震える手で、抱きしめてくれたね。 涙を流して、名前を呼んでくれたね。 ボクの為に、恐怖と戦って。 ボクの為に、笑ってくれた。 「もう、大丈夫だ」って。 兄さん。 ごめんね。 守れなくて、ごめんね。 何も解らなくて、ごめんね。 抱き締める術すら知らなくて。 忘れることしか出来なくて。 ごめんね。 【市場に行こう 5 真実はこの場所に】 ぱたん。 扉が閉まったのを確認して、アルはゆっくりと歩みを進め、ロイ達3人の前に立ちはだかった。 「……アルフォンス君」 「大佐、本当の事を教えてください。シェスター少佐は、兄さんに何をしたんですか?」 いつもより落ち着いた声が、がらんどうの鎧の中で木霊する。 「貴方は、少佐の上司でしょう?それを問い詰める権利があるんじゃないですか?」 頭の回る子だった。 アルは、鋼の錬金術師の弟である。 処世術に長けてはいないエドを支えてきたのは、間違いなくこの鎧の少年なのだ。 いつもこうして来たのだろう。 相手を言いくるめるだけの話術と屁理屈を持っていながら、大事なことは全て飲み込んで、何も言わないエドと。 言葉の力を最大限に使うことが出来る弟。 いつもは温和な空気を纏っているが、事態が変わればその牙を剥く。 曲者、と言う言葉をロイはふと思い出していた。 「…シェスター少佐、鋼のの言った言葉は本当のなのかい?」 しかし、アルの言うことは一理ある。 ゆっくりと視線をカールに流し、ロイはそう問い詰めた。 「違います!おそらく、彼…いや、彼女の言う人間と僕は違う。確かに金髪の少女と関係を持ったけれど、鋼の錬金術師殿ではなかった。それは、断言できます」 カールはロイの目を捉えて、はっきりとそう言った。 真っ直ぐな、瞳。 決してそれは間違いではないと、確信する瞳。 「その証拠は?」 「僕が関係を持った少女と、彼女はあまりにも違いすぎる。彼女は、勝気で少し背伸びをした女の子だったんです」 「……カール」 ひどく困惑したような、ハボックの顔。 カールの言葉を信じるべきか、それとも。 「お前じゃ無いんだよな?」 「当たり前だよ、ジャン!神に誓って言える!」 嘘をつけるような人間ではない。 カールは嘘が下手で、簡単な嘘さえすぐに見破れてしまう。 そんな人間が。 こんな状況で、ここまで器用に嘘をつける筈が無い。 「マスタング大佐」 ハボックは思い立ったようにロイとカールの間に入ると。 「何だ?」 「シェスター少佐の言葉は間違いないと思います」 静かな声で、そう言った。 「何故だね?」 「シェスター少佐は嘘をつけない。それは、長い付き合いの私が一番良くわかっています」 ハボックにしては珍しい敬語。 滅多に使わない敬語を使ってまで、ハボックはカールの無実を証明しようとしていた。 「アルフォンス君……」 「はい」 「鋼のがどうしてああいうことになったのか、経緯を話してはもらえないだろうか?」 否定し続けるカールとそれを信じているハボック。 今は、何を言っても無駄な事くらいロイにもわかる。 その事は一度後回しにし、今度はアルに気になっていたその言葉を投げかけた。 どうして、今まで。 女だと言うことを黙っていたのか。 「元々は、父さんへの反抗だったんです」 ゆっくりと、アルは。 今まで一度も語ったことの無かったエドの過去を語りだす。 「反抗?」 「はい。父さん、家に殆どいなくて、家には母さんとボク等姉弟しかいない状態がいつもだったんです。…兄さん、その時自分が家族を守らなきゃって思ったみたいで……」 いつからだろう。 男みたいな格好をして。 男みたいな話し方をして。 「それで、ボクに自分の事は兄さんって呼べって言い出したんです」 女だと甘く見られるから。 幼いアルは不思議に思いながらも、姉の言葉を律儀に受け止めその日から「兄さん」と呼び続けている。 「それでも、最初の頃はそんなに男っぽかったわけじゃないんです。ウィンリィとお揃いの服とか着てましたから…」 アルの記憶の中で、二人は真っ白いワンピースを着ていた。 お姫様みたいだね、と笑ったら二人に殴られた記憶がある。 母親にその話をすると、笑いながら「アルは大変ね。守らなきゃならないお姫様が二人もいるんだもの」と頭を撫でてくれた。 そんな事だって、あったのに。 