これくらい頑張ったって良いじゃない。 「あのさ、伊作」 「ん?」 「明日暇か?」 「うん」 夕飯のおかずであるぶり大根を差し出した伊作は、正直に答える。 何だろうか。 まあ、あまり良い話題ではないだろうけれど。風邪引いた友人の代理に合コンに来てくれだの、風邪引いて家から出られない弟たちの面倒を一緒に見てくれだの、ともかく不運につきる。 だが、一緒にいられるのは悪くない。妹達に申し訳ないと思いつつ留三郎の言葉を待っていると。 「これ」 「え?」 「あの、いや、そのな、今日新聞の契約したんだけど」 ぼりぼりと頭を掻いて、留三郎はそう言った。 その手には、四枚のチケット。 「お前にはちょっと子供っぽいかなぁとは思うんだけど、遊園地の招待券で」 「それが?」 「チビ達と行く気、ねぇ?」 留三郎は、善法寺家の妹たちの事をチビ達と呼ぶ。もう高校生だと言うのに。 「野球の観戦チケットの方が良かったんだけど、契約に来た兄ちゃんが切らしててさ、これなら八枚あるからくれるって言うんだよ」 間違いがなければ、今、間違いがなければ、チケットは八枚と言った。 「俺達、その、明日は空いてるからどうかなと…」 「……く」 「え?」 「行く! 絶対に行く!」 即決。 それは、きっと妹達の為、そして、自分の為。 生まれてこの方二十年。こんなデートみたいな誘われ方をしたのは初めてだ。この好機を逃したら自分達には二度と巡ってこないような気がする。それをみすみす逃してたまるか! の勢いだ。 「そ、そっか……じゃあ、明日十時に家の前で良いか?」 「うん」 ぶり大根と引き換えに手に入れた四枚のチケット。こんな幸運あっても良いのか。そう思いつつ伊作は食満家を後にした。 「数馬! 団蔵! 金吾!」 転がるように玄関から家に入ると、最初に妹達の名前を呼んだ。 「どうしたの、お姉ちゃん」 食器を洗い終えたのであろう数馬がエプロンのまま出てくる。おそらくは居間にいたであろう双子も何々と顔を出した。 「明日、暇?」 「ぼくは暇だけど…」 自分の事をぼく、と言うのは善法寺家の全員。伊作の影響だ。夫婦共に医者な善法寺家の両親は基本的に海外での仕事が多く、三人を育てたのは伊作だと言っても過言ではない。隣の食満一家も土木関係の技術士で、善法寺家の両親と共に発展途上国に行っている。その所為か、両家はとても仲が良い。そんな両家が兄弟みたいに育って恋愛感情を抱くのはごく自然だ。 「団蔵は?」 「僕も部活は休みだけど…」 「金吾は」 「うん、大丈夫」 「よし、じゃあ全員大丈夫だね」 「何が?」 伊作がすっと三人に差し出したのは、遊園地の招待券四枚。 「遊園地行くの? お姉ちゃん」 その招待券を見た数馬がことんと小首を傾げる。 「そう。留さんたちと一緒に」 「え…?」 「あのね、留さんと作兵衛君と喜三太君と兵太夫君も一緒」 きょとんとしている妹達を見て、伊作は言った。 「だから、明日、一緒に行こうって!」 どうしてだろう、頬が緩むのを止められない。数馬はまさか、と言いつつエプロンの端を掴んでいる。双子は目を合わせてどうしようと涙を浮かべていた。 こんな幸運あっていいの? そう言わんばかりに。 「どどどどどうしよう、お姉ちゃん!」 「落ち着いて、数馬」 おろおろとしている数馬を宥めて、伊作は靴を脱ぐ。 「だだだって留お兄ちゃんと一緒って作ちゃんも一緒ってきさちゃんもへいちゃんも……」 そんな横に並んで歩けないよ! 数馬の心配はどこか抜けている。女子高育ちとはこう言うものだろうか。となりを歩くのがそんなに心配なんて。 「え、何で?」 不思議そうに団蔵は首を傾げるが、団蔵ならばあの四人と並んでも引けを取らないだろう。いや、それでは駄目なのだ。それに気が付いた金吾がぎゅっと手を掴んで。 「団蔵、スカートだよ?」 「え?」 「明日、スカートはいて行くんだよ?」 そう、深刻に呟いた。 「な、何で……」 「何でって、兵太夫と喜三太だけならまだしも、留兄さんと作兄さんも一緒なんだよ?」 金吾の言葉に、団蔵はうっと詰まる。 そう、いつものような格好で兵太夫と一緒ならば逆ナンパされるくらいで済む。だが、一緒に行くのは自分の大事な姉達とその思い人。恥をかかせるわけには行かない。 「ど、どうしよ…」 自分が持っている服でスカートは少ない。