無くしたものも
 崩壊したものも
 多すぎて
 何を選べばいいのかなんてわからないけれど。
 それでも。



 大切なものだけはきっとまだこの手にある。





【アゲハ蝶 17 比翼の鳥】





「……あれで、いいと思うんだ」
 ラッセルは小さくなっていく背中を見つめてぽつりと零す。
「優しい言葉なんて投げかけたら、きっとアルは立ち直れない」
 優しい言葉は時に悪魔の囁きに代わる。
 お前は悪くない。
 お前の所為じゃない。
 そんな言葉を繰り返されると、その優しい方向へ流れたくなる。
 流れていいときもあるのかもしれない。
 けれど、今のアルフォンスは流れるわけには行かない。
 ちゃんと自分の言葉に責任を取って、立ち上がって、前に進まなければならない。
 どんなに重い事実でも、受け止めて。
「親友と言う言葉は伊達じゃない、と言うわけか」
 きっと、アルフォンスとラッセルの二人には、誰も知らない闇が潜んでいる。
 それは、誰もが感じていた事。
 エドワードとアルフォンスが共有する闇ではない、何か。
 二人の間に共有する闇があるからこそ、アルフォンスとラッセルの絆は強固なのだろう。
「それを言うなら、少将だってそうでしょう」
「私が何かしたか?」
「……まるで、父さんみたいだ」
 ラッセルは苦笑してロイを見る。
 アルフォンスが手を伸ばした瞬間の表情。それはラッセルの記憶の中にある父親の顔と重なった。
 酷く真っ直ぐで、真摯な顔。
 アルフォンスの事を、心配していた顔。
「前々から思ってたけど、少将の周りの人たちって、あいつらの家族みたいだ」
 心の底から大事にして、心配して。
 まるで、家族のように包み込んで。
 今回だってそうだ。
 養女に取ったとは言え、エドワードはもうひとり立ちした人間。アルフォンスの後見人と言う立場はあるが、アルフォンスだって立派な国家錬金術師。
 そんな人間達を守る為に、走り回って走り回って画策して。
 ラッセルは、この人たちの優しさを十分に理解している。
 その一片を注いでもらった事があるから。
 だから知っている。
 この人たちの、温かな優しさを。
「今回だって、アルの記憶を取り戻そうとするくせに、エドワードのヤツが隠したがるからそれに付き合ってさ」
 誰も言わなかった。
 アルフォンスに。
 エドワードが、女性で婚約者である事を誰も言わなかった。
 それは、エドワードが望んだ事。
 記憶が無い事が幸せならと。
 元々、エドワードは自分より弟の事を考えてきた人間だ。
 自分の幸せより、アルフォンスの幸せ。
 秤にかけたら、アルフォンスの幸せの方が重かっただけの話だ。
「森羅の……」
「わかってるよ。言わなかったのは、アルのヤツが混乱するかもしれないし、婚約者がいたと言う事実をあの女が知ってそれが原因で子供が流れたらどうしようもなくなると思ったんだろ」
 全ては最悪な事態に転がっていた。
 ただ記憶を失っているだけなら、無理にでも取り戻させただろう。
 だが、アルフォンスには大事な人がいた。
 身重の女性とその弟。
 その二人を守ると言ったアルフォンスに、こちらの事情を押し付けても記憶が無いままなら跳ね返したに違いない。
「……ホント、優しすぎるよ、みんな」
 ラッセルは、優しくなれなかった。
 アルフォンスの隣に、エドワード以外の女がいる事が許せなかった。
 どんなに可愛らしい女性でも身重でも、関係なかった。
 だから、エメロードに対して酷い態度を取った。
 だけど、ロイを筆頭に二人を見守ってきた人たちは、エドワードの幸せも考えた上で、アルフォンスの幸せも考えていたから。
 だから、迷って踏み出せなかった。
 そんな優しさが今回は仇となってしまったけれど。
 エドワードが、アルフォンスが、傷付いてしまった。
 今度ばかりは、手を差し伸べる場所を間違えたのかもしれない。
 それでも。