「それなのに……母さんが死んで…ボク等が師匠のところから帰ってきた後かな……兄さんは、自分が女だと言うことを表に出さなくなったんです」 「突然、か?」 「いえ、段々と……」 「切っ掛けはなかったのかい?」 ある日突然ではない。 徐々に、女らしいと言う単語はエドから消えていった。 サインが無かったと言えば、嘘になる。 そう、あれは。 「ありました……近所のお姉ちゃんが、乱暴されて……死んだ、後……」 そんなに日にちはたっていない。 女性の家の人間は、まだ喪に服していたから。 「兄さん、ひどい男性恐怖症になったんです。ボクすら近づけないような」 差し伸べたアルの手すら、エドは拒絶した。 それは、突然に起こったのだ。 郵便を届けてくれた配達人の男性に手を触れられた瞬間。 エドは、胸を押さえてその場に蹲った。 それが過呼吸、と呼ばれる症状だと知ったのは大分後のことだけれど。 隣にいたアルは、手を差し伸べて……拒絶、された。 そう、アルの場合は拒絶で済んだのだ。 だが、心配した男性が背中を触った時、エドは。 意識を失った。 そしてそのまま、三日間の間死んだように眠り続けたのだ。 「それと同時に、異常なまでに軍服の人を怖がるようになって……」 軍服を着た人間、軍人を見ると過呼吸とは違い、その場に凍りついたように動かなくなって。 意識を失うことも、多々あった。 「治らないだろうって言われてたんですけどね……兄さん、三ヶ月で治したんですよ」 覚えている。 拒絶しそうな体を押し込めて。 アルの体を抱き締めて、泣きながら笑って。 「もう、大丈夫だ…アル」 そう、はっきりと言ってくれた。 その時、ロックベル家の人々は、ひどく驚いた顔をしていたけれど。 「その直後、大佐達と会ったんです」 そう、母親の練成に失敗して。 アルが体を、エドは左足を。 そして、アルの魂を練成する為にエドは。 右腕を失った、あの事故。 あの事故を起こした時には。 既に、恐怖症は完治していたのだ。 「…あれからずっと、兄さんは男として生きてきました。……下手に、自覚させるとまた再発するかもしれないってばっちゃんが言ってたから……ボクもウィンリィも、兄さんのしたい様にさせてたんです……」 「鋼のはそれを望んだのかい?」 「はい。いろいろと不便だから、男として生きるって……」 確かに、女の旅と言うのはいろんな不都合が付きまとう。 それを考えれば、男として生きた方が良かったのだろうけれど。 「今考えたら、兄さんは……」 怖かったのかもしれない。 女になることが。 もしも、もしも。 本当に、誰かに強姦されていたとすれば。 戻れる筈なんて、無かった。 誰よりも心に傷を負いやすい、自分を責めやすい人だったから。 傷物。 そんな女がこの先生きていけるわけが無い。 おそらく、そう思ったのだろう。 ……エドの知っている傷物になった女性は、それを苦に自ら命を絶ったのだから。 「じゃあ、鋼のは…」 「正真正銘、女性です。血は繋がってないけど…ボクの、たった一人の……姉です」 「血縁ではないのか?」 「戸籍上は姉弟です。でも、ボク等に血の繋がりはありません。…兄さんは父さんの連れ子でボクは母さんの連れ子だったから…」 血は繋がっていないけれど。 誰よりも自分を愛してくれた、守ってくれた、包んでくれた。 世界で一番大好きな、姉。 「そうか……、あの、鋼のが、な」 やりきれない、とロイは心の中で愚痴る。 くそ生意気な少年だと思っていた。 不適で、人を敬うことを知らなくて。 生意気で、がさつで、それでも純粋に直向に。 前を見続けている、強い少年だと。 それが。 ………少女、だった。 あの体のラインは、それを物語っている。 見てはいけないものを見てしまった。 …年頃の少女に、酷い仕打ちを。 どうして、あの時。 強姦されたのは自分だ、と言い切った言葉を信じてやれなかったのだろうか。 信じれるはずが無い。 少年だと思い込んでいたのだから。 少女である可能性など、微塵も考えていなかった。 否、認めようとはしなかった。 少女であるはずは無い。 少女であるならば、もっとしとやかで清楚で可憐であるべきだと。 端々に粗雑さが見えても、にじみ出るような若い美しさがあるべきだと。 