い機会に、学校自体が浮き足立っていた事を思い出す。
 誰と誰が兄弟などと言う情報は、何故か出回るのが早い。他校の女子達が知っていてもおかしくはないだろう。
 おそらく、この学校で兄達の好みのタイプを知らないものはいない。
 入学当初から尋ねられる度に二人が答えてきたからだ
 きっとこれが、きゃー! 食満君! アドレス教えて! ならばクラスの男子達が呪詛を行わんが如くの表情で二人を見ていただろう。
 だが、兄達の事となれば話は別だ。
 最初から、「無理」だと分かってるから。
「好みのタイプ、ねぇ…」
 兵太夫がちらりと見た女子達に、少なくとも留三郎と作兵衛の好みはいない。
「聞いても、無駄だと思うけど?」
 オブラートに包むような言い方をすれば、期待するだけ。それを知っている兵太夫は溜息とともにそう零す。
 そんなことのないよぉ! あたし! 努力するし!
 私も!
「じゃあ、料理できる?」
 喜三太がこてっと首を傾げると、そんなの簡単だよ! と答えが返って来た。
「買い物し忘れて、冷蔵庫の中が三分の一くらいしかなくて、それでも五品くらい料理作れる?」
「お店出せる?」
 二人の言葉に、え……と、静かな動揺が広がる。
「とめにぃの好みのタイプって、まず、料理が出来てそれが下手な店より美味しくて、何作らせても上手で、ちょっと抜けてるけどしっかりしてて、それで美人で巨乳だけど……なれるの?」
 努力してなれるわけが無い。
 あの、善法寺伊作と言う人間に。
 二人は出会った事が無いくらいの綺麗な人だ。顔の造形もそうだけれど、何よりあんなに優しい人を知らない。
 何を努力すればなれると言うのだろうか。
 じゃ、じゃあ、作兵衛さんの…
 それでも引き下がらない女子達は、作兵衛の名前を出す。
「作兄は諦めなって。留兄より難しいから」
 そう、とても難しい。
 それなのに、大丈夫! と良く分からない自信を持って少女達は詰め寄る。
「…お菓子作らせたら、右に出るものなし。それを食べた本職が店をやめるくらい。それで、本当に天然で癒し系。髪も天然でふわふわ。顔の良し悪しは気にしないけど、ちょっとむにっとして巨乳…に、どうやってなるの?」
 作兵衛の好みは、たった一人を指している為全てを持っていないと意味が無い。
 しかも、その一人は結構特殊だ。
 ほぼ、天然と言う言葉で片付けられる「善法寺数馬」と言う人間でなければならない。
「という訳で、うちの兄達は、諦めてください」
 遊びでも冗談でも女の子と付き合う気の無い兄達に、女の子を紹介するなんて出来ない。アドレスなんて教えられない。
「喜三太、いこ」
「あ、うん」
 二人は飲みあげた牛乳パックをくしゃりと潰して立ち上がる。
 そうして、あ、とも、うとも言えない少女達を残して教室を後にした。





「あ、お帰り、留さん」
「作ちゃん、お帰り」
「お帰り、兵太夫」
「喜三太、お帰り」
 偶然に四人が家の前に立つと、買い物袋を持った少女が四人笑ってそう言った。
 こんなに可愛い女の子たち、他に知らない。
 きっと、こんなに可愛い女の子他にいない。
 誰かじゃない、この子が良いんだ。自分の不器用な兄弟達は。
 今日、誰かに聞かれた好みのタイプと言う言葉を思い出して、四人はそれぞれ思う。
 そんな事を、四人とも思っているなんて知らなくて、四人はただいまと少し掠れた声で言った。







 好みのタイプ。そんなもの、君以外に知らない。








明確なのに、難しい








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副題:学校で兄弟の好みのタイプはって聞かれたらとりあえず答える男共。
まあ、これで食満家は巨乳好きだと言うのは周知の事実と言う事で。
…お隣の姉妹が巨乳なのが全て敗因です。
巨乳は巨乳でもお隣の姉妹のものにしか興味はありません。
こう書くと変態っぽいなと思いました。



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