「でも、その優しさがあったから、みんながいたから、きっとアルは」
 記憶を取り戻せたんだと思う。
 ラッセルはそう言って笑った。
 この人たちのさり気無い優しさが、師匠の言葉が、アルフォンスに記憶を取り戻す切っ掛けを与えてくれたのかもしれない。
 そう、信じて。
「後は、あいつ次第だ。今はここで待ってるしか出来ないけど」
「そうだな……」
 悲しむだけ悲しんだ。
 どん底まで落ちた。
 後は何とかして這い上がるだけだ。
 それがどれだけ血反吐を吐く事になったとしても。
「今は、鉄のが自分のやるべき事を終えて帰ってくるのを待つだけだな」
 人気の無い待合室。
 そこにいた軍人達と金髪の青年は、アルフォンスの背中を見送った廊下を眺めていた。





「目が覚めた?」
 エメロードが目を開けると、アルフォンスがちょっと困ったように笑っていた。
「うん……」
「体の方は大丈夫? 辛くない?」
「平気よ」
 エメロードは下腹部に手をやって、そこに命がある事を確かめる。
 そして、それが誰かに守られた命なのだと痛感した。
「アル」
「何?」
「……子供が流れた人は、大丈夫?」
「……その事で、話があるんだ、エメロード」
 エメロード。
 今、アルフォンスは確かにそう呼んだ。
 いつもならば、エド、と呼ぶ筈なのに。
 少しびっくりした様な瞳でアルフォンスを捕らえると、アルフォンスは真剣な顔でエメロードを見ていた。
「ア……ル」
「あのね、エメロード。ボク、記憶を取り戻した」
「え?」
「無くした記憶、取り戻したんだ」
 ベッドの傍の椅子に腰掛けたまま、真っ直ぐな瞳でアルフォンスは言った。
「戻った、の?」
「うん、戻った」
 その言葉をアルフォンスが零した瞬間、エメロードは起き上がりアルフォンスの腕を掴む。
「じゃあ、私やエディの事は忘れちゃった、の……?」
 今にも泣きそうなエメロード。
 そのエメロードを見て、アルフォンスは首を横に振る。
「大丈夫。覚えてるよ、エメロードの事も、エドガーの事も、トルセイアの事も」
 記憶を取り戻したからと言って、新しい記憶が消える事は無い。ちゃんとアルフォンスの心の中に留まっている。
 けれど。
「あのね、エメロード。ボクの話を聞いて欲しいんだ」
「話…?」
「うん、話。ボクの名前はアルフォンス・エルリック。国家錬金術師で二つ名は鉄。二ヵ月半前にとある任務でトルセイアに赴いたんだ」
 はっきりと思い出せる。
 エドワードに来ていた上等な羊皮紙の令状。それを奪う形でアルフォンスが赴いた任務。
「任務の内容は、ある女性の確保。命令を出したのは、ゾルゲ将軍。確保する女性の名前は……」
「わた……し?」
「そう。ボクの任務は君をセントラルに連れてくることだった」
 エメロードが拒み続けていた、時折やってくる国家錬金術師。アルフォンスはその中の一人。
「う……そ」
「本当なんだ。でも、あの時豪雨で近くの橋が流されたでしょ? あの時に橋の上にいてボクは一緒に流された」
 そうして、エメロードが見つけたのだ。
 記憶を失ったアルフォンスを。
「だから、本当は、ボクは君の……」
「敵でもいい」
「え?」
「アルはずっと私達を守ってくれたもの。ずっと傍にいてくれたもの」
 アルバートが殺されて、暗く沈んでいた空気の中に訪れた一筋の光。それがエメロードにとってはアルフォンスだった。
「どんな人間でも、アルは大切な人よ」
 失う事の出来ない、かけがえの無い。
 アルフォンスの腕を掴んでいたエメロードの手に力が篭る。
「…じゃあ、嫌いにはなってもらえないんだね」
「当たり前よ。どうして嫌いになれるの? 結婚しようって言ってくれたじゃない。ずっと一緒にいるって言ってくれたじゃない。そんな人をどうして嫌いになれるの?」
「…………」
「ねえ、アル。何か言って? お願いだから…」
 じゃないと不安になる。
 何か悪い事が起きるんじゃないかと、不安に。
