今年は少しだけ頑張ってみようという心意気。







「へぇ、じゃあ、全員でバイトなんだ」
「まあ、バイトって言うか手伝いなんだけどな」
 大晦日が迫る、数日前。
 伊作は夕飯のキャベツと豚肉のトマト煮込みを手渡しながら、留三郎の話を聞いた。
「そっか、じゃあ一緒に初詣は難しいね」
「…二日じゃ駄目か?」
 食満家と善法寺家は、両親がまだ日本にいる時から初詣は一緒だ。それは、去年までは変わりなくて、今年も一緒だと思っていたのに。
 留三郎の言葉に、伊作はにっこりと微笑んで。
「二日でも良いよ」
 そう返した。
「本当か?」
「うん。多分、数馬たちも良いって言うと思うし」
 良かった、これで俺、兄としての威厳を保てる!
 その時留三郎が、心の中でガッツポーズをしたのを伊作は知らない。
「じゃあ、初詣は二日にね。あと、大掃除大変そうだったら手伝いに来るから」
「いや、大掃除は自分達で出来る…」
「そう? でも無理な時は言ってね」
「ああ」
 じゃあね。
 半纏を着たままの伊作はちょいちょいと手を振って、パタンとドアを閉めた。
 伊作が消えていったドアを少しの間見つめていた留三郎は、鍋を持ったままくるりと踵を返し台所の方へ向かう。
 そこは、死屍累々と言う言葉が相応しいほど、弟達が倒れこんでいた。
「ほら、夕飯だぞ」
「……留にぃなんて嫌いだ」
 喜三太がなめくじ宜しくぐだあっと伸びたままで呪いの様に言葉を紡ぐ。
「金吾と過ごせる貴重な時間なのに、それなのに…」
 口には出さないが、ソファに倒れ込んだままの兵太夫や、台所の椅子の背もたれに凭れかかったまま意気消沈している作兵衛も同じなのだろう。
 隣の善法寺一家との初詣が駄目になった。
 それは、この家の息子達には忌々しき事態。
 中々一緒に過ごせない隣の家の娘さんたちとゆっくり過ごす事の出来る一日なのに、それなのに。
 父親の友人から、正月の売り出しの手伝いを頼まれたのだ。
 どうしても、男手が足りないと言う事で自分達に白羽の矢が立ったらしい。その父親の友人は普段からとてもお世話になっている人で、断るに断れなかったのだ。
 そんな、留三郎の気持ちを知っているからこそ、目立った反抗は見せずとも弟達はせめて恨み言くらいと零している。
「二日なら、良いそうだ」
 鍋をテーブルの上に鍋敷きを敷いて置き、味噌汁を火にかけた。
「え?」
 留三郎の言葉に、作兵衛が顔を上げる。
「初詣、一日は無理だけど二日ならいいそうだ。それでも駄目か?」
「二日って…」
「初詣、待ってくれるってさ。お前達はそれでも駄目か?」
 味噌汁が温まる間に、ご飯を丼によそっていた留三郎がにやりと笑う。その顔に、兵太夫は「二日でもいいんじゃない?」と思春期特有の照れかくしをしつつソファにあったクッションを抱きしめる。喜三太にいたっては号泣だ。
「喜三太、泣くな。な?」
 作兵衛はティッシュを喜三太に渡して、何とか熱くなる頬をどうにかしようとしている。
 なんて可愛い弟達。
 世間のお嬢様方、これがあなた達が王子様と言っている人間の正体です。
 何故だか、異様にモテる喜三太と兵太夫、そして隠れファンの多い作兵衛は留三郎の密かな自慢だ。良くこんな男前に育ってくれたと自慢したいくらいだ。その中に自分が含まれている事を気付いていない辺り留三郎らしいのだが。
 生憎、留三郎は伊作しか興味が無いので、大概のアプローチに気付かない。それは、作兵衛も同じだが、喜三太と兵太夫だけはデートと称して女の子と遊んでいる。そんな二人だが、本命はお隣の双子な訳で。そんな辺りは可愛いと言うか何と言うか。
「ほら、飯にするぞ。明日は大掃除なんだから早く食って風呂入って寝る!」
「大掃除…」
 喜三太と兵太夫の顔が渋いものに変わる。この二人の部屋は色んなもので散らかっていて大掃除と言うたびに渋い顔をしていた。
「そんな事言うんなら、お隣から特別出動部隊が来るぞ。部屋のもの見られてもいいんなら構わないが…」
 にやりと笑う留三郎に、二人は「がんばります…」と小さく唸ってコップをテーブルに並べる。作兵衛の部屋は割合綺麗だが押入れを開けると魔窟な為、とてもではないが誰かの手を借りる訳には行かなかった。
「わあ、今日これなんだ。ぼく、大好き」
「ほんと、いさ姉って何作らせても美味しいよね」
 伊作の作るご飯は中高生男子が好きそうながっつり系を美味しく作ったものが多く、食べ盛りの四人には嬉しいもの以外の何ものでもない。この四人に好き嫌いが無いのは伊作のお陰だろう。
「それじゃ、食うか!」
「いただきます!」
 テーブルの上に並べられたおかずにパンと手を合わせてから、四人は温かいご飯に感謝した。