基本はパンツでどちらかと言えばボーイッシュな服ばかりだ。 ここで頼むのは一人しかいない。 「数馬姉さん!」 「数姉さん!」 「な、何?」 「服、貸して下さい!」 涙目で、数馬のエプロンにしがみ付いた。 この家の中で一番ガーリッシュなのは数馬だ。伊作はユニクロで全てを済ませる類の人間である。いや、もし伊作の服を貸してもらったとしても、団蔵と金吾には似合わない。 「うん、いいよ」 必死な妹達を見て数馬は笑う。自分の少女趣味とよく言われる服が役に立つならいくらでも貸すつもりだ。 「うーんと可愛いの選んであげる」 「数馬」 「はい?」 「数馬はどうするの?」 「ぼくはどんなに着飾ったって駄目だもの。二人が可愛くなる方が大事…」 「何言ってるの、数姉さん!」 「え?」 眉を八の字にして団蔵が言う。 「数姉さん、癒し系なんだから!」 「そうだよ! 数馬姉さんはほえっとしてふわっとして癒し系なんだから!」 二人の言っている意味が分からないと数馬は伊作のほうを向く。確かに、数馬は他の三人比べて美人でもなければ男前でもない。しもぶくれに太い眉。可愛いと言ってくれる人間は家族だけだと信じて疑わない人間だ。 だが、良く気が付き家庭の事もこなす数馬はお嫁さんに欲しいと言う人は多い。 ふんわりとして癒し系で守ってやりたいとも良く聞く。そんな輩を何人も自分達は知っている。 ただ、数馬はお隣の次男以外に興味が無いので全く知らないだけだ。 「数馬姉さんは白! 白系!」 「うん、レースとか甘ロリとか!」 「う、うええええ?」 「そうだなぁ、数馬の髪、明日は特別にふわっふわにしてあげる」 「お姉ちゃん…」 「団蔵と金吾はおそろいにしよう。二つに分けてシュシュで結んで」 「じゃあ、伊作姉さんはストレートだね! いつもまとめてるし」 「それならぼく出来るからやる!」 「それじゃ、洋服から選ぼうか。僕のも出すし」 「金吾と団蔵は自分の服を持ってお姉ちゃんの部屋に集合!」 「数姉さんは?」 「お片づけ途中だから。それが終ったらすぐ行くよ」 「ごめんね、数馬」 「ううん、それよりお姉ちゃん、二人が持ってきた服から使えそうなの選んであげて」 たった四枚のチケットがもたらした幸運を謳歌すべく、四人はそれぞれの部屋に散った。 「おい、お前ら!」 「あー今日の夕飯なに?」 「ぶり大根だぶり大根……って、そうじゃなくて」 作兵衛が作った味噌汁と喜三太が炊いたご飯を兵太夫がよそいながら、玄関から走ってきた留三郎を見る。 「明日、暇だよな?」 「えー、明日は三之助と左門と出かけようかと」 「僕、デート」 「同じく!」 自分より器用な弟達は、それなりに用事があるらしい。特に双子はデートなどと軟派な事を言っている為ぶり大根をテーブルの鍋敷きの上に置くと、ごつんと頭を拳で叩いた。 「ったい、留兄」 「…とめにぃ…」 「お前らは本命がいながらどうしてそうデートなんか出来る!」 「だって、本番の時スマートにエスコートできなきゃかっこ悪いし」 「女の子がどうしてもって言ったらことわれないでしょ?」 作兵衛までは普通に育ったのに、どこでどう育て方間違った。盛大な溜息を付くと、留三郎はちらりと四枚のチケットを見せる。 「この前新聞屋に貰った招待券がどうかしたの、兄貴」 「これを」 「これを?」 「隣の姉妹に渡す事に成功しました」 「え……?」 「明日なら、全員暇だそうです。絶対に行くそうです。そうかそうか、お前達用事があるなら仕方ない。俺が保護者で行って……」 「あ、ごめん、ぼくー、うんあのね、あした駄目になっちゃった。はにゃー、ごめんね。またの時に遊んで。うん、それじゃ」 電光石火と呼ぶに相応しい喜三太の行動に、他の三人は呆気に取られる。ぱたむと携帯を閉じると目を輝かせて「ぼくも行くー」と嬉しそうに留三郎に飛びついた。 「お、おま……」 「だって、金吾が行くなら行くしかないじゃない! 金吾は部活で忙しいから滅多に誘えないんだよ!」 「だからって、さっきの女の子…」 「彼氏と遊ぶ約束が出来たから良いって」 「何だよそれ」 「何かおかしい?」 どこでどう育て間違ったんだろうとは留三郎ではなく作兵衛の言葉。彼氏のいる女の子と遊ぼうとしていたらしい弟のこめかみに拳をあててぐりぐりと押す。 「はにゃにゃにゃにゃっ!」 