たまに、人生とは面白い出来事を連れてくるもので。
 それは、いつ起こるか分からない。
 明日かもしれないし、明後日かもしれない。
 もしかしたら、ずっと先の事かも知れない。
 ただ、今はそんな事どうでも良くて。
 今、言えるのは。



 今この時が、これ以上無いくらいびっくりする出来事だという事だけだ。





【Fantasista 1 笑えない話】





 走る御殿と呼ばれる「ノア」から一同が下りたのは、日も沈みかけた黄昏時であった。
「方舟、ねぇ」
 エドワードは自分の乗ってきた趣味の悪い列車を見上げると、ぽつりとそう零す。
「ずいぶんとまぁ、派手な方舟だよな」
 ノア。
 とある宗教の聖書の中に出てくる、方舟。人間の一家族及び一つがいずつの動物たちとともに乗りこみ、神が起こした大洪水を生き延びた時に乗っていた船の名前である。ノアの方舟といった方が良いだろうか。
「シャングリラにユートピアにノア…次に出てくるのは、エデンかな」
「大当たりだ、アル」
「え?」
「今回、その場所を重点的に探ろうと思ってる」
 そう言ってラッセルが見やった方向には、これまた趣味の悪いごてごてとした装飾の建物。まるでどこかのお城のようだと、そこにいた四人は思った。
「何だ、あれ。城か何かか?」
「違う、ホテルだ」
「ホテル…?」
 ホテルと言うには豪奢な、城と言うには悪趣味なそれ。そのホテルの名前が、まさしく「エデン」であった。
「なんだ、ここはあれか。頭のめでたいヤツが作った街なのか?」
「軍の偉いヤツらが考えた事だ。どこかに民衆がたまった鬱憤を晴らす為の場所が必要だったんだろ」
 現実とはどこか違う、街。
 確かにこの場所からは、争いの声も戦いの傷も疲れた人も見えない。きらきらと輝く光や趣味の悪い装飾の建物が、それを覆い隠している。
 田舎で走り回り、自然と慣れ親しんだ四人にはここが滑稽な理想郷にしか見えなかった。
「兄さん」
「何だ?」
「…ごめんなさい」
 周りの景色に圧倒されていると、フレッチャーが一言呟く。
「こんなにごちゃごちゃした街だとは思わなくて……」
 これでは、羽を伸ばすどころか疲れてしまう。
 やっぱりもうちょっと考えて行動するべきだった。
 フレッチャーは俯いて、じっと幾何学模様に並べられた煉瓦の地面を見つめる。
「そんなことないよ、ねぇ、兄さん」
「ああ、大丈夫だ、フレッチャー」
 そんなフレッチャーの頭をぽんぽんと叩いて、アルフォンスとエドワードは笑う。
「目的地がどこにしろ、この四人が一緒ってのは珍しいからな」
 この四人が一緒だった時は、あまり良い事が無かった。カール・シェスターの事件。エメロード・クリスティの件。それ以外は、大体セントラルで何らかの任務ですれ違うのが殆どだった。
 だから、こうして国家錬金術師の任務の事はあるけれど、四人一緒と言うのは珍しい。
「ボク、一度ラッセルたちと旅がしてみたかったんだよね」
「お前、結構前から言ってるよな、それ」
「うん」
 アルフォンスは、今回の事が余程嬉しかったのかにこにこと笑っている。
 エドワードも何だかんだで楽しそうだ。
「………やろう」
「え?」
「何でもないっ! ほら、行くぞ!」
 ラッセルは鞄を持ち上げてすたすたと歩き始めてしまう。
「あ、待ってよ!」
 それを追う様に、アルフォンスが鞄を持って後を追う。
 そんな二人の姿をみたフレッチャーは何とも言えない顔をして。
「兄さんと同じだ」
 ぽつり、と一言呟いた。
 いつか、アルやエドワードと一緒に旅が出来たら良いのにな。
 楽しそうにそう話すラッセルをフレッチャーは知っている。
 何だ、一緒だったんだ。
 みんな、一緒だったんだ。
 そう思うと、温かいものが込み上げてきた。
「どうした? フレッチャー」
