何もかもがそこに繋がっている。 逃すものか。 今度は、絶対。 絶対に、許さない。 絶対に勝ってみせる! 【Fantasista 7 行くぞ!】 ゾルゲ。 その名前を聞いた瞬間、三人は一度目を閉じてから、真剣な顔でフレッチャーを見た。 「あの、ゾルゲ、か?」 「分からない。でも男の人たちはエセルバート・ゾルゲ殿の指示だって」 エセルバート・ゾルゲ。 その男の名前は、消して一生忘れる事は出来ないだろう。カール・シェスターとは違った意味で。カール・シェスターは過去の人間。もう二度とおぞましい犯罪をする事は出来ないだろう。そして、それを彼を誰よりも信頼していた人間がさせないだろう。 だが、ゾルゲは。 自分の持てる力を全て使い、悪行の限りを尽くしている。 ロイと同じ出世頭の一人だが、自分の意のままに世界を動かしたくて上へ上り詰めている人間だ。 そして。 エドワードもアルフォンスもラッセルもフレッチャーも、ある意味「被害者」だ。 絶対に忘れないと誓った。 欲望渦巻いたあの世界で、真っ赤になりながら叫んだ瞬間に。 あの瞬間の痛みを、忘れはしない。 そして、あの優しい女性とその弟が味わった苦痛を返すまでは許してはいけない。 「兄さん?」 「ちょっと、下で電話してくるわ」 ベッドに腰掛けて腕を組んでいたエドワードは立ち上がり、鮮やかな黒のドレスのまま扉を開ける。 誰も「誰にかけるの」とは聞かなかった。 この事件に関わっているのがゾルゲ。それを知って連絡をしないわけにはいかない。 自分達だけでどうにかならないと踏んだのだ。 力が必要だ。 大人たちの。 エドワードはこつこつとヒールの音を響かせて階下に向かう。確か電話は玄関の脇にあった筈だ。 エドワードは受話器を取ると、その人物がいるであろう場所に電話をかける。 軍部内なので、暗号とも呼ぶべき言葉を伝えると、その人物は少し不機嫌そうな声で電話に出た。 「中将」 『鋼の、か?』 「大変な事になった」 『何がだ? こっちは君が身体検査からいなくなって…』 「それどころじゃない」 『だから、なんだ』 「ヤツだ」 『……ヤツ?』 「ああ、あんたもオレも、みんな忘れられない、カール・シェスターじゃない方、だ」 その言葉に、少し沈黙が続くと、『それがどうした』と声が返って来た。 冷静に慌てず。 こんな軍と外部の電話は膨張されている可能性がある。 「ユートピアはエデンに」 『で?』 「数日中に、エデンからからユートピアは解放される」 『そうか』 「こっちは何としても押さえる。そっちは頼んだ」 エセルバート・ゾルゲを見張ってくれ。 そのエドワードの言葉に、ロイは小さく分かったとだけこぼして電話を切った。 少ない言葉だが伝わったはずだ。 エドワードはかしゃと受話器を置くと息を一つ吐いた。 おそらく、これでゾルゲは動けない。ロイと優秀な腹心たちが画策する筈だ。 それなら自分達は? エドワードはちらりと時間を見る。 フレッチャーが気分が悪いと言ってくれたお陰で、時間はかなり早い。エドワードは階段を走りあがると、三階の部屋まで走り上がる。 ばん、と扉を開けると目を丸くした三人がそこにはいて。 「おい」 「兄さん?」 「ゾルゲのほうの動きは抑えた。後はオレ達次第だ」 どうやら、エドワード達の考えの裏を行ったらしい。 ユートピアの情報が減ったのは、大規模な密輸の為。国家錬金術師はそのカモフラージュ。偽者を選んだのは不幸だったが、金によってはそう言うものの援護をする類がいるのは確かだ。 それならば。 「偽者の信頼を得れば。勝てる」 「え、でも兄さん…」 「これは任務だ。それにこれ以上オレの評判を落とされても困るしな」 女たらしの名ばかりの国家錬金術師、なんて言われるのはごめんだ。 「でも、これは俺…森羅の錬金術師の任務だぜ」 「オレ達の暗黙の任務を忘れたのか」 エセルバート・ゾルゲの失墜。 それは、暗黙の任務。 ロイの一派。そして国家錬金術師の一部にのみ下された、いや、下されたと言うより選んだ任務。 どれ程苦しんできただろう。 どれ程恨んできただろう。 分かりはしない。 カール・シェスターとは違うこの、傷。 膿んだままで、治りはしない心の傷。 「わかったんなら今から行くぞ」 「どこに?」 「適当に服を選らんだってしょうがない。自分達で作る。絶対にあの二人が食いつくような姿と雰囲気」 エドワードはパンと両手を一度合わせると、自分の洋服を黒いワンピースに変える。そして、垂らしていた髪を手早く三つ編みにして止めた。 「おら、行くぞ」 「ちょ、待ってよ、兄さん!」 エドワードのような器用な着替えが出来るわけは無く、男たち三人はもそもそと普段の服を着る。 