「今年は、一日駄目なんだってさ」
 お隣に渡したおかずとはちょっと別の味、ハーブの効いた薄味に仕立てられたトマト煮込みを食べながら、伊作はさっき聞いた事を妹達に話す。
「え、じゃあ、初詣は四人で行くの?」
「ううん、二日にしてもらった。団蔵と金吾は大丈夫?」
「多分。当番じゃないし、三日までは正月休みだから」
「僕は三日から。二日で問題ないよ」
 大会などが近いと休みの無い二人だが、今回は大きな大会もなく、正月休みをもらえたらしい。
「そっか。じゃあ、今年はあれだそうかな」
 数馬がお茶を一口飲んで、何か思いついたようににっこりと笑った。
「え、あれ?」
 数馬の言葉に、珍しく伊作が顔を引きつらせる。
「うん、今年覚えたんだ。だから、お母さんがいなくても出来るよ」
「ぼ、僕はいいよ。似合わないし」
「団蔵に賛成。僕も似合うとは思えないし」
「駄目。今年は出します」
 見た目からして柔らかそうな数馬だが、融通が利かないのは善法寺の血だろう。嫌がる姉と妹を見ながら、数馬は。
「三人には絶対着て貰います」
 とぴしゃりと言い放った。
「数馬は?」
 伊作の言葉はもっともである。四人いるのだから、ここはお揃いで行きたいのに。
「だって、自分で出来ないし」
「じゃあ、僕が覚えてくるよ。それで数馬に着せてあげる」
 伊作は不運だが不器用ではない。一日あればきちんと覚えてくるだろう。
 お客さんが誰も来ない一日だけの特権だ。
 いつも一日は初詣に行く為、そんな格好はしない。
「じゃあ、写真にとってお母さん達に送らないと駄目だね」
 金吾がぽつりと言うと、その言葉に残りの三人は賛成、と手を挙げた。





