何だこの展開。 あんまりじゃないか。 神様なんて信じないけれど、言いたい時だってある! 転がり始めたら、もう誰に求められない。 走るしかない。 その道が、どんなに困難であっても。 今は、兎も角。 死ぬ気で走れ! 【Fantasista 4 全力疾走】 宿に着いた四人はシャワーを浴びる事も忘れて、各々のベッドに倒れこんだ。 そうして、最初に口を開いたのは。 「誰がエリザベスだよ」 横になったままのラッセルだった。 「うるせーな、ラインハルト」 偽者たちが現れた今日のカジノ。 四人の口から出たでまかせは、大変に規模の大きな話となってしまった。 とは言え、あの時のフレッチャーの奇策が無ければ今以上に大変な事になっていただろう。 「と、ともかく、明日からの事考えないとね」 アルフォンスは起き上がり、タイを緩めると疲れ切った様子で呟く。 それはそうだろう。 エドワード並みの身長でエドワードと真逆の性格と外見を持った自分と対峙していたのだから。 「偽者がああやって堂々と歩いてるって事はあのカジノ、やっぱり何かあるな」 ぼさぼさの頭を掻いて、エドワードも起き上がる。そうして履きなれていないサンダルを脱ぎ捨てるとベッドの上で胡坐を掻いた。 「ユートピアが絡んでると見て間違いない」 「兄さん、その格好はちょっと…」 「うるせー、今まで我慢してたんだ。すこしは楽なカッコさせろ」 「最近のユートピアの取引状況を見ると、ぱったり止んでいる。多分、偽者が現れたからだな」 ラッセルも起き上がりタイを外して足を組んだ。 「国家錬金術師がいたら、いつばれるか分からない、って事?」 「そういう事だ。それも今回の任務にかかわってるんだよ」 「かかわってる…?」 「そう。今までは少なくてもユートピアの取引の情報は流れてたんだ。だから、この街が怪しいと踏んだんだがな。最近その情報が全く流れなくなった」 俺の任務は最近の情報と、流通ルートの確認。出来るなら、流通ルートを切って来いって言われたんだ。 そこでラッセルは自分が受けた任務の全てを三人に話す。 「あーんなきらびやかなオレら偽者がうろうろしてたら、そら、警戒するわな」 「俺達は質素だったぞ」 「わかってるつーの! あんなきらびやかなオレ達だったら今こんな風に一緒にいねえだろうが」 そう、今こうしてエルリック姉弟とトリンガム兄弟が結束を固めていられるのは、お互いを認め合いそれだけの修羅場を潜り抜けてきたからだ。 あんなきらきらした偽者であったなら、エルリック姉弟はトリンガム兄弟との関係を絶っているだろう。 「でも、今はエドワードさんが本物だってばれない方が良いんでしょ?」 今回の大舞台の仕掛け人が首を傾げると、そうだなとエドワードが呟いた。 「そうなんだよな。あれが偽者だと分かると本物が警戒されるからな」 「多少遊び慣れてる人間を演じきった方が情報は集めやすいよね」 アルフォンスの言葉に、四人は顔を合わせて頷く。 「まぁ、あのナンパ野郎が変な動きさえ見せなければ、俺達は偽名を使える」 「へんな動き?」 「お前を口説いてただろうが」 「は?」 「気付いてなかったの、兄さん?」 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、エドワードは首を縦に振る。 「たまにエドワードさんって天然だよね」 あんなに分かりやすいナンパは早々いないだろうに。もしかすると、あの偽エドワードはそれを見抜いていたのかもしれない。 「とりあえず、あいつには気をつけてね、兄さん」 「それを言うなら、アルフォンスさんと兄さんもだよ」 「え?」 「あのフォンシーって子、兄さん達の事かなり気に入ってたよ」 勘弁して欲しい。 アルフォンスとラッセルはげんなりとして肩を落とした。 エドワードやホークアイ、それにウィンリィなどの女性に囲まれて生きている二人だ。 女の子の甘ったるい部分を集結させたような偽アルフォンスに馴染めるワケがない。 「厄介な偽者だな、おい」 エドワードは片手で目を覆って上を向く。 「兎も角、ここで情報を整理しよう」 アルフォンスが三人を見回して、提案をした。それに異議を唱えるものはいない。 「ユートピアはシャングリラのエデンで取引されてる可能性が高いな」 エドワードが言うと、三人はこくりと頷いた。 