何があっても 何が起きても 行く道は、たった一つ! 【Fantasista 9 招かざる客】 ばんと、勢い良く金色のフロアに続く全ての扉が開かれる。 そして、雪崩れ込んでくる黒尽くめの集団。その手には大小さまざまな銃火器や刃物が握られている。 先頭に入ってきた男の言葉に、皆そこにいた人間はざわざわと騒ぎ出した。 占拠したという事は、ここの全ての権限は黒尽くめの男たち握られたという事だろう。 一瞬にして状況を飲み込んだエドワードが、ち、と舌打ちする。 「こっちの武装派テロ集団つったら…」 小さな声でぼそりと呟くと、口元に手を当てた。 黒尽くめ、で思い出される集団は一つ。 「黒い太陽、か」 ラッセルとアルフォンスも目を合わせてこくりと頷く。 「たった今から、ここは黒い太陽のものとなる!」 ビンゴ。そう言ったのはエドワード。 厄介な事になったものだと、半眼でちらりと黒尽くめの集団を見た。 出入り口を固めるようにして数人、おそらくはここ以外にも配置されているだろう。このフロアはこのエデンの中で最も広く、そして人間が集まっている。ホテルの部屋で休んでいた人間、従業員も続々とこのフロアに集まってきていた。 「お兄様…」 フォンシーがしっかりとエディの袖口を掴む。 それを見た、エドワードは溜息を一つ付いて二人から離れると、アルフォンスとラッセル、そしてフレッチャーと共に壁際の方へと足を向けた。 この混乱だ。 自分以外の誰かの心配をしている場合ではないらしく個々の動きを把握している場合ではない。 ここにいるのは、軍人などではない。 ただの、一般人だ。警護する人間もいただろうが、黒い太陽の名前を出されては赤子も同然だ。 黒い太陽はここ周辺を根城とする武装派組織で、その名は中央まで聞こえている。軍も、今まで対策を講じていなかったわけではない。しかし、黒い太陽は思いの外大きな組織で、どれ程に粛清しても根が残っている限り再び力を取り戻すのだ。 それでも、ここ最近は形を潜めていた所為で軍の監視が緩んでいたらしい。 何度か銃声が響いて、威嚇されているであろう傍にいた人間たちの悲鳴が聞こえる。子供の泣き声が甲高く響いて、それが恐怖に拍車をかけていた。 大きな硝子張りの壁に背中をつけるように移動した四人はその場にしゃがみ込んで、顔を寄せた。 「おい、エドワード」 「あ?」 「黒い太陽って言ったら」 「まあ、古参の方に入る組織だ」 「それが何でここにいるんだよ」 「…計算外だよね」 アルフォンスはうーんと唸ってちらりと硝子張りの壁から外を見ると、そとにも黒尽くめの集団が見える。 自分達だけ逃げるのは簡単だ。だが、黒い太陽の目的が何なのか分からない今、動くのは危険だ。 その時。 「エドワード・エルリック!」 名前を呼ばれた。 慌ててエドワードは入り口付近にいた黒尽くめの集団に目を向ける。どうやらリーダー格らしい男が呼んだらしい。 「いるだろう! エドワード・エルリック!」 だん、と天井に向けて撃たれた弾。ぱらぱらと金のめっきが零れ落ちる。 「兄さん…」 アルフォンスに声をかけられて、エドワードは軽く顎をしゃくり蒼白のエディをさす。おそらくは、自分ではない。 自分はここにいるわけがない。 世間的には、自分は今中央にいる筈なのだから。アルフォンスと一緒に。 そして、森羅の錬金術師は極秘任務で動いている。 彼等が知っているとは思えない。 「出てこなければ、ここにいる人間を全て殺す!」 その言葉に、ざっとエディに視線が集まった。偽者とは言え、ここでは「彼」が「エドワード・エルリック」だ。 ざっと引いた人の中からエディはゆっくりと絡まるような足取りで、入り口付近へと近付いていく。 馬鹿な男だ、とラッセルは思った。エドワード・エルリックを名乗るのならばそれなりの覚悟が必要だ。あの時、自分に無かった覚悟。ただ、歳の近い錬金術師だと言うだけで選んだ名前。それが、後から罪の大きさに気付かされた。そして、エドワード・エルリックが偉大な人間か思い知った。 それをあの男は知らない。 だから、こんな事態になって漸く我が身を呪う事になるのだ。 「アルフォンス・エルリック!」 再び名前を呼ばれる。 思わず立ち上がりかけたアルフォンスの肩をラッセルが押さえた。 「あっち、だろ」 「でも」 「でも、何だ?」 「女の子、だよ?」 フォンシーの事を思い出して、アルフォンスは眉間に皺を寄せる。 エドワードとは違う、白くて綺麗な指先。 きっと人など殴った事はない、血に触れたことも無いような、か細い指。 女同士の舌戦しか戦う事を知らない少女。 砂糖菓子で作られた人形のようなフォンシーが、こんな状況下で対等に黒い太陽と戦えるとは思わなかった。 「駄目だよ、アルフォンスさん」 フレッチャーが、真剣な目でアルフォンスを見た。 「自分のした事、きちんと落とし前つけなきゃ」 アルフォンスの名を騙った自分。 小さな子供だからと誰も責めないのかと思った。けれど、違った。誰もが罪の意味を教えてくれた。自分達が何をしたのかを。怒るのではなく、諭してくれた。 彼女にはいない。そんな優しい人たちが。だから、自分で気付くしかない。今が、その時なのだ。 「いないのか! アルフォンス・エルリック!」 その言葉に、まるで波が引くようにフォンシーの周りから人がいなくなる。 ぽつんと残された、フォンシーは震えながらリーダーの男を見た。 「成る程、鋼鉄のエルリック兄弟は片方が女だと聞いていたが、お前がそうか」 …どこをどう間違えて噂が広まるのか。 エドワードは眉間を押さえて溜息を一つ付いた。 錬金術をたしなむ人間がか弱くてもおかしくはない。だが、あの二人が名乗っているのは国家錬金術師。様々な試験を経て、軍の狗と呼ばれる人間凶器。それがあんなに怯えているのに気が付かないのだろうか。 「お前たちに恨みはないが、呪うなら、ロイ・マスタングを呪うんだな」 「どうい、う…」 掠れた声でエディがリーダーを見ると。 「俺は、赤い牙の生き残りだ」 にやりと笑った男の声に、エドワードとアルフォンスは目を見開いた。 人と人とを結ぶ糸。 どこか必ず繋がっていて。 招かざる客を引き寄せる。 |