今までどうだった?
 こんな状況、どうだった?
 燻ってた?
 ちがうだろ!



 走り出したら止まらないのがオレ達だ!





【Fantasista 5 偽者上等!】





 きらきらと金色に輝く黄金郷の中で、それを見つけるのは容易かった。
 結論から言えば、女性が多い場所。もしくは男性が多い場所。
 エドワード達はその場所を目指して歩く。その集団は、良い意味で目を引いた。
 エドワードの今日の格好はと言えば、ロマンティックさ漂う、ビスチェタイプのミディードレス。シンプルなブラック部分がフラワー柄のレースを華やかに引き立ててくれる。裾周りにはメッシュ素材のチュールが入っているので、自然で美しいAラインシルエットを生み出していた。ウエスト周りのふわりとしたリボンは、ウエストの位置を高く魅せていた。
 その上からシフォンショールを羽織っている。
 結んでいない金糸の髪は、その背中で綺麗に流れていた。
 その姿は堂々として、普段いつも赤いコートをなびかせ皮のブーツを履いてトランク一つで世界各地を転々としている国家錬金術師とは思えない。
 その上、ランクAの男が二人エスコートするかのように寄り添い、その前を将来有望であろう少年が歩いていた。
 これは、何もかもラッセルの涙ぐましい努力のお陰である。
 行儀作法から何から、処世術に疎いエドワードに叩き込んだのだ。お陰で、エドワードは淑女と言うより少し小悪魔が入った魅惑的な女性に見える。
 甘く引いたピンクのルージュがそれを物語っている。
 (なあ、ラッセル)
 (黙ってろ、口を開いたら素が出るぞ)
 (分かってるけど、この靴歩きにくい)
 (お前は今日はあの勘違い野郎の相手だけしててくれればいいからそれでいいんだよ)
 ぼそぼそとエドワードは隣にいるラッセルに話しかける。
 エドワードの靴は、アンティークビーズのラウンドトゥパンプスだ。それもヒール九センチの。
 普段履きなれていない所為か、動きづらくて仕方なかった。
「あ」
 アルフォンスが何かを見つけたように、声をあげエドワードとラッセルに視線を送る。その視線を受けて前を見ると。
 いた。
 偽者のエルリック兄妹。これまた目を引く容姿なので周りには兄の周りには女性が集い、妹の周りには男性が集う。
 兄は文句なしの美青年。妹は誰もが認める絶世の美少女。これで人が集まらないわけがなかった。
 それを確認して、四人はこくりと頷いてばらばらに行動を始めることにした。
 今日の目的は、エドワードは偽エドワードから滞在の理由を聞くこと。アルフォンスとラッセルは偽アルフォンスのストッパー。そして、何よりも大事な役割を担ったのはフレッチャーだ。
 子供の前では大人は油断する場合が多い。
 昨日の下調べで、それなりに怪しげな会話をする人間たちを見つけている。フレッチャーはその傍をちょろちょろと遊ぶ振りをして会話を聞いてくるという訳だ。
 小さく手を重ねてお互いの目的を確認すると、四人はその場所を離れた。