「そこにボク達の偽者が現れた」 「うん」 「警戒が強くなっているのも、確か、かな」 困った事に。 そう言うとアルフォンスはため息を一つ付いた。 「そんでもって、偽者はナンパ野郎で口車に乗せるのが上手いと見た」 「妹は、天然キャラを装っている節がある」 「フレッチャー?」 フレッチャーの言葉に、他の三人は目を丸くした。 「気付いてない? さり気無く自分をアピールするような動きとかさ。同じような目線にいると鬱陶しいよ」 にっこり。 流石はラッセル・トリンガムの弟という事だろうか。 少し、腹黒い。 「狙いは、兄さんかアルフォンスさん。僕は眼中にないって感じかな」 よりにもよってこの二人に目をつけるとは運が無い。 この二人は、たった一人の為に自分を犠牲に出来るのだから。 それくらいに、二人はエドワードを大切にしている。 その人間が、多少可愛い(世間一般にはとびっきりの美少女だが)とは言え、エドワードに勝るとは思えない。 「………」 ありえない、とアルフォンスが空を仰ぐ。 「………」 無駄な事を、とラッセルが俯く。 兎も角、フレッチャーを抜いた三人があの偽者のターゲットだというのは間違いないだろう。 「でもさ、偽者とは言え周りをうろついたら逆に怪しくないか?」 「エドワード、アル。協力してもらうぜ?」 にやり。 ラッセルが口の端を上げて笑う。 「え?」 「敵さんが、あの偽者に目をつけてるんなら、そこにばっかり目をつけさせておけば良いんだよ」 「……つまりそれは、オレ達に囮になれと」 「その通り。ま、俺も囮の一人だがな」 つまりは、こうだ。 偽者の鋼鉄のエルリック兄妹が派手に動いている間に、相手をしていない人間が手薄になっている所から攻めればいいという事だ。 そして、その鋼鉄のエルリック兄妹を派手に目立たせるのが、自分達の役目。 「エドワードは、婿選びをする男慣れした派手な女で、俺は知的で物腰の低い真面目そうな青年、アルは女慣れしているけれど紳士的でキザな青年で、フレッチャーはちょっと子供っぽい無邪気な少年という事で」 「ちょっと待て、ラッセル」 「何だよ」 「お前、人をどんな人間に仕立て上げたいんだ?」 半眼でちろりとラッセルを見て、エドワードは低い声でそう言った。 「お前が参考にした女が悪いんだよ。あのセントラルの三番街の角のカフェのウエイトレスだろ? だったらそんな感じに出来上がるんだよ」 「ボクは?」 「中将を演じきれ」 「ロイ中将? 無理、絶対、無理!」 「だって、お前とっさに中将の真似しただろうが!」 「あ、うん、そうだけど」 「だったらそれを貫くしかない」 「お前はどうなったらそうなるんだよ」 「アルの偽者やってたときと同じ事しただけだ」 「あー、そう言えばそんな感じだったね」 「まさか、またあの時の自分を演じるとは思わなかったけどな」 偽者が偽者を騙すなんて、喜劇以外の何ものでもない。 「…ちょっと待て」 「何だ」 「偽名もこのままか?」 その場限りのつもりでついた嘘。 エリザベス・マスタング。 アレクサンダー・ハボック。 ラインハルト・ヒューズ。 フレードリヒ・ホークアイ。 名前もたいそうな名前だが、姓を拝借した四人がここにいたらどう思うだろう。 「仕方ないだろ、今更エルザとか可愛い名前に変えるわけに行かないし」 身から出た錆びとは言えあんまりな名前だけれど、これで行くしかない。 「兎も角、これでいくしかないんだ」 覚悟を決めたようにアルフォンスが言う。 それを聞いて三人とアルフォンスは無言で頷いて立ち上がり、真ん中に集まると手を重ねて夜中にもかかわらず、「やるぞー! おー!」と無意味な叫びを上げた。 次の日。 エデンの前には派手な黒のドレス(露出が少ないのはアルの願いの為だ)エリザベス・マスタングことエドワード・エルリック。 黒のタキシードに棒タイを合わせたアレクサンダー・ハボックことアルフォンス・エルリック。 同じように黒のタキシードにネクタイを合わせたラインハルト・ヒューズことラッセル・トリンガム。 そして、サスペンダーで黒のパンツをつり、蝶ネクタイをつけたフレードリヒ・ホークアイことフレッチャー・トリンガム。 四人がエデンを見上げるように仁王立ちをし、「行くぞ」と言うエドワードの言葉と共に、きらびやかな世界に足を踏み入れた。 走り出したら止まれない。 あとはもう。 全力疾走! |