「エメロード……」
「約束、したよね? 一緒にいるって」
「……ごめん」
「何で謝るの? ねえ、どうして?」
「ごめん、エメロード」
「どうして謝るの? アルは何もしてないのに」
「ごめん……」
 言葉が出てこなかった。
 エメロードを守りたい。
 その気持ちは確かに存在する。
 けれどそんな気持ちなど些細なものだ。
 記憶を失っていた間、アルフォンスの全てだった人。
 なのに。
 もう、心は取り戻した記憶の中で時を刻み始めている。
 自分が進むべき道を歩み始めている。
「…子供が流れた話、聞いたよね」
「うん…」
「……ボクの、子供だった」
「え?」
「ボクの子供が、流れたんだ」
「アル……の?」
 さぁ、とエメロードの顔が青ざめた。
 アルフォンスは性的欲求がない。そう思っていたから。
 どこか、人と違う人だったから。
 誰かとの間に子供がいるなんて思いもしなかった。
「ボクの、子供、だったんだ……」
「…………」
 淡々と語るアルフォンス。
 エメロードは何も言えず、自分の下腹部を見た。
 この、命が流れてしまったら?
 流れてしまった人はどうするだろう。
 アルバートがここにいたらどれだけ悲しむだろう。
 そして、アルフォンスはどれ程の後悔をしたのだろう。
 アルフォンスの表情からは、内側の事なんて読み取れない。
 今まで一度もアルフォンスの真意を見る事なんて出来なかったけれど、記憶を取り戻したアルフォンスは本当に何も見えなくなっていた。
「エメロード」
「…………」
「ボクね、守りたい人がいるんだ。いや、守らなきゃならない人がいるんだ」
「…………」
「だから、ごめん」
 最低な事を言っている自覚はあった。 
 あれだけ守ると公言しておきながら、記憶が戻った途端突き放すなんて。
 酷い事をしている自覚はあった。
 けれど、そんな事で捨てられないエドワードへの想い。
 強すぎて、それしか見えないほどの、強い強い。
「……嘘でしょう? 嘘って言って、アル……」
「ホントなんだ。無くしてた記憶の中に、その人はいたんだ」
「…………」
「自分の命より大事な人なんだ。凄く、大切な人なんだ。絶対に手を離しちゃいけなかった人なんだ…」
 アルフォンスが記憶をなくしていなかったら。
 こんな事にはならなかったかもしれない。
 幸せな家庭を築けたかもしれない。
 けれど。
 それは、アルフォンスが手を離した瞬間からがらがらと崩れ去っていったのだろう。
「私、アルを失いたくない……」
「…………」
「アルがいたからまた歩き出そうって思えたの。アルが傍にいてくれるなら、頑張ろうって。それなのに、……」
「……エメロード」
「嫌。私は嫌。アルがいなくなるなんて嫌!」
「エメロード…」
「もう、誰かを失うのは嫌……」
「駄目だよ、エメロード。そんな事ばかり言ってちゃ……」
 アルフォンスはじっとエメロードの目を見て言う。
 エメロードの瞳はゆらゆらと揺れていて、困惑しているのが分った。
 それでも、アルフォンスは言葉を繋げる。
「エメロードはお母さんになるんだよ? 強くならなきゃ」
「それでも!」
 エメロードはアルフォンスの背に腕を回し、抱きついた。
「それでも、私は、アルフォンスを失いたくない」
 アルバートを失って、そしてこの人まで失うのか。
 エメロードの中にはそんな言葉しか浮かんでこない。
「…………」
 彼女は思いの外、アルフォンスに依存していた。
 アルフォンスにとっては予定外な程に。
 優しさは時折人を駄目にする。
 誰かがそんな事を言っていた気がする。
 きっとアルフォンスの優しさは、エメロードを弱くさせてしまった。
「じゃあ、エメロードにはボクをあげる」
「え?」
「いつも傍にいてあげる。でもそれだけ。それだけしか出来ない」
 きっとあの人は分ってくれる。
 一番大事な人は分ってくれる。
 傍にいることだけが、全てではないと。
