どうせやるなら派手に行け。 二度と二度と。 こんな馬鹿な事が起こらないように。 【Fantasista 11 通りすがりの錬金術師】 かーんと勢い良くすべる刃物。 それを落とした男は、一瞬ぽかんとした顔を見せたが、ド三品という言葉に顔を赤くさせ拳を作るとエドワードに向けて振り下ろす。 それを両腕を交差させ受け止めると、その反動を利用してエドワードは飛び上がり、男の顔にヒールをお見舞いした。 「な……」 声をあげたのは、偽エドワードのエディ。 そんな事を気にせず、エドワードは次の一手とばかりにしゃがみ込むと顔を押さえた男の脚を払う。どたん、と大きな音を響かせて横腹を打った男は呻くように顔と腹を交互に押さえた。 その時、固まったままの空気だったフロアだったが、エドワードを危険分子と察知した黒い太陽の面々が、人質である人間を放置して一斉にエドワードに飛びかかろうとした瞬間。 「あのなぁ……」 赤いドレスの裾を翻したエドワードの前に、見慣れた男が二人。 エドワードの蹴りが入るより先に、薙ぎ払う様に数人の男を一度に吹っ飛ばす。それはもちろん。 「もう、無茶するんだから…」 刃物をものとせず、自分の左腕で受け止めたアルフォンスと。 「全く、もうちょっと物事考えろよ」 落ちた眼鏡を拾いなおし、ぐしゃりと握りつぶしたラッセル。 その、二人の姿。 「アレクサンダー様? ラインハルト様? ……」 いつもと違う、いや、いつもの二人。ここに来てから形を顰めていたアルフォンスとラッセルの本性。それを目の当たりにした、フォンシーが戸惑うのも無理は無い。 援軍を頼んだのか、そこにいる錬金術師ご一行様を囲むように黒い太陽の面々が集まってきた。この作戦にはかなりの人員を割いたのだろう。あっという間に金色のフロアが黒い色で覆い尽くされる。 「こんなにいたのか」 「なんか虫みたい…」 「おい、二人ともぼけっとするなよ」 フロアを埋め尽くさんばかりの黒い太陽の面々に少々面食らったのか、エルリック姉弟は目をしぱしぱとさせた。 「エリー!」 ぐい、と腕を引かれる。 そこにはエディがいて。刃物で脅されていた時とは違い、いつもの軟派な空気を取り戻していた。なんて現金。エドワードがそう思うのも無理は無い。 「何だよ」 「いきなりどうしたんだい? 君らしくも無い」 「オレらしい? どんなオレを見てそんなこと言ってるんだ?」 エドワードはエディの腕を振り払い、その金色の強い視線で捉えた。 「君はいつもオブシディアンのように…」 「そんな事言われたこと無いんでね。それより、てめぇは自分の妹を守る事だけ考えろ」 「は…?」 「兄妹揃って馬鹿なのか、お前たちは」 「ば、馬鹿って…」 「今の状況を考えろ。てめぇらは利用されてるだけなんだよ」 「え…?」 「錬金術、使えるんだろ」 例えそれが、物質を変えることしか出来ない程度であったとしても、エディは間違いなく錬金術師。少なくとも、自分の事は守れるだろう。そうでなければ、自分達の名前を騙れる筈が無い。 「さて、どっから行くかな」 呆然としているエディを横目に、エドワードは目の前の黒い太陽たちを見た。間合いを計るかのように、黒い太陽はじりじりと少しずつ移動している。 「兄さん」 アルフォンスがそっと、エドワードの耳元で名を呼んだ。 「どうした?」 「いまフレッチャーが錬成陣を書いてるから」 「え?」 「お客さんと黒い太陽の間に壁を作るように。それまで時間稼ぎしておいて」 「オレかお前が作った方が早くないか?」 「そうもいかないでしょ、エリザベス」 軽口を叩くアルフォンスに不安の色は無い。そしてまた、エドワードにも不安の色は無かった。 四人揃えば無敵。何故かそう思えるから。 錬成陣を描く事無く、錬金術が使えるエドワードとアルフォンス。攻撃も出来る補助のスペシャリストのラッセル。そして、一度に三つの練成陣を操れるフレッチャー。無敵といわずしてなんと言おう。これにロイが加われば文句なしの無敵集団だ。ロイの懐刀と言われる理由も納得できる。 「じゃ、ともかくぶっ倒しゃいいんだな」 にやり、とエドワードは笑った。 「そういう事だ」 ラッセルは地面に小さな練成陣を描く。その姿をみたフォンシーは驚いたように声を震わせた。 「錬金術、師……」 自分以外に出会ったことはないのだろうか。もしくは、使えないかのどちらかだ。そうでなければ、こんなに青ざめた顔はしない筈だ。 「あら、鉄の錬金術師さんは錬金術をご存じないのかしら?」 エリザベスのように、けれど、その瞳はエドワードのままでからかうようにそう言う。 