「喜三太は誰彼構わず受けるから駄目なんだよ。僕みたいに」 何かメールを送ったらしい兵太夫は着信音を聞いて携帯を開く。 「うん、僕も空いた。だから、明日僕も行くから」 「……兵太夫」 「何?」 「お前、女の子になんて送った?」 「え? 明日は用事が出来たから遊べないって」 それで理解してくれる子だし? その言葉に作兵衛は喜三太にした事と同じ事を兵太夫にした。 「それだからお前らは団蔵と金吾に信じてもらえないんだよ!」 「えー、でも数姉には届いて無いじゃん」 富松作兵衛、十八年間彼女なし。それはもう、隣の善法寺家の次女以外見て無いからだ。双子に言わせれば留三郎も作兵衛ももてるのにデートをしないのが不思議でたまらない。反対に、兄二人は本命がいるのに別の子とデートするのが不思議でたまらない。年齢の所為だと思いたいがどうやら性格の違いらしい。 「う、うっせー…数馬は、奥手なんだよ。だ、誰かが守ってないと…」 「守ってるうちに掻っ攫われないの?」 ごいん、と兵太夫の頭に拳が落ちる。 「留にぃも作にぃもそろそろ告白してみたら?」 喜三太の言葉に、留三郎と作兵衛はうっと詰まった。告白なんて出来るのなら当の昔にしているだろう。だが、その空気を作ることさえ許さないのだ。あの鉄壁の姉妹は。 「と、ともかく飯を食おう、それからだ」 ほかほかのご飯と、とびきりのおかず。青年男子にとってはありがたい時間。 「うわうわうわ金吾と一緒に出かけるなんてどうしよー」 「そんなに期待したって相手は簡単に落ちないぞ」 「兵太夫、それ自分に言ってるの?」 「うるさい。どうせあいつらの事だから、ジーパンにパーカー辺りで明日家の前にいるよ」 「はにゃー……やっぱりそうかな」 「まあ、森ガール的な数姉やカジュアルないさ姉見て我慢しよう…」 可愛い双子が拝めなくても、兄達が喜べばそれでいいじゃないか。 そうして四人は、明日に備えお腹いっぱいご飯を食べる事にした。 「え、これおかしくない? これおかしくない?」 「大丈夫、団蔵は元が良いから」 「数馬姉さんこれ着て!」 「いや、それはちょっと…」 「うーん、どうせなら団蔵と金吾はお揃いにしたいなぁ…双子だし。数馬、確か僕と色違いのワンピース持ってたよね?」 「これ、ね、これ、いさ姉さん着て!」 「いや、年が……」 「お姉ちゃんがふわふわだときっと留お兄ちゃんびっくりするよ?」 「じゃあ数馬はうーんとセクシーにする?」 「この尻と胸でセクシーは冒険だと思います」 「そう?」 「と言うより、スカートじゃないとこの尻はきついです…」 「数馬、暗くならないで! ごめん、もう言わないから」 「数馬姉さんはこの白のスカートがいい!」 「ぶっ」 「何?」 「お前ら、どこに行く気だよ」 「金吾と出かける」 「団蔵と出かける」 「だからって力入りすぎだろ!」 「どうした作兵衛」 「いやこの二人、服散らかして」 「お前ら……なぁ」 「何、じゃあ留兄も作兄もいつもと変わらない格好で行く気?」 「そのつもりだけど?」 「だって、もしも金吾が可愛い服着てきてくれたら横に並びたいじゃない!」 「安心しろ、金吾はいつもの格好だ」 「で、でも…」 「女の子たちがラフな格好で来てみろ、浮くぞ」 「でもさ、女の子たちがもし着飾ってくれたらラフな格好が浮くんじゃない?」 「………」 「アクセサリーは貸すから、こうざくっとした感じの上着とか持ってないの?」 「何かちょっとお洒落なTシャツとかさー」 その日の夜は、食満家と善法寺家に夜遅くまで明かりが灯っていた。 りりりりりりりりり 鳴り響いたのは、不運一家唯一の幸運娘、団蔵の目覚まし。その音に気が付いた団蔵は目を開けると、そこには九時半を指す長針と短針。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! 起きて! 起きて! 金吾」 「…ん?」 「九時半だよ!」 「え!」 「ちょ、姉さんたち起こしてくる!」 団蔵は足早に扉を空け、隣の部屋に突進するとそこでまた悲鳴が上がる。 「何で今日に限って目覚まし止まってるの!」 泣きそうな顔で伊作は階下に走る。そこで気が付いた。外の天候に。 「あ……雨……」 ざーざーとバケツをひっくり返したかのような雨に、伊作は窓に手を当てる。 そう、どうせ幸運なんて続かない。