 鞄を持って歩き出そうとしていたエドワードが振り返り、フレッチャーを見る。
「今、行きます」
 ふと自分が考える事に集中していた事に気づいて、フレッチャーは笑顔を見せるとエドワードの傍に駆け寄った。





「正直言うとさ…」
「……安心しろ、多分言いたい事は一緒だから」  
 これなら、何だか心霊現象が起きるよと言われている古城なんかの方がマシだなぁと誰もが思っていた。
 それ程に、エデンの装飾は趣味が悪かった。いや、単に四人の趣味に合致しないと言うだけかもしれないが。失敗したロココ建築。どう見てもそうとしか思えなかった。装飾品の殆どが金色を帯びている所為かも知れない。
「兄さん、目が痛い…」
 目をぱちぱちさせて、フレッチャーが言う。
「ねえ、ラッセル」
「何だ?」
「泊まるとこだけ別にしない?」
 確かにこの場所には様々な情報が集まりそうだ。
 街で一番大きなカジノはここにあるし、遊興施設も整っている。先ほどから見れば様々な人々が行き交い、ここが中心地と言っても過言では無いだろう。
 だが、そこに泊まるとなると。
「多分、部屋も凄いと思うから…」
 豪華絢爛、装飾過多。もしかしたらベッドには天蓋なんかがついてるかもしれない。
「さっき、向こうに普通の宿屋があったぜ?」
 ここに来る途中、小さな宿屋が一軒あった。近くにこんな派手なホテルが建っているにも拘らずやっていけてるらしい。
「そっち、行ってみるか?」
 そこで、反対の声は上がらなかった。
 国家錬金術師だろうがなんだろうが、立派な小市民の四人にはこの場所にいる事が限界だったのだろう。
「じゃあ、さっさと動くぞ」
 宿屋を決めてから、直ぐに情報収集にかかったほうがいい。
 この街は夜に動く。もう、夜はそこまで来ていた。
 四人は鞄を抱えると、早足でエデンのロビーを抜ける。
 それから整地された路地を歩き、目ぼしい店にチェックを入れながらエドワードが見つけた宿屋へ足を運んだ。
 その宿屋はお世辞にも立派とは言えないものだった。
 特に、高級そうなホテルの立ち並ぶこの界隈でやっているとは思えない感じだ。どちらかといえば、小さな町の宿屋のイメージが近い。煉瓦で出来た、小さな宿屋。まるでそこだけ切り取ったかのように空気がのんびりとしている。
「よし」
 最初に手を伸ばしたのはエドワード。
 一枚板で出来た扉を開けると、中は木造で柔らかな空気に包まれている。外の喧騒が、嘘のようだ。
「あのー、誰かいませんか?」
 アルフォンスが声をかけると、カウンターの奥から品の良い年老いた女性がやって来る。そうして「いらっしゃいませ」と柔らかな声で言うと、カウンターの下からさっと紙を取り出した。
「四人なんですけど、泊まれますか?」
「四人さまご一緒で?」
「…はい、出来れば」
 アルフォンスは少し迷ってからそう答えた。
 ツインの部屋があるなら、エルリック姉弟とトリンガム兄弟に分かれるべきだろう。だが、今回は任務の事もある。出来れば同じ部屋の方が良いのだけれど。
「そちらの、女性の方も宜しいのかしら」
 女性。
 そう言われて、エドワードは目を丸くする。
 初対面で、エドワードの性別を見抜く人間は、まずいない。隠そうとしているわけではないが、その振る舞いや格好の所為か少年に見られる事が多い。それなのに、この女性はエドワードを女性と見抜いた。
「あ、はい。大丈夫です」
 基本的にエドワードは柔らかな空気の女性に弱い。丁寧に返すと、女性は笑って「じゃあ、三階のお部屋を用意しますね」と手元の紙にさらさらと何かを書いた。
「どなたがチェックインなさるのかしら」
「あ、俺が」
 ラッセルがカウンターに近付く。そうして必要事項を記入し鍵を受取った。
「三階のお部屋は四人部屋のみですので、階段を上がって直ぐのお部屋をお使いください」
 そう言って女性は微笑む。