そして、四人は部屋を後にした。 「デザインが悪い」 エドワードはぶつぶつと言いながら店を何件も梯子した。 偽エドワードは、赤い服を好む。そして露出の高いもの。そこに少し気品が加わればいい。 そういった服は大概丈が長すぎて誂えるしかなくなってしまう。 だからこうやって店を梯子してデザインを見ているわけだが。 最初に、この町に入ったときのエドワードとは大違いだ。 あんなに嫌がったドレス。 なのにそれを真剣に選んでいる姿は奇妙でもあり少し悲しくもあった。 本当ならエドワードにこんな服は似合わない。生成りのワンピース。ふんわりとしたスカート。エプロンドレス。草原を転げまわって笑っていられるようなそんな服が似合う。 こんなきらきらしたドレスなんかよりずっと似合っている。 「俺はループタイの方が良さそうだな」 ラッセルはディスプレイに飾られたタイを見ながらそう言った。 「あと眼鏡」 「ボクはー……」 アルフォンスはロイの事を思い浮かべながら、どんなのが似合うだろうかと考える。 蝶ネクタイ? いや、リボンみたいなヤツ。 スーツは? 丈の長いものはどうだろう。 「よし、分かった。あとはあのコスメショップだ」 エドワードは一度頷くと、嫌にきらびやかな店へと走っていく。本当にいつものエドワードなら絶対に行かないような店ばかりだと三人は思った。 「で、兄さんは何を買うの?」 「とりあえず化粧品一式。あと香水」 「え…」 「いつも宿屋の人に頼むのは悪いだろう」 エドワードのメイクは店の老婦人がやってくれていたのだ。 それでは悪いと、エドワードが自分で選ぶらしい。 自分で。 「兄さん、ボク等も入ろうか?」 「いや、いい。店の人間とっ捕まえて、お勧めなのを聞いてくる」 そう言ってエドワードはたっとその店に向かって走っていった。 残った三人は。 「あそこのカフェで待つか?」 流石は観光地。オープンカフェが夜遅くともやっているらしい。 三人は適当に注文をすると、コスメショップの中を伺いながら頬杖をつく。 「なぁ」 ラッセルはぽそりと言葉を零す。 「こんな事でもなかったら、あいつがあんな店にいるのを見る事無かったかもな」 運ばれてきた珈琲を飲みながら、ラッセルは店を見る。 「でも、僕、嬉しくない」 「フレッチャー?」 「エドワードさんにはきっとエドワードさんにしか似合わない服があって化粧だってあって、こんな無理やりみたいな形、嫌だ」 オレンジジュースを飲みながら、フレッチャーは下を向く。 「うん、兄さんには兄さんに似合うものがあるんだろうけどね」 「俺、正直言うとさ」 「何?」 「エドワードが化粧した姿を見るのって、お前との結婚式だと思ってた」 「っ!」 アルフォンスは口にしていた紅茶を危うく噴出すところだった。 「だってそれ以外じゃ、化粧なんかしないだろ、あいつ」 苦笑するラッセルにアルフォンスは言葉を失う。 そう、本当なら結婚しててもおかしくはなかったのに。 子供が出来ていたのに。 あんな事さえなければ、あんな、事故、さえ。 エセルバート・ゾルゲがいなければ。 エメロードが泣く事もなかった。エドワードが泣く事もなかった。 何で、たった一人の人間の為に、泣かなければならないのだろう。 たった一人の欲望の為に。 アルフォンスは膝の上で作った拳がぐと揺れた。 次の日の夜。 宿の老婦人は驚いた。 「まぁ、素敵」 ころころと笑いながら、素直に賛辞を述べる。 フレッチャーは、薄茶のスーツにこげ茶のベスト。赤いタイが印象的だ。 ラッセルは、襟を立てて瑪瑙のループタイを締め、グレーのスーツを着ている。 アルフォンスは深緑の丈の長いスーツだ。タイは短いリボンのようにも見える。 そしてエドワードは。 繊細で可憐なレースとリボン。ハートカットビスチェとAラインのミディー丈のドレスだ 黒いレースに覆われた赤いドレスはそれだけで眼を引く。腰の辺りを黒いシルクのリボンで止めてある。 これをシーツから錬成したと聞いたら誰もが驚くだろう。 仕方がない。エドワードの身長に合うものがなかったのだから。 そして、長い金色の髪を結い上げ、白い項と対照的な赤いコサージュをさしている。 化粧は、昨日店員に教えられたように目の周りに力を要れて、唇には赤いグロスを引いた。 「いつもすみません」 「いいのよ。それにしても、みんな素敵ねぇ。うちの宿に泊まったお客さんの中で一番素敵だわ」 嬉しそうな老婦人を見て、四人は笑う。 この宿で良かった、そう思えたから。 「それじゃ行って来ます」 四人は老婦人に見送られて、宿を出た。 目指すは黄金郷。 逃げ出す事なんてしない。 ただ突き進むのみ! |