あの遊園地は雨になると極端に動くアトラクションが減るから閉園するのだ。 「あ…雨……」 天然パーマの所為で暴発した髪を見て、数馬が沈む。三人が選んでくれた白いふわふわのスカートは雨では汚れてしまうから着れない。 「姉さんたち、どうしたの!」 用意は? そんな双子の言葉に、二人は窓を指差した。 神様ってきっといない。こんな日をどしゃぶりにするなんて。 「……留さんに電話するね」 納得したのか、パジャマ姿の三人はこくりと頷いてダイニングに向かう。 折角用意したワンピース。レースの付いたシフォンのワンピース。きっとこの雨では汚れてしまうだろう。それに、傘に隠れてしまって意味が無い。 折角試してみようと思ったチュニック甘い印象のチュニックだったが、この雨ではドロを跳ねさせてしまうだろう。 「あ、うん、留さん。そう、あそこ雨降ると閉めちゃうから。うん、そう……え! え、いいの?」 へたりとダイニングのテーブルに突っ伏していた三人は、伊作の言葉に顔を上げた。ぴ、と通話を終えた伊作がくるりと振り返り。 「あのね、遊園地は駄目になったけど、映画見に行かないかって」 「え!」 「招待券じゃなくて優待券で、B級シネマだけど、って」 それでも、一緒に出かけられるなら構わない。三人は涙を拭いて立ち上がると。 「急いで用意しないと!」 「う、うん」 「もう、昨日決めたのじゃ駄目だね。泥が跳ねても大丈夫なヤツにしないと!」 そう言って、洗面所に走りこむ。ともかく歯磨きだ。 そうして慌てて自室に戻ると、団蔵と金吾はお揃いのホットパンツに数馬が勧めてくれたけれど一度も着る事が出来なかったチュニックに手を通す。髪の毛は横で束ねてシュシュで結んだ。 数馬は、爆発してしまった髪をお団子にして、伊作の勧めで買った胸の部分が大きく開いたフード付きのチュニックブラウスにサブリナパンツ。 伊作は、髪を下ろして梳かすだけ梳かすと、双子の勧めで買ったマリン風のボーダーニットワンピースを着込んだ。 昨日、用意した格好なんかじゃないけれど、それでも精一杯のいつもと違う自分。 甘さなんて無いけれど、それでも。 クラッカーを詰め込んで薄く化粧をする。そうして四人ともサンダルを履いて飛び出た。 そこには、傘をさした幼馴染が待っていて。 「ご、ごめん、ね、寝過ごして…」 いつもの格好、と言うに相応しい四人は傘もささずに慌てて出てきた四人に傘を差し出す。 「お前なぁ、傘くらいさせよ。年長者だろ?」 凹凸の目立つ、いつものカジュアルな装いではない伊作に留三郎は気が気じゃない。 「数馬、あの……」 大胆なカットの胸元に、体のラインが出るパンツ。髪を纏めた事で見える項。見たことの無い数馬に作兵衛は動揺していた。 「うわぁぁぁぁぁぁぁん」 「ど、どうしたの、喜三太」 「うん、喜三太、いいからお前はこっちに来い。団蔵、これ貸してやるからとりあえず差しておけ」 (どうしよう、兵太夫! 金吾が可愛いよぉぉぉ変な虫付いちゃうよぉぉぉ) (落ち着け喜三太。お前が守ればいいんだろう!) (じゃあ、団蔵は兵太夫が守るの) (ま、まぁな…その、可愛い、し) 双子のお揃い、しかもホットパンツ。上着はふわふわのチュニック。お揃いのシュシュで左右対称に結んだ髪。 もう二度と拝めないのではないのではないだろうかと疑うほどに、いつもの「幼馴染」じゃない善法寺さんの家の姉妹に、食満さんの家の兄弟はどぎまぎしていた。 「よし、じゃ、行くか。作兵衛、傘を数馬に貸してやれ。お前は俺のに入る」 「あ、はい。ほら、数馬」 「う、うん」 何かおかしい食満さんの家の兄弟に気付く事無く、幼馴染達はその場を後にした。 その日見たB級映画の内容なんて直ぐに忘れてしまったけれど、食満さんの家の兄弟にとってとても良い思い出が出来た一日でした。 頑張れ女の子! 踏ん張れ男の子! −−−−−−−−−− 私の苦手な女子力の話です。そんなものあったら私だってリア充に憧れる位のことはした。 もっと可愛い格好させる予定だったんですけどね! 誰か私の代わりにこの姉妹に可愛い格好させてくれ…そして、それ以上に分からない兄弟の格好。 デートも不運になっちゃうけどたまにはこんなのもいいかなと。 プリクラくらいは取ったと思いますよ。 相変わらず両思いと気付かずまごまごする八人です。 戻る |