そう、思っていたから。 ぐ、と唇をかむ。 無表情で上半身裸になり、下も脱ごうか?と言った姿。 年頃の娘が吐く台詞ではない。 それを吐かせたのは。 間違いなく、自分の愚かさの所為だった。 「…詫びても」 ハボックがふと口を開く。 「裸を見たんだから、詫びても許してもらえないと思う。けどな、あいつはこいつを犯人扱いした。それはやっぱり許せねぇ」 「ハボック少尉…」 「絶対に違う男だ。それだけは断言する」 「その件に関しては、私も断言しよう、アルフォンス君」 女性であることを侮蔑したけれど、これとそれとは話が別だ。 ロイは真っ直ぐにあるを見て、そういい切る。 「大佐…」 「今、鋼のに何を言っても聞いてもらえないだろう。しかし、シェスター少佐はそんな人間ではないんだ」 アルの目に映るカールは確かにそんな悪人には見えなかった。 けれど、あのエドの様子が。 記憶力の高さを誇るエドが。 あれ程に怯え、そして体全てで拒絶した相手。 「ボクは……」 兄さんを信じます。 そう言おうとした瞬間、扉が開いて。 「大佐……」 軍服の上着を抜いた状態で、ホークアイが入ってくる。 「ホークアイ中尉?どうした?」 「…彼女を、今日一晩私の部屋に泊めます」 「どう言う事だね?」 ホークアイの顔色は心なしか、青い。 「ここでは言えません。明日の朝、全て報告しますので」 切羽詰ったホークアイの声。 その声に。 「解った。鋼のを頼む、中尉」 ロイは静かに頷き、小さく笑った。 「了解しました…」 ホークアイは、ロイの言葉を受け取るとアルフォンスの方を向き。 「アルフォンス君は、明日の朝一番で私の家を訪ねてくれる?」 紙片を手渡すと、見上げるようにしてアルの返事を待つ。 「解りました……」 今のエドに自分が付いたところで、どうにかなるわけではない。 がしゃん、と金属音を響かせて首を縦に振った。 …結局、ホークアイの申し出により全ての決着は翌朝へと持ち越される事になったのである。 「綺麗な、髪ね」 櫛で丹念に金糸の髪を梳きながら、ホークアイは小さく微笑む。 「別に」 ホークアイの手によって髪を梳かれているエドは、その言葉をたった一言で否定した。 小さな体。 髪に艶が出るまで丹念に梳きながら、ホークアイは思う。 過呼吸を起こしたエドを落ち着かせて、ホークアイは自分の家にエドを連れて帰ってきた後。 一緒に、風呂を使った。 風呂は小さいけれど、二人が一緒に入れない事は無い。 俯いて黙ったままのエドの髪を洗い、体を洗い。 その体の震えを止めることを第一に考えた。 それが良かったのか、風呂から上がりベッドの上で胡坐を掻いているエドは、先程よりかなり落ち着いていて。 普通に会話を交わすことが出来る様になっていた。 「そう?綺麗な金髪よ?」 櫛を通る金糸の髪は、痛むことなく艶と潤いを保ってさらさらと流れる。 おそらく、三つ編みをしたところで、形が付くことはないだろう。 これが男性の髪であれば、こうはいかない。 エドの髪は、間違いなく女性特有の細くてハリのある、綺麗な金色の髪だった。 「ねえ、エドワード君」 髪を梳きながら、ホークアイはその名を呼ぶ。 「何?」 「…………全部、話してしまいなさい。きっと、その方が楽だから」 心の中に抱えているものを、全部。 吐き出してしまわなければ、傷口は見つからない。 どこが痛んで、悲鳴を上げているのか。 「昔、あの男に強姦された。それだけだよ…」 淡々と、人事のように。 エドはそれだけを零す。 「あの男って、シェスター少佐?」 「そ。ま、誰も信じてくれないだろうけどな。どうせ、オレが誘って少佐に無理に抱かせたんだろうから」 投げやりな口調。 それが、示すものは。 「………」 ホークアイは髪を梳くのを止め、櫛を傍らに置く。 そして。 ふわりと後ろからエドを抱き締めた。 「中尉……?」 「私は、エドワード君の言うことを信じたい…」 「え?」 耳元で囁かれる、優しい旋律。 「……私は、あの少佐を良く知らないけれど……君が誰よりも真っ直ぐな子供だって言うことは知っているから」 ホークアイは、ロイやハボックほど、カールと親しいわけではない。 犯人を捕まえた人間だと紹介されたのは、つい昨日のことなのだ。 そんな人間の言葉より。 