何も恐れない。 何も恐くない。 ここまで来たら、あとはもう。 【Fantasista 8 一直線!】 その瞬間、一瞬にして空気が変わった。 ざわりざわりと騒ぐ金色のフロア。誰もが口元に手を当ててひそひそと話している。 その原因は、本気で自分を着飾ったエドワード一行。 確かに、今まですれ違う人が振り向く事はあったけれど、こんなにフロア全体をを揺るがす事は無かった。 それなのに、今日は。 ある意味鬼気迫る状況の四人の空気を読み取ったのか、金色のフロアの視線は全て四人に注がれている。 「視線が痛いんだけど」 アルフォンスは真っ直ぐ前を見ながら、隣のラッセルに語りかける。 「上等じゃないか」 今日の任務で一番大事な役を担うのは、アルフォンスやラッセルではない。 自由に動け、大人の油断を招く事が出来るフレッチャーだ。 その間、他の三人はおそらくこの任務の鍵を握る偽者をここに引き止めておく事。 そうすれば、おそらく用心棒代わりに雇った偽者たちを動かせず、ユートピアの移動は遅くなるか不可能になるかどちらかだ。 そこを叩けば、完全に密輸ルートは断絶できる。 そうなれば、ゾルゲに痛手を負わす事も出来て、ラッセルの任務もすんなりと行く筈だ。 「エリー!」 聞きなれた声が、聞こえた。 そこの声に、エドワードは当社比三倍の笑顔を浮かべると、軽く手を振る。 人ごみに向こうに見えた姿は満面の笑顔を浮かべ、そして一瞬蒼白した。 相手は偽エドワード。 その偽エドワードが本物の「国家錬金術師」に勝るはずが無い。 フロアの女性と言う女性、そして男性からも注がれる賛美の視線は、鉄の錬金術師と森羅の錬金術師に注がれている。 綺麗な金色の髪。 対であるかのような、金色の瞳と銀色の瞳。 すらりとした体躯は、きっちりと筋肉の付いたたくましささえ見せる。 その二人に、軟派な偽エドワードが適うとは思えない。顔色を変えるのも仕方が無い事だ。 そんな二人から少し目を降ろせば、子供特有の柔らかさが見え隠れする、将来有望な少年が一人。 それから。 おそらくこのフロアの人と言う人を視線を集めている、一人の少女。 肌は白皙の如く。 髪は月の色を溶かした金色。 ばら色の頬に、金色の瞳を彩るような睫。 その姿は凛としたもので、誰に媚を売るわけでもなく、どこかの姫のように存在している。 「エディ」 ころころと鈴が転がるように偽エドワードの名前を呼ぶと、エドワードはすっとエディの傍に近寄る。 それが合図と言うかのように、四人はそれぞれの持ち場に別れた。 フレッチャーは、フロア以外の場所。そう、関係者がいると思われる場所へ。 場所は昨日の夜の会議で叩き込んだ。そこで子供特有の無邪気さを出し、その実情を周りに知らせる。 それを阻もうとする偽エルリック兄妹をエドワード達が足止めし、ゾルゲの動きはロイ達が何とかしてくれるだろう。 「やっぱり君には赤が似合う」 「そう言ってくれると思ってましたわ」 エディの賛美の言葉に、マニュアルどおりの言葉を返すとエドワードは笑った。 「アレクサンダー様、ラインハルト様、今日は一段と素敵ですわ!」 きらきらと輝く偽アルフォンス、フォンシーの緑色の瞳。 今回の偽者を雇った人物はよほど鋼鉄のエルリック姉弟の事を知らなかったらしい。 ラッセルの時は瞳の色で気が付いたのに。エメラルドのような瞳をした偽エルリック兄妹を偽者と見抜けないのだから。 「ごきげんよう、姫君」 そう言いながらラッセルは笑う。 「今日も可愛らしいですね」 アルフォンスもにっこりと笑ってフォンシーの隣に移動した。 その瞬間、フォンシーはエドワードを一瞥する。まるで「あなたより私の方が美しいのよ」と言わんばかりに。 その視線にいつもなら何の反応もしない、エドワードはすっと目を細めて口の端を少し吊り上げて笑った。 まるで、その二人は自分のものだと言っているかのように。 その瞬間、フォンシーが睨んだけれど、おかまいなしだ。 本当に視線が欲しい人は、アルフォンス一人なのだから。 「随分と、あせってらっしゃいますのね? どこか素敵な女性でも見つけたのかしら」 すこしそわそわとしているエディを見て、エドワードは訪ねる。 分かっている。 もう少しすれば、ユートピアはこのエデンから離れるのだから。 おそらく、この仕事にはエディの命がかかっているに違いない。それ程に大規模な輸送なのだから。 エドワード達も馬鹿ではない。 調べるだけ調べた。 ユートピアはゾルゲの命により、密輸されている。 希少な為価値の高いユートピア。富裕層の人間はステータスとして、それを欲しがった。需要があるいう事は、供給があるという事で。ゾルゲはそこに価値を見出したのだろう。 そして、今回の密輸の規模は大規模だという事が分かった。 それもそうだ、森羅の錬金術師がユートピアに関わったのだから。 おそらく、最後の密輸だろう。だから、こうして現場の人間は国家錬金術師を名乗る人間を雇ったに違いない。 フレッチャーがその場所を見つけて、このフロアで叫ぶまで時間稼ぎ。 エドワードはあるのかどうかすら怪しい魅力を使ってエディを引き止める。 「いいえ、違うんです」 「あら、じゃあ、どうなされましたの? ご兄妹で何かを待ってらっしゃるようですわ」 その言葉に、フォンシーは天使の笑みを浮かべて。 「とても珍しいお花が手に入るので、それを待っているんですわ」 …悪知恵だけは良く働くようだ。 女と言う生命体は、何故こうも敵対心を燃やしたがるのか。 エドワードは心の中で、溜息を一つ付くと。 「前に話していただいたユートピアかしら?」 「!」 その名前に、フォンシーはびっくりしたように目を丸め、エディは少し引きつった笑みを浮かべた。 「ユートピアですか。それは珍しい。僕らにも見せていただけませんか?」 ラッセルが伊達眼鏡を指先で上げながら、にっこりと笑った。 「それは任務なのでお見せできないんです。ごめんなさい」 泣きそうなフォンシーに、ラッセルは心の中で悪態を付きながらアルフォンスに耳打ちする。 (お前一人でここ任せられるか?) どうやら、かなり時間が切羽詰っているのが二人の状態をみて分かった。 これは、ラッセルの任務。国家錬金術師でもないフレッチャーに任せられる任務ではない。 自分の手で、と言いたいのだろう。 それに気が付いたアルフォンスはこくりと小さく頷いた。 「すみません、フレードリヒが見当たらないので、探してきます」 そう言って、ラッセルはくるりと反転する。そうすると、ぽすと誰かにぶつかった。謝ろうとしたその時。 「フレ……ードリヒ?」 「大変だよ!」 「え?」 その瞬間、爆発音が響く。 ざわりざわり、とフロアが騒がしくなった。 次の瞬間、様々な武器を持った人間たちが、フロアになだれ込み。 「手を挙げろ! この場所は占拠した!」 一人が大声で叫んだ。 何が起きたとしても目的は変わらない。 いつだって、それを乗り越えてきたのだから。 だから、今は、一直線に! |