二度あることは三度ある。
 誰かが言ってた言葉。
 じゃぁ、何か。



 二回目が起きたら、またこんな事があるって言うのか?





【Fantasista 2 誰か夢だと言ってくれ】





 開いた口が塞がらない。それは、こんな時のことを言うのだろう。
 目の前の男は、おそらく自分と歳は変わらない。すらりとした長身の金髪の男だ。顔立ちは端正で付け入る隙も無いくらい。エドワードは頭の中で「男前」と呼ばれる部類の人間を思い出してみるが、どれとも系統が違う。兎も角、エドワードが知る限りでは、こんな人物見た事は無かった。
 驚きの表情で自分を見るエドワードに、偽者は気を良くしたのか、すと、とエドワードの隣に座ると。
「貴女が微笑んでくれるのならば、私はこのフロアさえ黄金に変えて見せましょう」
 すっと、エドワードの手を取って囁くように言った。
 ぞわぞわぞわ。
 久しぶりに鳥肌が立つ感触と言うものを思い出した。間違いなく、この男はエドワードの嫌いな部類の男だ。
 ぶっ飛ばしてやりてぇ。
 引きつった笑みを返しながら、エドワードは拳を作る。
 エドワードの中で、目の前の男が「エドワード・エルリック」と名乗った衝撃より、このどこか擦り寄ってくるような男の雰囲気の方がはるかに不快感が大きかった。
 ラッセルの時でさえ、最終的に黙認してしまったエドワードだ。自分の名前を名乗っている人間がいることに、少し慣れてしまっているのかもしれない。
 やるか?
 しかし。
 目立ってしまってはお終いだ。
 何の為に、こんな風に回りに溶け込むような格好で口調でこの場所にいるのか分からない。
 これは、ラッセルの任務。大事な友達の任務。失敗するわけには行かない。
「……勝手に黄金を作り出すのは、ご法度ではなくて?」
 するりと男の腕から逃げ、エドワードは下から見上げるように偽者を見る。
 我慢だ。ほんのちょっとの我慢だ。
 今日一日我慢すれば終わる。
 なにかあれば、すべて終わった後でぶん殴ればいい。
 自分に何とか言い聞かせて、やっとの事で働いている理性を総動員し、エドワードは悪戯っぽい笑顔を作った。軍部で評判の近所のカフェの女性の仕草を真似たのだ。
「これは…ご存知でしたか。錬金術を良く知ってらっしゃる」
「ええ、身内に錬金術師がおりますから」
 嘘ではない。
 弟も友人も父親代わりも、ついでに言えば自分自身も錬金術師だ。
 何でこんな馬鹿みたいな会話を交わさなければならないのだろう。
 目を細めて笑う男の顔を見ながら、エドワードは心の中で大きく溜息を付いた。





 エドワードがフロアの片隅で溜息を付いている頃、残りの三人の錬金術師もまた違った意味の溜息を付いていた。
 情報が集まらない。
 人が多すぎるのか、それとも巧妙に隠しているのか、どちらにせよラッセル、アルフォンス、フレッチャーの誰一人として有益な情報を得てはいなかった。
「ねえ、ラッセル」
「何だ?」
「絞り込む?」
 ソフトドリンクを飲みながら、アルフォンスはぽつりと言った。
「そうだなぁ」
 同じように、ラッセルもソフトリンクを飲みながら天井を仰ぐ。
 金色が目に痛い。
 この、趣味の悪いホテルはどこを見ても金色だ。再び溜息を付きながら、ふと視線を流すと。
「なぁ、おい」
「うん」
「だよね」
 三人の視界に入ったもの。
 それは、三人の男に絡まれている女性…いや、少女だろうか。
 紳士淑女が集まる場所である筈のこの場所では、不似合いなその状況。周りにたくさん人間がいるのに、誰一人救いの手を差し伸べようとしない。厄介な事に誰も首を突っ込みたがらないからだろう。
 義を見てせざるは勇なきなり。
 情報収集の間は、目立っては行けないことはわかっている。
 だけど、こんな場面を見て他人面出来るほど大人じゃない。
 まだ、どうしようもない子供なのだ。
 最初に動いたのは、アルフォンス。それに続けてラッセルが動く。もちろん、フレッチャーもその後を追った。
「あの、困るんです」
 近付くと、少女の脅えた声が聞こえた。
 その声に、男達は気を良くしているのかずいと迫って少女の体に近付く。そうすると、少女は後退りし別の男に近づく事になる。
 完全にからかっているとしか思えない行為。
 それを止めたのは。
「ねえ、お兄さん達」
 ぐい、と男の肩を引っ張り金髪の青年がにっこり笑う。
「こんな所で女の子困らせてるなんて、ちょっと格好悪いんじゃない?」
 あくまでも丁寧な物腰。しかし、言ってる事は挑発に近い。男達が、かちんと来るのは仕方ない事だろう。
 何だと、と言った別の男の肩を今度は別の青年が引っ張った。 
「まあ、あんた達じゃこの黄金の中で霞んで区別はつかないだろうけど」
 口の端を上げてにやりと笑うのは、確実に挑発しているからだろう。
 こう言う場合、喧嘩に発展すれば腕力が同等なら冷静な者の勝ちだ。挑発は一種の戦略。まあ、それは腕力が同等と言う前提があっての話だが。
 ざわり。
 少しずつ、周りが騒ぎ始める。
 わざわざこんな所まで来て、大立ち回りをする馬鹿はそうそういない。
 いい見世物だ。
 それを覚悟で、金髪の青年達は男達を挑発している。
 どっちが勝つ?
 ああ、私はあの大柄な男達に。
 ならば、私はあの金髪の青年達に。
 そんな声が飛び交い始める。
 ここは、そう言う場所なのだ。
 その時。
 ひょい、と少女の腕を引っ張る少年が一人。
 それが合図、とばかりに金髪の青年達はそこにいた酔っ払っているのであろう男達を簡単に片付けてしまった。
 時間としては、一分とかからなかっただろう。
 あっという間に幕を閉じた見世物に観客は驚き、そして、小さく拍手を送る。
 ちょっとした、英雄譚に。
 その拍手を受け、金髪の青年達はうやうやしく礼をすると、給仕係に男達の後処理を任せ、少女を引っ張っていった少年の後を追いかけた。