「…それでもいい。アルが傍にいてくれるなら……」
「だけど、心はあげられない」
「……え?」
「ボクは君を守るって言ったから。だから傍にいて守るよ。だけど、エメロードに心はあげられない」
「どういう、事?」
「心はずっとたった一人を思ってる。ボクの心はその人のものだから」
「…………」
「そんなボクでもいい? がらんどうな鎧みたいなボクでもいいの?」
 体だけならいくらでも差し出せる。でも、心まではどうにも出来ない。もう、それはアルフォンスにとって本能に近い。
 エドワード。
 それが、アルフォンスの全て。
「……どうしたら、アルは私を見てくれるの?」
 エメロードが泣いている。けれど、その涙には罪悪感しか感じない。愛情と勘違いしていた感情は戻ってこない。
「もう、エメロードは見ない。ごめん、その人しか要らない。記憶を失う前のボクの世界はその人で回ってたから」
 だから、もう二度と心は譲らない。裂いたりしない。その人だけを思っていく。
 アルフォンスの意思は固かった。
 エドワード・エルリック。
 アルフォンスにとって、母であり姉であり大切な人であるエドワード。
 エドワード以外、必要ない。
「だから、ボクがエメロードを見る事は、もう一生ない」
「…………っ」
 酷い男だと罵ってくれて構わない。
 嫌ってくれてもいい。
 それでも、アルフォンスにとってエドワードは譲れないものだった。
 大切な、大切な。
 かけがえのない、存在。
 一言でなんて到底表せない、アルフォンスの全て。
「助けてくれて、ありがとう、エメロード」
 その事は深く感謝している。
 あの時、助けてもらえなかったら、おそらく死んでいただろう。
 一生かけて返せるか分らないけど、その恩義には報いたかった。
「…………」
 俯いて、反応を返さないエメロード。
 酷い事を言い過ぎたかもしれない。
 それでも、彼女には一人で立って欲しかった。
 僅かでも、愛情を傾けた人だったから。
「立って歩け、前へ進め」
 突然の言葉。
 その言葉に、エメロードはアルフォンスを見る。
「あんたには立派な足がついてるじゃないか……」
「アル……?」
「ある人の受け売りだけどね。エメロード、思い出して。君にはエドガーがいる。そして、新しく生まれてくる子供がいる。君が守る存在になるんだ」
 偉そうな事を言っている自覚はあった。
 それでも、一度はエメロードに言っておかなければならない苦言。
 これからずっと生きていく人に、投げかけておかなければならない言葉。
 優しさはきっと今のエメロードを駄目にする。
 また泣くかも知れない。そう思ったけれど。
 エメロードは目を丸くしてアルフォンスを見た。
 まるで、何かに驚いているかのように。
「ボクは、君を決して忘れないから。だから」
 強く生きて。
 アルフォンスはエメロードの手を強く握ってそう言った。 
「……アルバートと同じ事を言うのね」
「え?」
「君が守る存在になるんだって……男の人って勝手な事ばかり言うのね」
「…………ごめん」
 俯いたアルフォンスの頬にそっと手を当てて、エメロードはアルフォンスの顔を自分の視線まで上げると、少し笑うと。
「アル………」
「何?」
「アルの大事な人は、どんな人?」
「え?」
「アルが大事にしてるくらいだから、きっと凄い人なんでしょうね」
 優しかったアルフォンス。
 包んでくれたアルフォンス。
 傍にいてくれると言ったアルフォンス。
 その全てを惜しみなく注いできた相手。
「…うん、凄い人だよ。世界中探したってどこにもいない。強くて脆くて温かい人。ボクの一番大切な人」
 何度もこの世界に呼んでくれた人。
 消えかけていた自分を呼び戻してくれた人。
 いつも傍にいてくれる柔らかで温かな。
 エメロードに悪いと思いながらもアルフォンスは正直な気持ちをエメロードに伝えた。
 そうすると、エメロードは。