 四人は軽く礼をして、そのまま階段を上り扉を開けた。
「あー、なんかほっとする」
 入り口に近いベッドをアルフォンスとラッセルが陣取り、窓際のベッドをエドワードとフレッチャーが陣取る。
 何となくだけれど、決まっていた形。
 ぽすん、とベッドの縁に腰掛けてアルフォンスは笑った。
「うん、いい宿屋だよね」
 フレッチャーもベッドに腰掛けてつられるように笑う。
 部屋の中には四つのベッドと窓際に小さな机が一つ。所謂屋根裏部屋だ。しかし、きらきらしたものばかりを見てきた四人にとって何より心が落ち着く場所だった。
「確かに、いい場所だよな。これなら他じゃ出来ない話も出来そうだしな」
 簡単に荷物の整理をしながら、ラッセルも嬉しそうに笑う。
 同じフロアに他に客がいないというのも好都合だった。
「っと、こんな事してる場合じゃなかったね」
 アルフォンスはちらりと壁にかけてある時計を確認すると、立ち上がる。
 もう、夜は近い。情報を集めに行かなくては。
「さっき、通りに店あったよな?」
「仕立て屋さん?」
「馬鹿、今から仕立てたって間に合うか。とりあえずきちっとした格好が出来れば良いんだよ」
 カジノへの立ち入りは正装が決められている。他の遊興施設を使うにしても、夜は正装していく方が都合がいい。
「…兄さん、カジノって子供が入れるの?」
「ん? ああ、賭博自体は出来ないが入るのは許可されてるよ」
 カジノの客には家族連れも多い。その為、子供だけでは入れないが保護者が同伴していれば入ることだけは出来るのだ。現に、カジノの中には子供が遊べそうな場所がいくつかある。
「とりあえず、さっきの店に行くか」
 服装なんてどうにでもなる。それより今は時間が惜しい。
 四人は慌しく宿屋を後にした。





「おい、お前ら」
「何?」
 エドワードと目を合わせないようにしている三人。
 その姿は、所謂タキシードと呼ばれる正装に身を包んでいる。
 カジノは正装、と言う規則の所為かシャングリラにはタキシードやドレスを置いている店が多い。多少他の街より値は張るが、持っていない者はここで揃えた方が間違いないだろう。
「さっきから笑いを堪えてる気がするんだが、気のせいか?」
 ぴたり。
 足を止めると、エドワードは振り返って微笑む。そうして。
「言いたい事があるなら、はっきり言え!」
 仁王立ちで腕を組むとそう言った。
「兄さん、兄さん! 往来でそれはちょっとまずいよ」
「まあ、いろいろあるだろうが落ち着けって」
「落ち着いていられるか! ちくしょー!」
 アルフォンスとラッセルがエドワードを何とか宥めようと声をかけるが、エドワードには届かない。とりあえず人気の無いところに四人は一旦隠れてエドワードの気持ちが落ち着くのを待った。
 しかし、そう簡単に落ち着くはずも無く。
「もういい。オレは町で情報を仕入れる!」
「んな事言ったって…もう、エデンはそこだぞ?」
 夜の闇の中、きらきらと強烈な輝きを放ちながらエデンはその存在を主張していた。もうすぐそこなのだ。ふと街を見ればエデンへ向かう人々が見える。絶好のタイミングだ。
「大丈夫、大丈夫だから!」
「何が大丈夫何だよ、アル!」
「いや、うん、見れない事は無いからな、ほら」
「何だと!」
 不夜城と呼ばれる街。夜が終る事は無いけれど、人が多いのはこの時間帯。アルフォンスとラッセルは視線を合わせると、こっくりと頷きエドワードを見た。
「兄さん! このままエデンへ行ってくれないと、ここで泣くよ?」
「俺も今回は泣く!」
「お、お前ら……」
「泣いてやるとも、ああ、泣いてやるさ。駄々こねてやるよ」
「兄さん、お願いだから一緒に行こう?」
 二人の弟とも呼べるべき人間は、エドワードに詰め寄ると本気で泣こうと試みる。
 フレッチャーはどうなった!