「ありがとうございました」
 すっと礼をする小柄な少女は、どこからどう見ても「美少女」だった。
 大きな瞳は長い睫に縁取られ、すっと通った鼻筋に小さな花びらのような唇。頬は薔薇色で白磁のように透き通った肌をしていた。
 豊かな金色の髪は両サイドに高く纏め上げ、ふわふわとまるで綿飴のように揺れている。
「それより、大丈夫でしたか?」
 どんなに美少女であっても、アルフォンスにとってはただの「人」。男達に絡まれた時に怪我でもしていないかと、それだけが心配だった。
「大丈夫ですわ。皆様に助けて頂いて、ごらんの通り傷一つ付いてません」
 くるり、と少女が回る。そうすると、ふわり、と白いドレスが揺れた。
 何もかもがエドワードと正反対の少女。
 あんな男達に絡まれたら、エドワードはまず己で突破口を作る。
 そうして、後から駆けつけた自分達が倒してしまえば「オレの分は残しておけ!」と言うだろう。
「ああ、そうですわ。私、まだ自分の名前を名乗ってませんでしたわね」
 少女はくるりとした瞳で三人を見ながら、微笑むと。
「私の名前は……」
 その時だった。
「フォンシー!」
 バーカウンターの方から声がする。その声の方向を見ると、これまた目の前の美少女に負けないくらいの美青年が小さく手を振っていた。
「お兄様!」
 その姿を見て、少女はにっこりと微笑んだ。
「あの、宜しかったら私と一緒に来ていただけませんか?」
 お兄様の所まで。私を助けていただいたとご報告したいんですの。
 屈託なく笑う極上の美少女。大概の男なら、惚れてしまうのではないかと思う程の微笑み。
 だが、三人にはその微笑など目に入っていなかった。
 目に入っていたのは。
 今にも爆発しそうな感情を抑えてにっこり笑っている見覚えのある、黒いドレスの女性。
 美青年の隣に座っているのが不思議でしょうがない状態だ。
「あ、えっと、あちらの方は……?」
 少し上擦った声で、ラッセルが少女に問う。
 そうすると、少女はまるでそれが自慢だと言わんばかりに。
「私のお兄様。エドワード・エルリック、ですわ」
 そう言い切った。
 はて、どこかで聞いた名前だ。なんて思えたらどれだけ良かっただろう。
 それは、どう聞いてもあそこに座っている爆弾の名前だ。
「国家錬金術師、なんですの。凄いでしょう?」
 こっかれんきんじゅつし、ときましたか。
 三人はどこか遠い目で引きつった笑いを浮かべ、「へぇ…」とだけ呟く。それじゃ間違いなく二つ名は。
「鋼の錬金術師、と呼べば分かっていただけるかしら?」
 どこか悪戯っ子のような笑みを浮かべて少女は言う。
 どこの諺だか知らないが「二度あることは、三度ある」と言う諺が確か存在したなぁ、とアルフォンスは思いながら隣の二人を見た。
 昔、その名前を名乗っていた二人は既にもう、そこら辺の石柱となんら変わりはしない。
「それから、ああ、何てことかしら。私、自分の名前を名乗る途中でしたわね」
 ちょっと慌てたように口元に手をやってから、少女ははっきりと言った。ここでエドワードの言葉を借りるなら「言い切りやがった」である。
「私の名前は、アルフォンス・エルリック。鉄の錬金術師、ですわ」
 きゃは。
 そんな笑い声が聞こえたか聞こえないかは定かではないが、ここでアルフォンスの思考回路がぷっつりと途切れた事は誰も責められないだろう。
 こうして、エデンでの珍騒動の幕はきって落とされた。





 誰か嘘だと言ってくれ。





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