何が起きてる? ここは、何が潜んでる? わからないけれど、わからないままなんて嫌だ! だから、今は。 【Fantasista 6 負けてたまるか!】 それは、エドワードが心の中で毒づきながらエディと話していた時。 不意に、ショールの裾を引っ張られた。 何かと思い振り返ると、そこにはフレッチャーがにっこりと笑って立っていた。 「フレ……ードリヒ?」 エドワードは危うく本名を言いかけて、言葉を濁す。 「やぁ、こんばんは。フレードリヒ君」 「こんばんは、エドワードさん」 無邪気な笑顔を作って、フレッチャーはエディに挨拶をし、すぃっとエドワードに目を向けた。 その視線を受けて、エドワードの目がすうっと細まる。 鋭く尖った「鋼の錬金術師」の目だ。 (これは、何か掴んだな) エドワードの予感は的中している。 今はそれを聞くことが先決だ。こんな馬鹿と話している場合じゃない。 「どうしたの? フレードリヒ?」 「うん、気分が悪くなっちゃって…」 「まぁ、大変! ごめんなさい、エディ。私、この子を連れて宿まで帰りますわ」 「え……」 「ごめんなさい…」 「いいのよ、人に酔っちゃったのね。アレクサンダーとラインハルトは?」 「それが…」 偽者に捕まってます。と言わんばかりのフレッチャーの顔。 こっそりと溜息を付きながら、エドワードはゆっくりと立ち上がり。 「じゃぁ、一緒に探しましょう。エディ、また今度」 ふふと笑いを零して、エドワードは何か言いたそうなエディを残してフレッチャーの手を取った。 「とりあえず、男がたむろってるとこ探すぞ」 「うん」 エドワードは慣れないハイヒールでかつかつとフロアを歩く。 あの二人は偽者のストッパー。必ず偽アルフォンスの傍にいるはずだ。 まったくどうしてこう自分達とかかわる人間は厄介なのが多いのか。 類は友を呼ぶと言われてしまえば終わりだけれど。 「エドワードさん」 「何だ?」 「僕の手、握っててもらえます?」 「え?」 「いや、その、はぐれちゃいそうで…」 「ああ、そうだな」 フレッチャーの言葉にエドワードは、何の疑いもなくその手を握った。 こうでもしなければ、虫除けが大変だ。 さっきから感じる視線。 それは多分、エドワードに注がれる賛美と嫉妬だ。 いつもは三つ編みにしている綺麗な金糸の髪をゆらして、黒のミディドレスを着たエドワードは驚くほど綺麗に見える。 いや、元々が綺麗な人なのだ。 すっとした眉に、意志の強い少し切れ長の瞳。その瞳の金色の輝きはこのフロアに負けないくらいの輝きを放っている。 女性らしいというにはすこし薄い肉付きだが、胸から腹、腰から足に流れるラインはまろやかで美しい。 男性からは賛美、女性からは嫉妬。 フレッチャーはそんなエドワードと歩いているのを誇りに思った。 「あれ、かな?」 エドワードは不意に男ばかりが集まる一角を見つける。 その一角に見慣れた金髪が二人。 言わずもがな鉄の錬金術師と森羅の錬金術師だ。 その横には、まるで人形のような少女が微笑んでいる。 フレッチャーに言わせれば、猫被っているだけ、という事になるがそれでもその微笑みは殆どの男を虜にしていた。 目的の二人を除いては。 くい。 「フレッチャー?」 繋いだ手を、フレッチャーが強く引っ張り、エドワードを先導する形を取る。 エドワードが小首を傾げると、フレッチャーは笑って。 「僕にエスコートさせてください」 と照れたように言った。 ただでさえ、一人で歩けば男から声をかけられそうなエドワード。 エスコート役がいなければ、悔しい事に偽アルフォンスに負けてしまう。 エドワード自身は気にしないだろうけれど、フレッチャーにしてみれば嫌な事以外の何ものでもなかった。 だって、エドワードは女神様だから。 アルフォンスが言った事がある。 だって、兄さんは女神だから。 それにラッセルは苦笑しながらも認めていた。 フレッチャーも、その言葉には賛同している。 だって、世界中探したって、こんな綺麗で強くて優しい人はいない。 きらきらしているのに、きらびやかでなく。女の色香もなく。けれども、抱きしめてくれる腕はなによりも温かい。 そんな人を女神と言わずしてなんと呼ぶ? フレッチャーの言葉にエドワードは苦笑して「じゃぁ、頼むか」とフレッチャーの隣に移動する。 そうすると、ざわりざわりとどこからともなく人々のざわめく声。 その声にふと視線を上げたのはアルフォンスだった。 「にぃ……エリザベス…」 エドワード同様呼びなれない名前に兄さんと言いかけたアルフォンスは何とかして「エリザベス」と呼ぶ。 その名前にラッセルも視線を上げ、その姿を確認する。 「こんばんは、鉄の錬金術師さん」 エドワードは少し首を傾げて、どっから出てきたその笑顔と言わんばかりの笑顔を浮かべ偽アルフォンス――フォンシーに声をかける。 