自分が抱き締めている子供の…強くて脆い子供の言葉の方が。 「……ごめんなさい」 「ホークアイ、中尉…?」 「…気付いてあげられなくて……」 ぎゅ、とエドの体を強く抱き締める。 「許してもらおうとは思わない。でも……助けて上げられなくて、ごめんね…」 最初のあの言葉は。 連続婦女暴行事件の被害者を見た時に、零した言葉は。 『……でも、そんなに重いものなのか?強姦されるって』 『だって、被害者に非はないんだろう?だったら、別に隠さなくてもいいんじゃないの?』 『……そんなにガキじゃねぇ。辛くても、普通に生きていけばいいじゃん。生きてるんだから。死んでないんだから。男に強姦された云々で自分の人生を悲嘆する女の方がおかしいと思うよ、オレ』 『……何だよ、強姦されたくらいで女の価値が下がるのか?同情して欲しいのか?』 『……そんなに気になるんなら、早く犯人捕まえればいいじゃん。無能の集まりじゃないんだろ、軍ってのは』 精一杯の反抗。 被害にあった者が、どうしてそんな辛い目に会わなければならないのかと。 そう、自分も同じように……強姦されてしまえば、傷物なのか、と。 哀れだと可哀相だと同情されると同時に、蔑まれ冷たい視線を送られる傷物なのか、と。 それを、認めなければならないのか、と。 そして。 自分を犯した男が軍人だったのに。 その同属である人間が、それを排除しようとしているのは何故なのか、と。 「ごめんね……」 ぐ、と瞳の端に何かがこみ上げて来る。 どうして、この子だったのだろうか。 男の手によって陵辱されたのが、どうして。 こんな、小さな女の子だったのだろうか。 まだ、そんな事を理解することも出来ない。 どうして。 どうして。 どうして。 犯人は、この子を。 押さえつけ、犯し、心の傷を作ったのだろうか。 ぽたり。 ホークアイの瞳から、涙が落ちる。 「ごめん、ね……」 「中尉……」 痛みは解らない。 エドが抱えている痛みは、ホークアイには理解できない。 それでも。 大人でも耐えられない傷を一人で飲み込んで。 隠して。 生きてきたエドを。 あの場所で、守れなかった自分を。 ホークアイは、心底呪いたかった。 上半身裸になり、女性であることを証明し、強姦されたと言い放った……あの瞬間。 年頃の少女が、裸になり、その上自分は傷物だと吐露する事は。 想像を絶する、痛み。 詫びる方法なんて思いつかなかった。 守る方法も、助ける方法も。 何一つ思いつかなかった。 ただ、抱き締めて。 その小さな体を抱き締めて。 もう、大丈夫だからと言うことしか出来なかった。 「カール・シェスター少佐…だっけ。……あいつ、さぁ…」 少しの沈黙の後、エドはゆっくりと口を開いて。 「誰かに喋ったら、アルがどうなるか解らないって言いやがったんだ…」 「エドワード君?」 「人のこと押さえつけて、アルやウィンリィがどうなってもいいのか、って言いやがった…」 覚えている。 あの顔。 東方司令部でぶつかった瞬間、全身があの男の存在を拒んだ。 カール・シェスター。 自分を、まだ年端も行かない子供だった自分を。 犯した、男。 忘れるはずが無い。 忘れられる筈が無い。 真新しい、青い軍服。 幅の狭い、縁なしの眼鏡。 少し長めの、銀色の髪。 柔らかだけれど、毒を孕んだ声音。 そして、あの。 …麝香の香り。 体に纏わり付いて消えなかった、あの、香り。 「オレが黙って言うことを聞けば、二人には何もしないって……」 優しい笑顔だった。 今と同じ、何一つ変わらない温和な笑顔だった。 その、笑顔で。 エドを後ろから抱き締め、そして。 「オレ、どうしたら良かった?……逃げてた方が、良かった?」 逃げられなくは無かった。 しかし、相手は言葉の呪縛によってエドをその場所に縛り付けたのだ。 「オレ………」 震えるような、エドの声。 ホークアイは、一度エドの体を離し正面へ回ると。 「……もう、いいから。逃げていいから。…守って、あげるから」 エドの頭をそっと自分の胸元に寄せ、力の限り抱き締めた。 「中尉……」 ゆっくりとエドの手が、ホークアイの背中に回る。 そして。 「うわああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!」 