 ざわりざわりと声がする。
 その声の隙間に金色の髪を見た偽エドワードは、あ、と声をあげる。
 その先には、エリザベスと名乗った女性が微笑みを浮かべて立っていた。
「オブシディアンの姫君!」
 嬉しそうにエリザベスに近付くと、偽エドワードはその手を取って、手の甲に小さくキスをした。
 その瞬間、エドワードが殴らなかったのは一重にラッセルの付け焼刃のお陰だろう。そして、偽エドワードが無事なのは、その場所にアルフォンスとラッセルがいないからだ。
「ごきげんよう、姫君」
「その呼び方、やめて下さる? なんだか恥ずかしいわ」
 ちょっと困ったように、心の中で(ざけんなてめぇぶん殴るぞ)と呟きながら、エリザベス――エドワードは小首を傾げる。
 そうすると、男はうーんと少し唸って。
「では、エリーとお呼びしても宜しいかな?」
「どうぞ、ご自由に」
 ”いいか、ああいう男にはすこし冷たく当たっても構わない。ただこう、何ていうか女の色気は頑張って搾り出せ”
 とのラッセルの言葉を胸に、エドワードは微笑んだ。
「じゃぁ、私はなんとお呼びすれば宜しいのから? 鋼の錬金術師さん?」
「そうですね、エディとお呼び頂ければ」
 良かった、エドじゃなくて。
 エドワードの本心である。何が悲しくて自分の名前を呼ばねばならないのか。それだけでも回避できた事は良かったとしか言いようがない。
 偽エドワード――エディはエドワードをエスコートし他にいる女性をやんわりと押しのけながらカウンターの席を確保しそこに座った。
 周りの女性からは何あの女などと言う声が聞こえるが、エドワードに女性特有の嫌味は通用しない。元々そういった事に疎い人間なのだから。
 まぁ、チビといわれればドレスの裾を華麗に捌いて九センチヒールのキックが飛び出たに違いない。だが、その嫌味の中にチビと言う言葉は含まれていなかった。
 エドワードは女性にしては小柄だが、嫌味になるほど小さくはない。
 今はどちらかと言えば妬みに近い言葉が飛び出ている。
 エドワード自身気にしていないが、偽アルフォンスと並ぶくらいは美少女だった。ただ、それを表面にだしてないだけで、磨けば光る最高の逸材である事は間違いなかった。
 で、試しに磨いたら、思いの外、それはアルフォンスが物凄く心配するほどの美少女になってしまった訳で、エディが目をつけない筈がなかった。
「カクテルは、何が?」
「私、まだお酒を飲める年齢ではありませんの。出来ればジュースにして頂けるかしら?」
 エディはウェイターを呼びつけ、何か注文するとエドワードに向かって最高の笑顔を向ける。
「今日もまた一段と美しい」
「あらやだ、お上手ですわね」
「本音ですよ。貴女はいつお会いしても美しい」
 今日で二度目だがな!
 心の中で素のエドワードが一人でツッコミを入れる。
 我慢だ。
 こいつが一つの場所に留まっていれば、ユートピアを流通している人間に隙が出来る。今回はたった一人の任務じゃない。どさくさに紛れたと言えど、チームでの任務だ。
 自分が出来る最良の手段を取るのが、この場合は優先される。
 おそらく四人の中でエディを一つの場所に留めておけるのはエドワードだけだ。
「お婿さん選びは進んでらっしゃいますか?」
 エディの言葉に、ウェイターから受取ったオレンジジュースを危うく取り落としそうになる。
 そうだ、そういえば今回はそう言う設定だった。
 フレッチャーの機転とは言え、むちゃくちゃすぎる。
「ええ、それなりに」
 ふふ、とエドワードは笑って優雅にオレンジジュースを飲む。
 落ち着け、落ち着け、自分。
 そう言い聞かせながら。
「叔父様と言うと…もしかして、マスタング中将ですか?」
 今度ばかりはオレンジジュースをふき零す所だった。確かに錬金術を使える上にこのエデンに出入りできるほどの上級階級。
 出てきてもおかしくない名前だろう。
 一瞬頭が真っ白になったエドワードは、こうなりゃ利用できるモンはとことん利用してやる! と決め込んで。
「よくお解かりになりましたわね」
 と、にこりと笑った。
「やはりそうでしたか。私も懐刀と呼ばれていますが、そこまでは知りませんでした」
 ええ、ロイ・マスタング中将ですら知らない話でしょうから。
 エドワードはそんな事を思いつつ、ストローに口をつける。
「お嬢さんにもまだお会いしていないんです」
「そうなんですか?」
「ええ、それに、私というものがありながら、別の国家錬金術師と縁談を組んでしまわれて…少し、妬ましかったんですよ」
 そうして少し困ったように笑うエディに、エドワードは乾いた笑いが飛び出しそうになった。
「でも、貴女と言う素晴らしい女性に出会えた。運命だったんですよ、きっと」
 すいません、そのお嬢さんとやらとお前の目の前にいる人間は同一人物です、と誰か突っ込んでくれねぇかな。
 エドワードはそんな事を思いながら「まぁ、そんな事…」と頬を染める仕草を見せた。
「エディさんはどう言った目的でこちらに?」
「エディさんなんて余所余所しい…エディとお呼び下さい」
 ことん、自分が飲んでいたジンジャーエールをカウンターに置くと、エディはエドワード片手を取って真っ直ぐに見つめる。
「そ、そうですか…それでは、エディ…の目的は?」
「私の目的などたかがしれていますよ。ユートピアの確保です」
「え…」
 エドワードは一瞬自分の耳を疑った。
 ユートピアの確保?
 あれは絶滅危惧種で…一般人が知る事のない花だ。
「ユートピア…?」
「花の一つです。私はその花をこの場所から別の場所に送るための護衛のようなものですから」
 違う。
 別の場所ではムリだ。
 中央の僻地にマフト湿原を再現した施設がある。その場所へ「国家錬金術師」である「森羅の錬金術師」が移植を命じられたのだ。
 それは「鋼の錬金術師」への命令ではない。
 それに、ユートピアの存在は一部の植物学者が知るだけで、民間人の知る物ではない。
「それよりも……」
 エドワードははっとして自分の状況を知る。
 考え込みすぎた。
 目の前には自分の両手を包み、じっと自分を見る金髪の青年。
「私も、貴女のお婿さん候補にいれてくれませんか…?」
 バリトンの声で、耳元でそう囁かれた。
 がちん。
 エドワードの体が固まった。
 こいつは、男、だ。
 あいつと同じ、男、だ。
 視界がおかしい。
 くらりと世界が回りそうになる。
 ―――アル…。
 心の中で名前を呼んだ。
 そうだ、オレにはアルがいる。
 アルが傍にいてくれる。
 それに、自分を大切にしてくれる友がいる。
 幸せになれと言う優しい人たちがいる。
 だから大丈夫。
 もう大丈夫。
 あれは過去。
 銀髪の眼鏡をかけた麝香の香りがする男じゃない。
 目の前の人間は、ただの、男だ。
 気付かれないように深呼吸をする。
 大丈夫。大丈夫。もう、自分は大丈夫。
 怖くない辛くない逃げたくない。
 それよりも、この男の目的を知ることが大事だ。
「エリー?」
「ごめんなさい、あなたの声に聞きほれてしまいましたわ」
 と歌うようにころころと笑いながらエドワードは自我を取り戻した。