 声にならない叫びを上げ、エドワードはフレッチャーを見る。
 無言で、その上涙目でエドワードを見ていた。
「………」
 こいつらは!
 怒りたいのを我慢して、エドワードはぎゅっと拳を作る。
 大体、人の弱点を突くやり方が汚い。長子気質の強いエドワードは年下の涙に弱かった。今回の作戦は、それを見事に利用している。
 ラッセルが、この任務を引き受けた理由は分る。
 希少な植物を守りたいという気持ちは分る。
 しかも、それが横流しされているという事に憤りを感じるのも分る。
 だが。
 これだけはいただけない。
 何となく、自分のプライドが許さない。
 葛藤に次ぐ葛藤だった。
 そうして、エドワードが出した答えは。
「あー! もー! 分ったよ!」
 もう、理想郷だか桃源郷だか楽園だか言う所に乗り込んでいくというもの。もう、それしか選択肢は残されていなかった。
「ちゃんと情報を仕入れなかったらぶっ飛ばすからな!」
 ここまでして、情報を手に入れに行くのだ。手に入らないで終らされては困る。
 腹を括ったエドワードを見て、アルフォンスとラッセルは一息ついた。これで、大丈夫。エドワードは一度やると言ったらきちんとやってくれる。だから問題は無い。
「でも、兄さん」
「何だよ」
「どっちに怒ってるの?」
「あ?」
「その服? それとも…サイズが無かったから?」
 かちん。
 エドワードはくるりと顔を横に向け隣のアルフォンスを見る。その目は笑っていなかった。
 どうやら、後者が理由らしい。
 先ほど入った店で、エドワードに合うサイズのタキシードが無かったのだ。フレッチャーは最近背も伸びてそれなりに合うサイズがあったのだが、子供サイズでは小さく大人では大きすぎる。困り果てた所に、店員が持ってきてくれたのが今来ている服なのだが。
 店員曰く「黒の大人ロマンティックなツーピース」らしい。
 もう少し言葉を借りるなら、「トップスは、首の付け根近くから袖下まで大きく斜めにカットして肩を露出した袖ぐりで、バックスタイルは花柄のレースをあしらったロマンチックな雰囲気を演出。スカートはバックスタイルに合わせたレースを見せるダブルスカート。センターのシャーリングからスリットが入りレースのデザインを際立たせる」だそうで。
 まあ早い話がフォーマルドレスと言うヤツだ。
 それは小柄なエドワードのサイズもあり、時間が無かった為それを購入したわけなのだが。
 どうにも、自分だけサイズが無かったのが気に食わないらしい。その上、まあ珍しい格好といえば珍しい格好なので他の三人が目を合わせ辛かった事も災いしていたようだ。
「ま、ほら、な? どんな格好でも正装は正装だから。行こうぜ」
 また雲行きの怪しくなりそうな雰囲気に、ラッセルは慌ててエドワードの手を引いてエデンへ向かう。
「あ、ちょっと待って!」
 それに続いて、アルフォンスとフレッチャーがその場所を離れた。





 エデンのカジノは、予想通り盛況だった。
 人々は、外でどんな出来事が起こっているのかなど忘れたかのように、遊ぶ事に夢中になっている。
 きらきらと光を零すシャンデリア。ざわめくフロア。色とりどりのドレス。
 酔いそうだ。
 エドワードはカウンターに付属した椅子に浅く腰掛けて、辺りを見る。
 情報はこれといって大きなものは無かった。他愛も無い世間話や醜聞。女性の話と言うのはあまり当てにはならない。確実に、権力のありそうな人間に近い人間でなければ、きっと情報を握っていないのだろう。
 カウンターに頬杖をつき、溜息を一つ。