「貴方達は……」 ぱん。 エドワードは両手を合わせてゆっくりと離すと、そのまま床に押し付ける。そうすると光の粒子がきらきらと舞い、錬成の光が放たれた。 「こんなことくらいしか出来ませんけど」 床から現れた、槍状の刃物。それをくるりと一回転させると、口角を吊り上げて笑う。 「さ、暴れるか」 「賛成」 「サポートは任せておけ」 ラッセルは地面に描いた錬成陣に両手を当てると、そこから植物の根のようなものが這い出て来た。 「何だよこれ」 「ここは、元々マフト湿原なんだ。眠っている植物の種にちょっと、な」 ラッセルの錬金術は独特だ。 植物の成長を働きかけたり植物を利用したりと、有機物の合成を得意としている。エドワードもアルフォンスも分からない理論を用いているのだろう。 うねうねと這い出た植物は、黒い太陽を端から絡め取る。その異様な状況に、黒い太陽は半分パニック状態だ。サポートを任せろといっただけの事はある。 「オレの分は残しておけよ」 エドワードはそんな事をいいながら、パニックに乗じて逃げ出している黒い太陽の背中を槍状の柄で小突き、反対にいた黒い太陽の銃器を薙ぎ払った。 「兄さんは一人で頑張りすぎ」 そう言いつつ、アルフォンスは両手を合わせると、エドワードと同じようにゆっくりと離し、床ではなく自分の腕に押し当てる。これが、アルフォンスが鉄の錬金術師と呼ばれる所以だ。血中の鉄分を凝固して表面に持ち出し、体中の好きなところを金属に変えてしまう。おそらく、アルフォンスにしか出来ない芸当だろう。 その三人の動きをまざまざと見せられたエディは目を丸くし、ぽかんと口を開けている。フォンシーもまた然り。 自分達の見た事の無い、常識を超えた錬金術。そして、その体技。 エドワードは小さな体を利用して最小限の動きをしながら、つぎつぎとその槍状の刃物で敵を薙ぎ払う。アルフォンスは自分の拳に力を込めて、流れるように急所を狙って拳を振り下ろす。ラッセルは練成陣を操りながら、両足で器用に応戦する。 異様な光景だったが、効率はかなり良い。 包囲した黒い太陽が敗北の色を滲ませるほどには。 跳ね飛ばされるように壁に激突する黒い太陽の面々を、何が起こっているのか分からないフロアの客達は、瞬きを忘れてそれを見ていた。 その時。 がんがんがん! 黒い太陽と、客達の間に壁がそそり立った。 フレッチャーの錬成陣が成功した合図。にやりと笑ったのは、歩く人間凶器の三人。 「さあ、これで人質はいなくなったぜ。首謀者はどいつだ?」 エドワードは赤いドレスの裾を靡かせて、赤い牙の生き残りである男に尋ねた。 しかし、忘れてはいけない。男は赤い牙。エドワードはそれを失念していた。 赤い牙は独特の火薬を利用して爆破を得意とするテロ集団。男が、その火薬の配合を任されいていた一人だと知るものは男自身のみ。 蹲っていた男はにやりと笑い、懐から筒状のものを取り出す。それは、赤い牙がもっとも得意とした爆弾の形状。 「てめぇ!」 背筋に冷たいものが転げ落ちる。 男は自爆する気らしい。それが、赤い牙のやり方だ。 フロアの客達は心配要らない。ここで爆発すれば、被害にあうのは黒い太陽。そして、自分達と、偽エルリック兄妹。 エドワードは男の鳩尾に蹴りを入れるが、男が火を点ける方が早かった。 一瞬甦るのは、赤い牙と対峙した時。 あの時は、爆弾を錬成した壁の中で爆発させたけれど、今度はそうも行かない。 「アル! ラッセル!」 「了解!」 エドワードの言葉に、二人の言葉が重なった。 アルフォンスが、偽エルリック兄妹を守るように壁を錬成し、ラッセルが黒い太陽の面々を壁に縫いとめる。そして、エドワードは男から奪った爆弾をスカーと同じ要領で分解を試みる。 「くそ!」 間に合うか。 きぃんと妙な金属音が響き、爆弾は解体されていく。だが。 ぱーんと言う音と共に、空中を埋めた火薬に火が引火し小規模な爆発が起こってしまった。 「兄さん!」 アルフォンスが飛び出る。 その前に、エドワードを囲むように壁が現れていた。 「大丈夫ですか!」 壁の向こうから、フレッチャーの声。 どうやら、フレッチャーが二つ目の練成陣で作ってくれたらしい。 けほ、と咳をするエドワードは手を振って無事を知らせていた。それを見たアルフォンスとラッセルは深く息を付く。 「き、君たちは」 震える声のエディにラッセルが意地の悪い笑みを浮かべると。 「通りすがりの錬金術師、ってとこかな」 と、得意気に言ってのけた。 誰も傷付かないように。 誰も馬鹿な真似はしないように。 これ以上、こんな事があってたまるか。 |