絶叫。 エドは、懇親の力で叫んだ。 あの時、あげられなかった悲鳴を。 「……大丈夫よ。もう、大丈夫だから……」 がしゃり、と機械鎧が軋む音がする。 縋り付くようにエドはホークアイの服を握り締めて。 「こわ、か………ったっ!」 「うん……」 「たすけ………って、ほし、か……った!」 「うん……」 「どうし…て……オレ、なんだ……よっ!」 「うん……」 ぼろぼろとエドの瞳から涙が零れる。 それは、あの時吐き出せなかった痛み。 助けて。 助けて。 助けて。 誰にも言えなかった、痛み。 恐怖、不安、憎悪。 全ての感情。 守ってくれる筈の大人に陵辱された、逃げ場の無い子供の悲痛な叫び。 「中尉……っ!」 あの事件から5年。 エドは、初めて……助けを求めた。 弟にも親友にも隠してきた痛みを吐き出して。 目の前の女性に、助けを求めた。 「……辛かったでしょう」 今まで見たことのない姿。 弱くて脆い、子供の姿。 体全てで、助けを求める。 あまりにも、幼い姿。 ホークアイは、ぎゅっと唇を噛む。 ……許せない、と思った。 あの男を。 カール・シェスターと名乗ったあの男を。 知りうる限り、前を見続けていた子供に深い傷を与えたあの男を。 例えそれが、ロイやハボックの旧友だとしても。 こんな姿を見たら。 エドの、こんな姿を見たら。 許せるはずが無かった。 ホークアイは腕の中で号泣する子供を抱き締め、じっと虚空を睨み据えると。 「絶対に、許さない……」 エドには聞こえないように、そっと呟いた。 「鍵は預けておくから。お願いね、アルフォンス君」 「はい……」 次の日の朝、尋ねてきたアルに鍵を渡してホークアイは微笑む。 あれから、エドは。 ホークアイから離れようとしなかった。 幼子が、母親からはなれまいとするように。 落ち着いて眠ったのは、空が白み始めてからの事で。 それまではずっと、すり減らした神経を抱えて泣き続けていた。 「中尉、兄さんは……」 「……アルフォンス君」 「はい……」 「君が支えてきたんでしょう?」 「え?」 「よく、壊れなかったと思うわ。それは、君がエドワード君を支えてくれたからだと、私は思いたい」 もしも、この鎧の弟がいなければ。 エドは、当の昔に壊れていただろう。 アルフォンス、と言う存在がいたからこそ。 前を向いて、歩いていたに違いない。 「…そんなに、ひどかったですか?」 「ええ。怖いくらいにね」 ホークアイは、じっとアルを見て。 「私は、私の役目を果たしてくるから。決して、あの男を許さない。だから、アルフォンス君……」 表情の無い面に手を添えると。 「君は、エドワード君の傍にいてあげて」 悲痛な面持ちで、そう言った。 エドの心の傷を癒すことが出来るとすれば、それは。 がらんどうな鎧に宿る魂以外に有り得ないから。 「はい……」 ぎゅ、と拳を作ってアルはホークアイに答える。 軍部内の事は、ホークアイに任せた方が得策だろう。 そうでなければ。 アルは。 ……あの男を。 「中尉」 「はい?」 「あの男を、罰してください。じゃないと……ボク、多分…あの人、殺します」 殺してしまう。 どんな手段を用いてでも、殺してしまう。 「ええ……私は、君を犯罪者にするつもりは無いから」 やわらかく微笑んで。 ホークアイは扉を開けると、そこを後にした。 ロイの執務室。 そこには、ロイとハボック、カール。 そして。 無表情なホークアイ。 「マスタング大佐…」 ゆっくりと口を開いて、ホークアイは。 「結論から申し上げます。5年前、エドワードエルリックを暴行した犯人は、カール・シェスター少佐と見て間違い有りません」 そう、言い放った。 …真実は、今、この場所で。 隠され続けてきた真実は、この場所で。 白日の下に晒されようようとしていた。 お前がいてくれたから。 オレは、笑えたんだ。 お前に触れられない。 お前の傍にいることが出来ない。 そんな自分が嫌だったから。 お前がいてくれて、良かった。 本当に良かった。 ……なあ、アル。 オレが、傷物でも。 お前は、一緒にいてくれるか? 傍にいてくれるか? お前の姉弟でいてもいいか? 怖くて聞けないんだ。 ……アル。 オレは、お前と。 一緒にいても、いいのか……? |