「私も謝らなきゃ、ならないわ。アル」
「何を……?」
 謝るのは自分であって、彼女ではない。
 酷い事をしているのは、自分。
 なのに、彼女は謝るという。
「あのね、私……まだ、アルバートを愛してるの」
 ぽろぽろと涙を零しながら、エメロードは言った。
 死んでしまったアルバート。
 優しくて強くて誠実で、アルフォンスに良く似た。
 エメロードは気付いていた。
 アルフォンスにアルバートを重ねていた事。
 アルフォンスの中にアルバートの残像を見ていた事。
 アルバートなら良かったのに。
 何度もそう思った事。
 その存在は、まだエメロードの中に強く残っている。
 アルフォンスを失う事が、またアルバートを失う事のようで、怖くて耳を塞いでしまった。
 アルフォンスに甘えていたのだ、きっと。
「そんな事、ずっと前から知ってるよ」
 エメロードがアルフォンスにアルバートを重ねていた事くらい、分っていた。
 それでも、守りたいと思っていた。
 助けてくれた人だから。
 姉と言う、女性だったから。
「それでも守るって言ってくれたのね」
「…女の人は守るものだと思ってたから」
「………やっぱり、アルは優しいのね」
「優しくないよ。どうしようもなく、酷い人間だよ」
「ううん、優しい。じゃなきゃ、私のところに来てくれる筈ないもの」
 記憶が戻って、大切な人がいて、自分の子供が流れた。
 そんな状況下で、守るとは言ったものの、記憶の無い時間を過ごした人の所にくるなんて。
 優先順位を間違ってる。
「……アル」
「何?」
「…………ありがとう」
 すっとエメロードはアルフォンスから手を離し、そう言って。
 笑った。
「エメロー…ド」
「私は大丈夫。エディがいる。この子がいる。アルバートが心の中にいる。だから、大丈夫」
 本当は傍にいて欲しい。
 けれど、これ以上アルフォンスをこちら側に縛り付けておくわけには行かない。
「きっと、アルフォンスは比翼の鳥なのね」
「ひよくの、とり?」
「アルバートが教えてくれたの。東の国の想像上の鳥。雌雄が各々つばさと目を一つずつもち、つねに雌雄一体となって飛ぶという鳥。きっとアルはその鳥なのね」
 対でなければ飛べない鳥。
 アルフォンスにはきっと対になる鳥がいるのだ。
「だから、戻ってあげて?」
 唇を噛み締めて、エメロードは涙を堪える。
 本当は手放したくない。
 でも。
「私は平気よ。自分の足で立って見せるから」
 もう、追わない。
 面影を追ったりしない。
 アルバートがこの胸にいる限り、他の誰も見ない。
 アルフォンスのように一途になりたい。
 それは、エメロードが見せた小さな意地。
「………ごめん、エメロード」
 酷い決断を迫った。
 それなのに、選んでくれたエメロード。
 きっと、彼女には謝っても謝りきれない。
 それなのに。
「私こそ、ごめんね、アルフォンス」
 エメロードは綺麗な声でそう言う。
 この人の足かせにはなりたくない。
 エメロードは満面の笑顔を浮かべて、アルフォンスを見る。
 それを見たアルフォンスは、ぎこちなく笑って。
「ありがとう。大好きだったよ、エメロード」
 そう言って病室を後にした。 





 真っ白な廊下。
 真っ白な壁。
 真っ白な扉。
 吐き気を覚えるほどの白に惑わされながら、アルフォンスはエドワードの病室に向かう。
 けれど、そこには。
 エドワードの病室の扉の前には。
「……悪いが、お前を会わせる訳にはいかないよ、アル」
 アルフォンスを見ながらイズミがそう言った。





 ぼたんをかけちがえた
 きっとそんなささいなこと
 でもそれははもんのようにひろがって
 おおきなおとをたてた



 まだ、だいじょうぶ。
 きっと、だいじょうぶ。
 ゆくべきみちはのこってる





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