「アレクサンダー様! ラインハルト様!」
 二人の姿を見つけた途端、まるでビスクドールのような少女が駆け寄ってきた。
 ふわふわに巻いて二つに分けて結わえた金髪が、ゆらゆらと揺れている。
「ごきげんよう、アルフォンス嬢」
 うやうやしく礼をしたのはアルフォンス。その横で眼鏡を人差し指で上げながら、ラッセルは薄く微笑んだ。
「いやだわ、そんな風にお呼びにならないで。どうせならフォンシーとお呼び下さい」
 偽アルフォンス――フォンシーは両手を胸の前で軽く合わせ、とびきりの微笑を見せた。
 エドワードが魅惑的な女性に見えるのなら、この少女は正反対。
 御伽噺から出てきたお姫様のようだ。
 エドワードのドレスを選んだ店には置いてなかった類の可愛らしいドレス。
 軽やかにゆれるシフォンを贅沢に使ったティアードスカートに、アンティークな装飾を施され、優雅で、可愛いらしい印象を受ける。
 その服はまるフォンシーの為にあつらえられたようなドレスだった。
「お二方とも、今日のご予定は?」
「これと言って……お転婆姫のお供ですよ」
 ラッセルは、少し笑いを含んだ口調で、それでもいとおしそうにそう言う。
「ああ、エリザベス様とご一緒なのですね」
「ええ、彼女が他の男に取られたら大変ですから」
 本音とも取れる言葉をアルフォンスは口にした。
 そうすると、フォンシーは少し眉を下げて困ったような顔をする。
「フォンシー嬢?」
 アルフォンスが訪ねると、エドワードより少し高い身長のフォンシーが上目遣いで二人を見て。
「私じゃ、エリザベス様の代わりにはなれませんの?」
 と頬を少し染め、そう呟いた。
 うん、無理。
 アルフォンスとラッセルは心の中でシンクロしたかのように相槌を打つ。
 この世に、エドワード以上の女性なんていない。
 それだけは、確かな事。
「エリザベス様がうらやましいですわ。こんな素敵な方からお婿さんを選べるなんて」
「いえ、僕らはまだまだですよ。彼女にふさわしい男にはなれてませんから」
 ラッセルが笑うと、アルフォンスも笑う。
「……私が、」
「はい?」
「私が、エリザベス様よりお二方に相応しい女性になれたら、お嫁さんに貰っていただけますか?」
 どこでそんな話が出てきたのだろう。
 恋する乙女の妄想力はたくましい。
 二人が、エドワードが一番だと言い続けるにはきちんと理由がある。
 こんな女性らしい感情の欠如だ。
 エドワードは生きる事に必死で、前を向いている女性。
 誰よりも強くてしなやかな。
 そんな女性と、こんな砂糖菓子で出来ているとしか思えない少女を比べるほうが無理なのに。
 アルフォンスとラッセルは「これも任務の為」と言い聞かせて、今日はフォンシーの相手をする事を心に決めた。





「ゾルゲ殿が?」
「ああ、そうだ」
「だが、今アレの流通を止めてしまったら、ここは…」
「国家錬金術師も雇ってある。別の場所に移動させてしまえばこっちのものだ」
 大人たちの会話の隅。
 フレッチャーは聞き逃さなかった。
 そして、聞き覚えのある名前。

 ―ゾルゲ―

 嫌な予感がする。
 フレッチャーは足早に広間の方へ向かっていった。





 ここは嘘ばかりが飛び交う場所。
 その中の真実なんて、一握り。
 その真実が、全ての鍵になる。





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