 本当ならまだ情報をかき集めたい所だけれど、慣れないヒールの高いサンダルを履いたお陰で足が痛くて動けそうに無かった。
 ちょっとだけ休んだら、また動こう。
 三人は今、このフロアの中を縦横無尽に歩き回っているに違いない。ユートピアの情報を求めて。そんな事を三人にだけさせておくわけには行かない。手伝うと約束したのだから。
「………」
 明日になったら、タキシードを仕立てよう。
 こんな今にも折れそうな靴やひらひらした服じゃ、動き回るにも動き回れない。
 女ってすげぇ。
 純粋に感心しながら、髪を束ねていたコサージュを取る。時間が無くて纏める事が出来なかった髪は、右耳の横で束ねてコサージュをつけていた。しかし、このコサージュが耳の辺りにあたってくすぐったくてしょうがないのだ。
 取ったコサージュを手で弄びながら、フロアを眺めていると。
「こんばんは」
 すっと、一人の男がエドワードの前に現れた。
「…こんばんは」
 こう言った場所では、それなりに社交辞令も必要だ。エドワードは小さな声でそう返すと、男はにっこりと笑って。
「向こうから、貴女の憂い顔が見えましたので」
「はぁ……」
 だから何だと言うのだろう。
 憂い顔と言うより、苦虫を噛み潰した顔に近かった筈だとエドワードは思っている。
「どうやったら貴女は微笑んでくれるのだろうと思ったのです」
「そう、ですか……」
 変わった男。エドワードはいけないとおもいつつ眉間に皺を寄せて男を見た。
「どうしたら微笑ってくれますか、オブシディアンの姫君」
 オブシディアン―黒曜石、だが、今何故その単語が出てくるのか、エドワードにはさっぱり分らない。おそらく、黒のドレスだからだろうけれど。
 まあ、そのオブシディアンは置いといて、それより何よりどうして姫君などと呼ばれなければならないのか。
 理解できないものを見る目でじっと男を見ていると。
「おっとこれは失礼。姫君を微笑ませる騎士の大役を頂こうと思っていましだが、僕は貴女に名すら名乗っていませんでしたね」
 ここでウィンリィがいたならば、「ナンパよナンパ。放っておきなさい」と言ってくれるであろうが、今ここにウィンリィはいない。そして、これを軟派男だとエドワードに説明してくれるであろう三人もフロアの中に。助けを求めるのは無理な状況だった。
 そんな状況の中、エドワードは相変わらずの表情。
 男は、軽く肩を竦めるとエドワードが弄んでいたコサージュを取る。
「あ…」
「オブシディアンの貴女も捨てがたいけれど、どうせなら」
 エドワードがつけていたのは、黒いコサージュ。ドレスと同系統のものだ。
 それを男は微笑んで手の上に乗せる。
 すると。
 ぴし。小さな音がして、男の手の辺りに光の粒子が散乱する。
「!」
 見た事のある光景。これは、間違いなく。
 驚いた様な顔を見せるエドワードに向かって、男は満面の笑みを浮かべながら真っ赤に変わったコサージュを差し出した。
「きっと貴女には赤が似合う」
「………」
 手渡された赤いコサージュ。
 これは、手品なんかじゃなくて間違いなく錬金術。
 まあ、錬金術を学んでいる人間はかなりいるのだけれど。
「錬金術…」
「その通りです、姫君」
 ぼそり、とエドワードが零した言葉に男は嬉しそうに微笑むと。
「申し遅れました。僕の名前はエドワード。エドワード・エルリック。鋼の錬金術師です」
 金色の髪をかき上げて、そう言った。





 嘘じゃなくて、冗談じゃなくて、本当に始まってしまった笑えない話。





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