何だこの展開。
 あんまりじゃないか。
 神様なんて信じないけれど、言いたい時だってある!



 神様、そんなもんがいるんなら。
 この事態を、どうにかしてくれ!





【Fantasista 3 迷える子羊】





 アルフォンスは一度ぷっつんと途切れると、直ぐに意識を取り戻して目の前の状況を確かめた。
 引きつった笑いを浮かべる、ラッセルとフレッチャー。それから、今にも爆発しそうな笑顔で微笑んでいるエドワード。
 そして。
 鋼の錬金術師と名乗る青年と、鉄の錬金術師と名乗る少女。
 何だこれ。一体何がどうなってるんだと、アルフォンスが考えるのも仕方ないだろう。大概存在自体が非常識だと言われるアルフォンスでさえ、この事態は非常識に近い。
 まあ、それなりに名前が売れている事もあり、名を騙られる事もしばしばある。だがよりにもよって正反対な兄妹の「鋼鉄のエルリックきょうだい」がいるとは思わなかった。
「フォンシー、この方達は?」
 『偽』エドワード・エルリックは不思議そうな顔でアルフォンス達を見ている。その様子から、自分達が本物の国家錬金術師である事は気付いていないようだった。
 気付いていれば、エドワードの隣にいたりはしないだろう。
「さっき、見知らぬ男の人たちに囲まれた所を助けていただきましたの」
「ああ、それは幸運だったね、フォンシー」
 にっこりと微笑む男性に視線を送るのは、アルフォンス達だけではない。おそらく、このフロアにいる婦女子の方々の視線を欲しいがままにしているようだ。
「妹を、アルフォンスを助けてくださってありがとうございます」
 うやうやしく礼をして、偽者は三人に向かって本物には出来ないさわやかな笑顔を振りまく。
「いえ、あのような場面に出くわした事を、今は幸運に思えますよ」
 妹さんを助ける事が出来ましたから。
 かっちりとした印象を与える声のトーンで、ラッセルがそう返す。これは、ゼノタイムでラッセルがエドワードと名乗っていた時の名残に近い。
 とっさのクセのようなものだろう。驚いた顔を見せるアルフォンスに、ラッセルは「黙ってた方が良い」とばかりに視線を送る。
 それは、アルフォンスも同感だった。
 ここで鋼鉄の錬金術師だとばれてしまえば、おそらく自分達にユートピアの話は舞い込んでこなくなるだろう。
 必要なのは、ユートピアの情報。それ以外は必要ない。
 誰が、国家錬金術師で誰が偽者かなんて、今は重要ではなかった。むしろ、偽者がいた方が効率よく情報が集められるかもしれない。
 それをラッセルも分かっているのだろう。
 そして、未だ爆発していない爆弾も。
 決して自分の身を明かさない決心で心を決めると、にっこりとアルフォンスは笑って。
「こんな場所で鋼鉄の錬金術師に出会えるとは思いませんでした」
 と、いつもの穏やかな調子ではなく、まるで、そう後見人に当たる人間のように振舞った。
「あ、そう言えば」
 偽アルフォンスが口元に手を当てて、目を大きくすると何度か瞬きをして。
「皆様のお名前をお聞きしておりませんでしたわ」
「それはいけないな、フォンシー。妹の無礼をお許し下さい」
「いえ、たいした事はしていませんから」
 偽エドワードに負けないくらいの微笑をラッセルは浮かべ笑う。
 だが、次の瞬間言葉を失った。
「皆様は、どう行った御用でこちらに?」
 目的はユートピア。
 それをこんな場所で話すわけには行かない。こんな任務でも国家任務なのだから。
 微妙に微笑を崩さない二人に代わって、フレッチャーが満面の笑みを浮かべると。
「お婿さん選びなんです」
 と少し舌足らずな口調で言葉を発した。
 おいちょっと待て!
 それはきっと兄であるラッセル、それにアルフォンスとエドワードの心の叫びだった。
 何を言い出すんだ、と思ってフレッチャーを見ると「ね、兄さん達もそうでしょう?」と極上の笑顔を浮かべた。
「お嫁さんではなく、お婿さんなのかい?」
 フレッチャーの頭を撫でながら、偽エドワードは笑う。そうすると、きらっきらの笑顔でフレッチャーは頷いた。
「あのね、僕らが選ぶんじゃなくて、選んでもらう側なんだ」
「へぇ、それはまた珍しい」
「うん、叔父様がね、三人の内の一人に自分の娘を嫁がせるって言ったんだ」
 きゃは、と笑う偽アルフォンスのように笑うと、フレッチャーは話を合わせて!とばかりにアルフォンスとラッセルを見える。その視線を受けて、アルフォンスはエドワードに視線を送った。
