正義の味方でもない。 偽善者になるつもりはない。 正直に生きていたい。 願いはそれだけ。 【Fantasista 10 ここで会ったが百年目】 赤い牙、の言葉にエドワードとアルフォンスは顔を見合わせる。 赤い牙は、当時東方司令部の管轄下で名を轟かせていたテロ集団だ。爆発物を使ったテロを得意とし、数年前、ロイの指揮によって殲滅された筈。 生き残りの最後の一人も、エドワードが捕らえたのに。 それなのに、あの男は赤い牙だと名乗った。 「兄さん…」 「ああ、まずいな」 最初はユートピアが絡んでいると思った、エデンの占拠。しかし、赤い牙が絡んでいるなら話は別だ。しかも、ロイ・マスタングの名前を出したなら、尚更に。 「あいつらに分かる話じゃねぇしな…」 エドワードは綺麗に結い上げた髪を下ろして、いつものように三つ編みをする。 「おい、エドワード」 「何だよ」 「お前等、赤い牙と接点があるのか?」 「ああ、何年か前に殲滅の任務があってな…」 苦虫を噛み潰したような顔でエドワードは、ちらりと入り口の方を見た。 真っ青になった偽者が二人、突きつけられた銃に怯えている。 何があったのかは知らないが、浅はかな兄妹。よりにもよってエルリック姉弟を名乗るだなんて。 「どうした、フレッチャー」 「ね、兄さんおかしくない?」 「何が?」 「ゾルゲは、どちらかと言えば中将に敵対心を燃やしている」 「うん」 「でも、ユートピアに懐刀の鋼鉄のエルリック兄弟に護衛を頼んだ」 「そう、だな」 「もしかすると」 その後の言葉は、誰が言わずとも分かった。 「汚ねぇやり方…」 何のことはない。 ユートピアの保護の任務が森羅の錬金術師に下ったのを知って、ユートピアの密輸を見限ったのだろう。シャングリラ側を騙して。 あと数時間もすれば、ゾルゲの指揮下の人間がなだれ込むに違いない。ユートピアの密輸と、黒い太陽の捕獲、そしてエルリック兄弟が密輸に関わったと言う事実を握る為に。 何のことはない、皆、ゾルゲの掌で踊らされているだけだったのだ。 「エリザベス・マスタング!」 突然名前を呼ばれる。 何のことかと振り返ると、偽者たちが自分を見ていて。 「どこだ、エリザベス・マスタング!」 …どうやら偽者たちが口を滑らせたらしい。ロイ・マスタングの血縁者がいると。 「兄さん」 「しょうがない、一芝居打つか」 エドワードはすっと立ち上がり、背筋を伸ばした。 「私が、エリザベス・マスタングですわ」 凛とした声。 その声に、その場にいた人間達は、ある意味納得する。 このフロア中の視線を集めていた少女だ。いまや国土に名を轟かすロイ・マスタングの血縁者と言われれば納得が行く。 「そうか。ならこっちに来い」 兄さん、と声が聞こえた。 エドワードは大丈夫、と告げると慣れた足取りでリーダー格の男の傍に近寄った。 「まだガキじゃないか」 男はふん、と鼻を鳴らしてエドワードを値踏みするような視線で見る。 てめぇ、脳天かちわるぞと言わなかっただけありがたいと思ってもらいたい。エドワードは言葉を飲み込むと、怯えたような素振りを見せて、偽エドワードの隣に立った。 「ロイ・マスタングが夢中になってる女はどっちだ?」 一瞬、エドワードの表情が呆ける。この男は何を言っているのだろうと言わんばかりに。 「正直に言え、ロイ・マスタングの女はどっちだ!」 眩暈がした。 人の噂は正しくないという事実が、ここでいま立証されている。 少なくとも、ロイ・マスタングを知る人物なら、まずエドワードとアルフォンス、そしてラッセルの事を知っているだろう。 そして、そんな根も葉もない噂を信じない筈だ。 しかも、娘のエドワードを捕まえて自分の女だなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。 「わたくし、ですわ!」 何を言い出すんだこのバカ、とエドワードは目を丸くする。 フォンシーは震える声でそう言うと、男は「ロイ・マスタングに幼女趣味があったのか」とぼやいた。 「よし、分かった。おい、お前」 「はい…」 フロアの責任者らしい初老の男性に声をかけると、男は。 「中央司令部に電話をしろ。ロイ・マスタングに繋いでお前の女は預かったと」 刃物で威嚇された男性は慌ててフロアから立ち去る。それを満足そうに見送ると、ちらりとエドワードを見た。 顔色が真っ青である。 アルフォンス達がいれば、大丈夫? と詰め寄るくらいの顔色だ。 「お前も人質だ」 「………」 返す声も無い。 ロイに、迷惑をかけてしまった。 自分達がここにいる所為で、ロイの立場を危うくしてしまった。 もし、大人しく健康診断を受けていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。エルリック兄弟なら自分の傍にいると、そう言い切れたかもしれない。 なのに。 隣の馬鹿は自分がロイの女だと言い出すし、偽者は役に立たないし。 て言うか、これは誰が悪いんだ? エドワードは口元に手を当てて考え込む。 悪いのは偽者でもこの男でもない。ゾルゲだ。全ての元凶はゾルゲにある。 「しかし、エドワード・エルリックがここまで情けない男だと思わなかったな」 にやりと男が笑った。 「てめぇの身の安全のためには、女子供の情報を外に漏らすとは」 その言葉に、エドワードは、はっとして偽エドワードを見る。 「おい…」 我慢は限界だった。 「お前、妹の事を売ったのか?」 エドワードの瞳の中に、エリザベスはいない。そこにいるのは、鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだ。 「し、仕方ないだろう。こ、このフロアの人間全てを人質に取られたんだから」 「それから、そこの馬鹿」 「ば……」 馬鹿、と言われてフォンシーは顔色を変える。真っ青だった顔色が、真っ赤に変わった。 「あなたに、馬鹿と言われる筋合いは…」 「根も葉もない噂を肯定する馬鹿はお前だろう。見栄なんていらないもん捨ててしまえ」 妙に落ち着いた声で言うと、エドワードはゆっくりと男を見て。 「女を人質に取らなきゃならないくらいの三下に、中将は屈しないさ」 それは、一瞬だった。 ふわりと飛んだエドワードが、ヒールの高い靴で男の手から刃物を蹴り落とした。 「!」 「どうした? かかってこいよ、ド三品」 エドワードの怒りが、頂点を越えて、とうとう噴出す。 そうして、火蓋は切って落とされた。 正義の味方? 冗談じゃない。 ただ、自分の為に生きているだけ。 ここで会ったが百年目。 逃がしはしない。 |