いつも、そこは遠い場所で。
 いつも、遠い場所から見ていた。
 だけど、そこにたどり着けなくてもいいと思っている。



 ここが、どんなに野蛮な場所でも。





 【天国より野蛮 1 罪の等価】





 最初に通されたのは小さな会議室だった。
 簡素な机と椅子が並べられたそこは、今はその面影を残さない。
 雑多部屋と言うべきだろうか。
 色んなものが詰め込まれ、倉庫と言う方が近いかもしれない。
 その、倉庫を見渡しながらラッセルはため息を一つ吐いた。
「兄さん、最初からため息付いてどうするの?」
 そのため息に呼応するように、フレッチャーがラッセルの顔を見上げる。
 ラッセルも分かってはいるが、フレッチャーに苦笑を返してその頭を撫でるともう一度ため息を付いた。
 その時。
 ばたん、と勢い良くドアが開きラッセル達が尋ねてきた人物が顔を出す。
「えーっと、トリンガム兄弟ってのはお前らか?」
「はい、そうです」
「そうか」
 その人物は椅子の上にあったガラクタと呼ぶにふさわしい物を椅子の上から落とし、その上に座ると二人の顔をまじまじと見た。
「俺の名前は、まあ、尋ねてきたんだからわかると思うが……ヒューズ。マース・ヒューズ。お前達は兄貴の方がラッセルで弟がフレッチャーで間違いないか?」
 ヒューズは金髪の二人の子供を見ると、いつもの笑顔を見せそう言う。
 その言葉に、ラッセルは頷きヒューズを真っ直ぐに見た。
 その顔を見て、苦笑いをしながらヒューズは一言。
「中央で俺を紹介されたらしいが、資料を見る限りじゃお前達は法の上で裁けない」
 ぱし、と手の中の書類を弾きそう言った。
「………」
 その言葉に帰ってきたのは、無言。否定の、無言。
「……お前達のした事は罪じゃないと言ってるんだ。もう少し嬉しそうな顔をしろよ」
「ですが……」
 納得いかない。
 ラッセルの顔にはそう書いてある。
「お前達のした事は、確かに罪かもしれない。だがな、訴える人間がいないんだ。訴える人間がいないという事はそれは犯罪として成り立たないという事になる。まあ、殺しなんかは別だけどな。お前達がやらかしたのは、詐称。被害者である村人や名前を使われた側もお前たちを訴えてないからな。まあ、国家錬金術師の名前を騙ったんだ、それ相応の罰を軍は下す事が出来る」
「だったら!」
「まぁ、待て。それは、国家錬金術師の立場を利用してあくどい事をすればの話だ。お前達は町の人を助けた。その上、国家錬金術師の株まで上げてくれてたからな。裁く対象には出来ない」
 もしも、これが大人ならばきちんとした形で裁くことも可能だろう。
 だが、騙ったのは子供。
 それも、騙られた人間とそう年齢はかわりはしない子供。
 裁く対象では、無かった。
「だから、諦めて町に帰れ。軍はお前達を裁く為の基準を持ってない」
「…………」
「自分が悪い事をしたと思えば、それを自分達で戒めて二度と同じ事をしなきゃいい。それの方が遥かに苦しいが、逃げちゃいけないのはお前達が良く分かってるんだろう?」
 だから、こんな風に。
 断罪を求めて。
「……まあ、エルリック兄弟を騙ったんならそれくらいの覚悟を持たなきゃな。あいつらに合わせる顔は無いと思うぜ?」
「…二人を、知ってるんですか?」
「まぁな。良く知ってるの部類に当たるとは思うよ」
 そう言いながら、二人の頭を撫でヒューズは笑う。
 そのヒューズの顔に、納得できないのか唇を結んだまま言葉を返そうとしないラッセル。
 そして。
「罪を、」
「ん?どうした?」
「罪、を犯したら、誰かが裁くんじゃないんですか?」
「……………」
 フレッチャーの言葉。
 小さな子供の言葉。
 その言葉に重なるのは、小さな兄弟と懐かしい後輩の顔。
 罪を犯したら、誰かが裁いてくれる。
 そんな安易な事さえ分からず、両極端な道を歩いた人間達。
 言葉に詰まったヒューズは、ぼりぼりと頭を掻きフレッチャーの視線まで自分の視線を落とすと、無理矢理笑って。
「…罪は、全てどんな形でも贖うのが人間だ。誰かが裁いてくれることもある。だが、自分自身で裁かなきゃならない事もある。お前達は、自分達が犯した罪の重さを分かっているから、誰かじゃなく自分達で裁かなきゃならない。それは、辛い事だけど、分かるな?それが、罪の重さだ。錬金術じゃ確か、等価交換、って言ったな。お前達の罪と交換するだけの罰を、軍部は持っていない。だから、期待するな」
 聡い子供達だ。
 ヒューズはそう思う。
 大体錬金術を理解するのだ、これくらいは頭が回らなくてはと思うのだけれど。
 少し羨ましい気もしたが、あまりにも哀れだ。
 自分の罪の贖い方を、他人にゆだねる事無く自分で理解して進まねばならないのだから。
「さ、落ち着いたら、ここから帰るんだな。ここはあんまり居心地のいい場所じゃないから」
 今は。
 いつもなら、のんびりとしているイーストシティだが今は違う。
 殆どの人間慌しく右往左往し、殺気だった空気を含んでいるのが目に見えて分かる。
 たった一人の人間、カール=シェスターを裁く為の等価。それに、この街で連続婦女暴行事件を起こした男を裁く為の等価。それを探している人間達の放つ殺気は並大抵ではなかった。
 そんな場所に子供は置いておく事は出来ない。
 出来る事ならヒューズはこの子供達を早くここから遠ざけたかった。
「ヒューズ、さん」
「何だ?」
「最近捕まった連続婦女暴行事件の犯人って……」
「ああ、あれか」
「もう、判決が出たんですか?」
「……いや、まだ、だが……?」
 覚えのある視線。
 エドワードが見せた、視線。
 その視線に良く似た、視線。
 あの犯罪特有の関係者が見せる、深い淵のような、視線。
「そうですか……」
「……あの事件がどうかしたのか?」
「いや、何でもありません」
 ラッセルはそういうと立ち上がり、一礼だけしてそこから立ち上がった。
 その瞬間、かたんと開けられた扉。
 そこにはホークアイが立っていて、ヒューズの姿を確認して一礼するとラッセルとフレッチャーの二人を見た。
「お話は、お済みですか?」
「あ、ああ。今終わったところだ」
「そうですか」
「そうだ、ホークアイ中尉、この二人を玄関まで送ってやってくれないか」
「あ、はい」
「そう言う事だから、二人ともあの人について玄関まで行くといい」
 ヒューズの言葉に、二人は無言で頷いてその場を後にする。
 残されたヒューズはため息を一つ付いて。
「…全く、昨今のガキは……」
 あんな面しかしないのか。
 そうぽつりと呟いて、二組の兄弟の顔を思い出していた。





 神さまがいるかなんてわからない。
 ただ、この場所で
 無駄みたいにあがいて
 それでもすくわれなくて
 そんなときでも
 それを
 神の所為だと
 呪いたくは無い






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