 うん、フレッチャー、ちょっと無理かもしれない。
 爆発しそうな爆弾に視線を返されて、アルフォンスは小さく覚悟を決めた。
 爆弾は爆発した時。その時に考えれば良い。乗りかかった船だ。今更降りる事なんて出来ない。
「ええ、ちょっとしたゲームのようなものかもしれませんが」
 にっこりとそれこそ後見人や関係者が見たら「親子だったか?」と問われそうな笑みを浮かべてアルフォンスは言う。
「それで、お名前ですが…」
 偽アルフォンスがおずおずと聞いてくる。どうやら三人の名前が知りたいらしい。
 そこで、笑顔で答えたのは。
「フ……レードリヒ、です!」
 もう後には引けないフレッチャー。笑みも全開である意味吹っ飛んでしまったらしい。
「フレードリヒ、良い名前だね」
「ええ、そう思います」
「下のお名前は?」
 偽アルフォンスが小首を傾げて言う。
 これ以上言えと。半分回らなくなった頭で、フレッチャーは必死に考えた。苗字がエルリックとトリンガムしか出てこない。
 その中にひとつ出てきた別の苗字。
「ホークアイ、です」
 その言葉に、なんですと!とばかりに本物を含めた三人がフレッチャーを見た。
「フレードリヒ・ホークアイさまですのね」
 たおやかに花が綻ぶように笑う偽アルフォンスは、とても嬉しそうに声をあげる。そうしてフレッチャーから視線を上に流すとラッセルを見る。
 これはどうにかして答えるべきなのか。
 ラッセルは手のひらに冷や汗をかきながら、必死で名前を考える。そうして出てきたのは。
「ラインハルト・ヒューズです」
 ここでやらなきゃ男じゃないと言わんばかりに、知性的な笑みを浮かべ偽アルフォンスに名を名乗る。
 出てきたのは、自分達の後見人になっても良いと言った、今は亡き優しい人の名前。ラッセルとフレッチャーの家族になろうとしてくれた人の名前。
 申し訳ないと思いながらもその名前しか出てこなかったのだ。
 それを聞いて、え、もしかして次はボクの番? とばかりにアルフォンスは必死で考える。偽名を考えるのがこんなに難しいとは思わなかった。
「あー…レクサンダーです」
「え?」
 小さな声だったので聞き取れなかったのだろう。アルフォンスはもうヤケだと思いながら微笑むと。
「アレクサンダー・ハボックです」
 とうやうやしく偽アルフォンスに礼をした。
「フレードリヒさま、ラインハルトさま、アレクサンダーさま。先程は本当にありがとうございました」
 名前を聞けて満足なのか、偽アルフォンスはこのフロアにいる男たちの視線を集めながら笑う。それに対して。
「ああ、そうだ。オブシディアンの姫君」
 くるりと偽エドワードはエドワードと言う名の爆弾を見て、きらきらの笑顔を浮かべると。
「あなたのお名前を聞いてませんでしたね」
 どうか、私にあなたのお名前をお聞かせくださいませんか?
 紳士的な態度に出る偽エドワードだが、残念な事にエドワードにそれは通じない。
「あの、失礼ですが、エルリックさん」
 ラッセルが微笑みを絶やさぬよう努めながら、偽エドワードの名を呼ぶと「そちらの女性とは?」と簡潔な一言を投げかけた。
「ああ、この方は先程憂い顔の姫君に見えたので声をお掛けしたのです」
 ナンパかー!
 その時、そこにいた本物たちは大きな突込みを入れたい気持ちを押さえつけ、にこやかに笑う。
 爆弾はもう限界だ。
 辺りが黒く覆われているような気がする。
 そこに助け舟をだしたのは、本物四人の中でおそらく一番頭が回っているフレッチャーだった。
「その方が、選んでくれるんです」
「え?」
「僕らは、その人のお婿さん候補なんです!」
 爆弾が爆発する前に、新たな爆弾が投下される。
 言ったが最後、もう後戻りは出来ない。それを、そこにいた誰もが覚悟している。
 エドワードもまた、その一人であるわけで。
 にっこりと壮絶なまでに綺麗な微笑を浮かべると。
「エリザベス・マスタング、でしてよ」
 と奇妙な語尾をつけて、そう言い切った。





 何でこんな事になってるんだろう。
 走れ、今はただひたすら走れ
 考えたら全ては終わり



 今はただ、迷える子羊!





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