その瞬間、火花が見えたと言ったのはアルフォンスとラッセルとフレッチャー。 エドワードは全く相手にしていないが、フォンシーはそうは行かなかったらしい。 エドワードが来る前は、このフロアのと言うよりシャングリラ中の男たちの賛美を一身に受けていたフォンシー。 それが、エドワードが現れたことで分割されてしまった。 確かにフォンシーは可愛いが美しいわけではない。子猫を愛でるような気分になる。 だが、エドワードは違った。ストイックな何かを孕んでいるエドワードはその不思議な空気で老若男女の視線を集めていた。 「ごきげんよう、エリザベス様」 いつもの三割り増し(だと思われる)笑顔と、甘い声でフォンシーは答える。 何コレ。 ぶつぶつぶつぶつ。 アルフォンスとラッセルは鳥肌が立つのを感じていた。 「ねぇ、アレクサンダー、ラインハルト。私、宿に帰りたいのだけど」 困ったように眉根を寄せて、エドワードは小鳥が囀るような声で言う。 やめてくれ。お願いだからやめてくれ。 あまりにも違いすぎるエドワードに、三人は懇願したい気持ちでいっぱいだった。 エドワードはいつもの方が良い。 罵声を飛ばして、暴れ回って、でも優しいエドワード。 エドワードまでフォンシー化してしまうのは恐すぎる。 「まぁ、どうかなさいましたの?」 両頬に手を添えて、わざとらしくフォンシーが言う。その瞬間女性から集まった視線は避難の視線だった。 所謂「男にはもてるが、女にはもてない」と言う典型的な形である。 「フレードリヒが人酔いしてしまったみたいで…」 ごめんなさい、とフレッチャーが頭を下げる。 よし! ナイスフォローだ、フレッチャー! アルフォンスとラッセルが心の中で親指を立てたのは、言うまでも無かった。 「まぁ、それは大変! 宜しければ私達の部屋で休まれませんか?」 偽エルリック兄妹の部屋はこのエデンのスイートらしい。 そんなとこ、ごめんこうむるわー! と言わんばかりの叫びを飲みこんでラッセルが一言。 「いえ、僕たちも宿に戻りますよ」と優しい声音で言った。 いつものラッセルには見えない笑顔を浮かべて。 「ラインハルト様……」 今にも泣き出しそうなフォンシー。そんな表情を浮かべられたら、落ちない男はいない! と言う表情を前面に出したがラッセルには通じない。 それはアルフォンスも同じで。 「そうだね、今日はもう遅い。帰ったほうがいいかもしれない」 そう言いつつフレッチャーの頭を撫でる。 「アレクサンダー様まで…」 一瞬だった。 きっとフォンシーがエドワードを睨む。 おそらくそれがフォンシーの本性なのだろう。 だが、エドワードは全く気にしない。エドワードに対しては、最も効かない攻撃の一つだ。 睨まれるなんて当たり前。 そうでなければ、軍の狗なんてやってられるか、とエドワードは言うだろう。 いつもな女らしくないだの男じゃないんだからだの言われるエドワードだが、今回に限りエドワードは間違いなくフォンシーの上を行っていた。 「…また、明日」 「え?」 「また、明日、会っていただけます?」 フォンシーがふるふると震えながら、アルフォンスの服の裾を掴む。 「ええ、また明日」 アルフォンスはさり気にその手を払うと、まるでロイ・マスタングのような笑顔を浮かべた。 「なんか、香水の匂いが取れない…」 アルフォンスは体に染み付いた匂いにげんなりする。 フォンシーの香水はエドワードとは違って、甘い花の香りだった。 自然の中、様々な花の匂いに囲まれて育ったアルフォンスにとって、作られた花の匂いは悪臭でしかなかった。 シャワーを浴びたのに、取れない匂いなんて。 アルフォンスとラッセルは同時に溜息を付く。 そんな中、それぞれのベッドに座った四人が今日の成果を出し合った。 「確実に、偽者はユートピアに絡んでるな」 エドワードはエディがユートピアの事を知っていた事を話す。しかもその搬送の護衛に自分達が雇われたのだといった事も。 「このままオレはヤツから情報を聞き出すことにするから、兎も角お前らはあの女から目を離すなよ」 あの女とはもちろんフォンシーのことである。 「なにしでかすか、わかんねーぞ、あの女」 「え?」 「一瞬だけど、睨まれた。確実にお前ら狙いだ、あの女」 エドワードも一応は女の端くれである。女の勘というヤツが働いたのだろう。 厄介な話である。 アルフォンスとラッセルはげんなりとした顔をし、フレッチャーもそれを悟ったのか苦笑いを浮かべた。 「で、フレッチャー」 「はい?」 「お前は何を掴んだ?」 エドワードの真っ直ぐな瞳。 その瞳に、フレッチャーは一言。 「ユートピアの件に、ゾルゲと言う名前の人が関わってる」 聞こえてきたのは真実の足音。 理想郷に紛れた闇の声。 こんなところで負けてたまるか! |