それは、目覚めた夜の夢 宵の明星と明けの明星が交わる場所 始まるのは 夢か 現か 幻か 今は誰にも分からない 【Fantasista 序章 始まりは夜の帳】 その場所は、南方の外れに位置する。 比較的温暖な気候が幸いしてか、観光地として名高いその場所。 シャングリラ。 安易なネーミングセンスである。そのままの意味でしかない。 元々広大な湿地帯で、マフト湿原と言われていたその場所に、近年観光都市が作られた。賭博を禁じられた世の中で合法で賭博が可能な場所。そう言った場所には他の遊興施設も集まり、乗じてその他の職種も集まる。おそらく、この場所は今一番アメストリスの中で栄えているのでは無いだろうか。狙ったのか願ったのかはわからないが、シャングリラは今名実共に桃源郷と化していた。 そんな場所に向かう列車は、酷く豪奢で趣味が悪い。 ごてごてと装飾された室内。いたるところが金色に光っている。 これでは、ただの寝台車両の方がマシだ。目が痛くて適わない。 そんな事を思いながら、その場所に似つかわしくない金髪の青年は天鵞絨のカーテンをそっと開け、夜の帳が下りた外を見た、のも束の間。 ちらり、と目の前の人間達を眺めると盛大な溜息を吐いた。 「どういう事か、誰が説明してくれるんだ?」 目の前にいるのも、この列車にはそぐわない金髪の青年たち。 四人で一部屋と言うこの寝台列車の中で、歳若い四人のその個室は異様な空間である事には間違いはなかった。 「物見遊山」 「……はいそうですか、と言えるわけねぇだろ」 物見遊山。その言葉に間違いは無いように聞こえる。今から行く場所は観光地。観光客である事は間違いないのに。 「兄さん、危険な任務じゃないから別に構わないんじゃないの?」 歳若い集団の中でも、一番歳若い青年……とは言えない、まだ子供の部類に入るであろう少年が首を傾げて言う。 「お前か、フレッチャー」 「だって」 「だってじゃない! この馬鹿二人に今回の任務の話話したのはお前か!」 「誰が馬鹿だって?」 ちろり。 立ち上がって拳を作った青年に、青年と呼ぶには少し小さな少年が不服そうに青年を見上げる。 「馬鹿だろ、馬鹿! 危険は無いって言ったって、国家錬金術師の任務だぞ!」 「ラッセル、声が大きいよ」 「んな事、今、気にしてられるか!」 そう言って青年――ラッセルは、今回の任務を共にするであろう愉快な仲間達を見た。 ラッセルに舞いこんだ、一つの任務。それは、希少価値の高い植物の確保。マフト湿原にのみ生息する希少な花を見つけて安全な場所に移植する事だ。 植物に関する錬金術師ならではの任務。今現在、マフト湿原はシャングリラの繁栄に反比例してその規模をどんどんと縮小させつつある。一つの都市が繁栄するための犠牲と、誰もが目を瞑っているのだが、マフト湿原は古来種の植物が多くその中でも今回の花―ユートピア―は群を抜いて希少価値が高い。下手な素人よりは実力のあるもの、その中でも軍部で動かせる上に一人でもその任務が可能なものと言う偉い方々の考えにより、今回、森羅の錬金術師であるラッセルが選ばれたのだ。 「ユートピアはシャングリラの上に」 「え?」 「お前が気にしてるのはこの事だろ」 最近まことしやかに囁かれる言葉。どうも、シャングリラにユートピアを横流ししているものがいるらしい。ユートピアはその希少さ故、どんな理由があるにせよ取引が禁じられている植物だ。ラッセルはフレッチャーに危険が無いと言っていたが、その調査もまたラッセルの任務の一つだった。 「……図星、か?」 「お前、知ってて……」 「だって、ラッセル一人じゃ大変でしょ?」 シャングリラって結構広いし。そう言いながら、アルフォンスは笑う。 「まあ、そう言うことだ」 「…お前らの手助けなんかいらない」 「え?」 「お前ら、俺を誰だと思ってる。森羅の錬金術師だぞ。鋼や鉄に出来た事が、俺に出来ないわけ、ないだろ」 巻き込みたくない。 それが、ラッセルの正直な気持ちだった。 もう半年近く前になるけれど、ラッセルは無二の親友を思い人を軍の任務で失う所だった。そして、その二人の大事な幸せを失う所だった。 そんな思いはもう二度としたくない。だから。 「えーっとね」 重苦しくなった雰囲気の中、フレッチャーがぽつりと。 「つい口が滑っちゃった事は謝ります。ごめんなさい。でも、ね」 「でも、なんだ」 「兄さんも、アルフォンスさんも、エドワードさんも、少しくらい気分転換しても良いと思うんだ」 「?」 眉間に皺を寄せフレッチャーを見るラッセルに、フレッチャーは少し困ったように笑って。 「シャングリラって、カジノが主だけどそればっかりじゃないじゃない? みんなで早く任務を終らせて羽を伸ばしても良いかなぁって」 ずっと、ずっと、ずっと。 何だか気を張り詰めっぱなしで、疲れている人たち。 大事な何かを守ろうとして必死で。 フレッチャーには、いつもふわふわとした温かなものをくれるのに。それなのに、その本人達は硬くて重い。 せめて、少しでも。 兄の任務を聞いたときに、ふと動いた悪戯心。任務も危険なものでは無いし、兄に任務が来たと言えば鋼鉄の錬金術師と呼ばれた二人も動くと思って。 でも、それでも、三人を困らせたのは事実。 「でも、うん、ごめんなさい。もうちょっと真剣に考えれば良かった」 国家錬金術師の任務。それが簡単な筈は無い。 ラッセルにはあって、フレッチャーにはなかった覚悟。 けれど、弟に弱いのはどうもエルリック姉弟の姉だけではなく、この男もまた。 「……わかったよ」 「兄さん?」 「遊びはしないけど、とりあえずお前らに任務は手伝ってもらうことにする」 どか。 すこし乱暴に列車のベッドの縁に腰掛けると、ラッセルは口をへの字に曲げたまま。 「でも、危ない事はさせないからな!」 これは、ラッセルの任務。責任があるのは自分だ。 そんなラッセルを見て、アルフォンスは小さく笑うと。 「わかったよ」 痛いほどよく分かるラッセルの気持ちを察した。 かたんかたん。 列車の揺れる音に掻き消される会話。 「ねえ、兄さん」 「何だよ」 「良かったの? 健康診断の途中でセントラル抜け出して」 「いいの! まったく、この歳になって身長や体重測ってどうするんだ!」 「……体重は測ってたよね?」 「うるさい! いいの! あんまいろいろ言ってるとラッセル達が起きるぞ!」 うるさいのは兄さんだけだよ。 そんな言葉を飲み込んでアルフォンスは毛布を被る。 そんなに嫌だったのかな、健康診断。 もう黙ってしまったエドワードの事を思いながら、アルフォンスはそっと目を閉じた。 そうして、四人にこれまでにない困難が立ちはだかることになるのである。 |