ここは、きっと、天国なんかじゃなくて。
 天国じゃないから、誰かがいて。
 天国に行けないから、辛くて泣いてる。
 そう、ここは。



 天国より野蛮な場所。





 懐かしい、町並みだった。
 目の前に広がるのは、幼い頃育ったあの、町並み。
 緑になんて溢れていなくて、広がる荒野でもなくて、整頓されたとは言いがたいけれど、それでも綺麗な町並み。
 そこには、甘い思い出と少しだけ苦い思い出。
 立っているのは、大好きだった人。
 父親がいなくて、母親も死んで。どうしたら良いのか分からなかった時手を差し伸べてくれた人。
 別に、何かに優れていたわけじゃなくて、でも、優しくて芯の強い人だった。
 この人が笑ってくれれば、何故か自分も笑える気がして。
 無理にでも笑ってた。
 いびつな形のスコーンと、お日様みたいな笑顔。
 それが、その人からもらった大切な宝物。
 でも、それを失う日が来た。
 笑顔が、これほどに哀しいものだと小さな頃は知らなくて。
 笑っているその人に、どうして泣いているの、と声をかけた気がする。
 その時返って来たのは。
 泣いてる顔じゃなくて、お日様みたいな笑顔。
 それが、そのときの精一杯笑顔だと気付いたのは、もうずいぶんと後のこと。
 あの、懐かしい町並みで起きた卑劣極まりない事件を知ったのは、最近の事だから。





「ねえ、兄さん」
「何だ?」
「その新聞、何時まで読んでるの?」
「………別に」
 ゆれる列車の中、イーストシティで発行された新聞を読みながらラッセルは思い出したくない事件を思い出していた。
 新聞では最近、イーストシティを騒がせていた連続婦女暴行事件。その犯人が捕まった事で特集が組まれている。
 その中に、何年も前に起こった連続婦女暴行事件が書き出されている欄があり、その一つの事件にラッセルは眩暈と吐き気を覚えた。
 迷宮入りした為、事件自体に名前は無い。
 それでも、トリンガム兄弟が住んでいた事例として街の名前と被害者の数が載っていた。
 その数字と化した被害者の中に。
 誰よりも大好きなものをくれた人がいた。
 知りたくなかった事件。
 それなのに耳に飛び込んできた事件。
 連続婦女暴行事件。
 この時代、強盗の次に多い事件だ。
 いくつあったとしても不思議ではない。
 それでも、漸く変わってきた女性への価値観、男性の所有物以外として、女性と言う一つの意思を持った人間だと認められるようなになった昨今、許される犯罪ではなかった。
 減らないのは、今はまだ物取りや殺人の方が罪が重くてそれが軽視されているからだろうけれど。
 くしゃり。
「……つまらない時期に来たみたいだな」
「兄さん?」
 ぼそりとラッセルが吐き出した言葉にフレッチャーは首を傾げる。
「ああ、何でもないんだ」
 不安そうな顔を見せたフレッチャーの頭を撫でて、ラッセルは何でもないんだと笑い、新聞を自分の脇に置く。
 もしも、婦女暴行なんてなかったら、あの人はあの景色の中でいつまでも笑っていただろう。
 もしも、あの時自分に力があったら笑うことを強要しなかっただろう。
 だけど、それは何時まで立っても「もしも」で。
 起こってしまった事を何も無かった事になんて出来ない。
 今でも、これからも。
「兄さん」
「何だ?」
「イーストシティでさ、今度こそ結果が出たら」
「ん?」
「また、アルフォンスさんたちに会いたいな」
「そうか」
「うん……」
 そう、起こってしまったことはもう消す事なんて出来ない。
 自分達の罪を裁く方法を、ここで。
 がたん。
 大きく車体を揺らして列車が止まる。
 それを確認して、ラッセルは荷物を持ち立ち上がりフレッチャーもそれに続く。
 イーストシティ、と大きく書かれた壁を目に二人は列車をおり、その時初めてイーストシティの土を踏みしめた。





 天国より野蛮なこの場所で
 一体幾つの真実を見つけられるのだろう。





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