 ぴんぽーん。
 間の抜けたチャイムの音。
 何かの配達だろうか。そう思いつつ腰を上げる伊作に、数馬がぼくが行くよと手を挙げる。
 かちゃ。
 扉が開いた途端。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 数馬の悲鳴が響いた。その悲鳴に伊作が立ち上がって、玄関へ向かう。その後に団蔵と金吾が続いた。
「数馬! どうした……」
 玄関まで来て、伊作は出掛かった悲鳴を飲み込む。
「姉さん達、だいじょう……」
 団蔵と金吾も慌てて駆けつけて、二人はみぎゃああああと悲鳴をあげると廊下に引っ込んだ。
「おい、伊作」
 ぱたん。扉を閉めてから、留三郎は怪訝な顔で伊作を見る。
「数馬」
「ささささささ作ちゃん! どうして!」
「そんな驚かれても…」
 驚きたいのはこっちである。
 生まれてこの方、特に団蔵と金吾に至っては殆ど記憶に無い姿。
 晴れ着姿である。
 伊作は桜色のふんわりとした色の着物。
 数馬は若草色のしっとりとした色の着物。
 団蔵は藍色のすっとした色の着物。
 金吾は白色のしゃんとした色の着物。
 そこら辺で安く叩かれている着物ではない。見ただけで高価なものだと分かる。
「数馬」
「なななななな何、作ちゃん!」
「似合うな」
「え?」
「着物姿なんて、ちっちゃい頃以来だったから驚いたけど、お前、やっぱりそう言うの似合うな」
 正直な感想だった。
 数馬のすみれ色の髪に、とてもよく似合う着物。くるくるとして柔らかな髪も相俟ってビスクドールのようだ。
 やっぱり、数馬が一番可愛い。
 玄関で座り込んでしまった数馬に手を伸ばす作兵衛を見て「天然たらし…」と喜三太と兵太夫が思ったのは言うまでもない。
 数馬限定だが、作兵衛はたらしの要素があるとしか思えない。確かに基本的に優しい作兵衛だが、数馬には輪をかけて優しい。そして気障だ。
「お前ら、珍しいな。着物なんて」
 そんな冷静な事を言っているが、内心はドキドキしっぱなしである。心臓が飛び出るくらいびっくりしていた。
 確かに、幼い頃は着物を着ていた伊作だが、こんなに色っぽい着物姿は初めてだ。髪をアップにしている所為で見える項がどうにも落ち着かない。
「今年は一日に初詣行かない予定だったから、動きにくいこれでも大丈夫かなって思って」
 そんな事を言う伊作だったが、実際は違う。留三郎達に見られず、安心して着物が着れると思ったからだ。この着物は、大分前に両親が仕立ててくれたもの。毎年「着たら写真を送ってね」と言われていた着物だ。だが、正月は基本的に留三郎達と過ごす為着れなかった。何だか、恥ずかしくて。こんな着物が似合うほどの女性じゃ無い気がして。
「あの、金吾? 出てきてくれる?」
 廊下の向こうに消えた、二人の姿。
 喜三太や兵太夫の知らない二人の姿、だ。
「いいいいいいや、その、着替えてくるから待って!」
「着替えないでいいよ! ちょっと出てきて!」
「馬子にも衣装でいいじゃないか」
「う、うるさい! 僕も金吾と着替えて来る!」
 何とかして拝みたい二人の姿。喜三太と兵太夫はどうにかして二人に出てきて貰いたかった。
「団蔵、金吾。出ておいで。折角数馬が着せてくれたんだから」
「ででででも、伊作姉さん!」
「二人とも可愛いから大丈夫だよ」
「可愛いのは数姉さんだよ!」
 どうやら双子は着物姿が余程恥ずかしいらしい。それを感じた伊作は留三郎を見て。
「お雑煮食べた?」
「いや、まだだけど…」
「食べて行く?」
 そう言って四人に上がるように言うと、数馬が「じゃあ、お出汁温める!」とそのままリビングに走って行った。
「お手伝いは終わったの?」
「ああ、まあな」
 これは実は嘘。本当は、父親の友人が「彼女と初詣行きたいだろう? 一緒に行っておいで」と早く上がらせてくれたのだ。
 そのお陰で新年早々物凄くラッキーな事態になったので、感謝してもしきれない。
「ほら、上がって?」
 着物姿の伊作を眺めていた留三郎の腹を作兵衛が肘で小突くと、留三郎ははっとして靴を脱ぐ。そんな二人を見ていた喜三太と兵太夫はずるい! 二人ともずるい! と小さく抗議の声を上げた。
「ぼくだって金吾の着物姿見たいのに!」
「僕らだけ見れないなんて!」
「安心しろ。あの二人はちゃんと着物姿で迎えてくれるよ」
 その言葉通り、リビングに行くと団蔵と金吾の二人が数の子と田作りとーと言いながら、おせち料理を乗せた皿をテーブルに並べている。
 ちなみに、このおせち、食べるものだけを選んで伊作が手作りしたものだ。
「相変わらず、お前はこう言うの上手に作るよな」
 留三郎の言葉に、伊作は笑ってありがとうと答える。
 実を言うと、今年のおせちは四人で一緒に作ったのだ。それを絶対に言わないでと妹達から言われているので言いはしないけれど。
「な、何だよ!」
「何でもない」
「何でもないなら、じっと見るなよ!」
 穴が開くんじゃないかと思うほど団蔵を見る兵太夫に、団蔵が思わず文句を零す。
「金吾!」
「な、何?」
「写メ撮らせて!」
「嫌だ!」
 ここは素直に直接言いに行った喜三太だが、あっさり断られる。
 二人はいつものようにポニーテールではなく、髪を下ろしていてまるでお人形さんのようだ。
 ぶぶぶとマナーモードが尻から響いて、兵太夫は携帯を取り出す。何かと思えば喜三太からのメールで、一言「金吾が可愛すぎて死ぬ」とだけ書かれていた。
 そのメールに兵太夫は「団蔵が美人すぎて死ぬ」と返す。
 双子ならではのやりとりを交わした後、留三郎と作兵衛の隣に座って、着物姿の四人をじっと見つめていた。
 その後、雑煮を食べつつテレビを見てゆっくりとした時間を過ごしたが、誰もが何か落ち着かない状態を過ごしていたのを感づくものはいなかった。






 その年のおみくじは、初っ端から凶だったが新年早々着物と言う大吉を引いた食満家の人間達は幸せそのものだった。







そのおみくじ大吉につき








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正月ネタ。
晴れ着を着て初詣に行くのと迷いましたが、善法寺さんちの娘さんたちそんな事しないと思いまして。
初詣には次の日、皆それぞれいつもの格好で行きました。
さりげにブーツを履いて歩きにくそうな面々に手を貸したはずですが。
うちの食満さんちの息子さんたちは好きな子だけに王子様オーラを発揮しますが気付いてもらえません。





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