数馬、俺この町を出るんだ
高校を卒業してから2年、もうすぐ数馬は20歳の誕生日を向かえようとしていた。作兵衛と離れてからもう2年…… いったいどこで何をしているのかも分からない、連絡の一つも寄こしてこない作兵衛に対して数馬は段々とあきらめかけていた。この2年それなりに出会いはあった。けれどもその度に、卒業式の時に作兵衛と交わした“約束”を数馬は思い出していた。
「数馬、俺この町を出るんだ」
「え? だって作兵衛、地元の大学に行くって……」
「断ったんだ、やっとやりたい事が見つかったんだ」
「そんな……」
「今は言えない。けど絶対戻ってくる。数馬、待っててくれるか?」
あの日作兵衛の言った言葉、あまりにも幼い口約束。
(本当は離れたくなかったなぁ、なんて今さら遅いけどさ……)
あの日、作兵衛に何て言葉を返したのか、どんな顔を作兵衛に見せていたのか、数馬は覚えていなかった。ただ、満開に咲き誇っていた桜と作兵衛の真剣な顔、交わした約束だけがずっと数馬の脳裏に残っていた。数馬ははぁ、と一つ息を吐き、鬱々とした気持ちのまま大学に行く準備に取りかかる。身近に置いてある鞄を手に取り、玄関の扉に手を掛けた。数馬の心のように重たい扉を開くと一筋の風と共に桜の花びらが舞い込んできた。とっさに風で乱れた髪を押さえながらも目の前の花びらに手を差し出す。ひらり、ひらりと数馬の手の中に落ちてきた花びらに心の中が少し晴れたような気がした。どこの桜だろう? そんな事を考えながら玄関の扉に鍵を閉めた。鍵は無くさないように鞄の定位置にしまい、視線を鞄から家の前に向ける。家の前には一台の車が止まっていた。
(見ない車だな……)
不思議に思いながら車の横を通りすぎた時、後ろ背に車のドアが開く音が聞こえた。
「よぉ」
あまりにも聞き覚えのある声に数馬は一瞬、頭の中が真っ白になった。驚きや寂しさ、嬉しさ、いろいろな感情が溢れ出してきた。後ろを振り返るのと同時に数馬は走りだしていた。どん、と勢いよく声の主へと飛び込んだ。
「馬鹿…… 馬鹿もう2年も経ったんだよ。ずっと待ってるなんて思ってたの? 馬鹿だよ作兵衛……」
数馬は今にも溢れだしそうに目の端に涙を溜めて作兵衛の胸を叩き続けた。うん…… うん……と申し訳なさそうに、でも愛おしそうに数馬の頭を撫でながら作兵衛は静かに数馬の話を聞いていた。
「でも待っててくれたんだろ?」
はにかんだように笑顔を見せた作兵衛に数馬は馬鹿…… と静かにつぶやき、涙が頬をつたった。離れていた2年間を埋めるかのようにしばらく2人は抱き合い、お互いの温もりを確かめあっていた。
「あのさ、数馬に見せたい場所があるんだ」
急に数馬は両肩を掴まれ作兵衛と向き合う形になった。2年ぶりに見た作兵衛は少し大人びていて、それでも2年前と変わらない真剣な顔で数馬を見た。作兵衛に促され、数馬は車に乗った。車の中はほんのりと甘い匂いがこもっていた。よく見るとフロントガラスや車内に桜の花びらが付いていた。
(ああ、作兵衛が春を連れてきてくれたのか……)
数馬は自然と笑顔が零れていた。しばらく流れる景色を見ていた数馬だったが、泣き疲れたのと車の心地良い振動、車内の甘い匂いについうとうとと、眠ってしまった。
「数馬、数馬」
作兵衛に呼ばれ数馬が目を覚ますと古ぼけた民家の前で車は停まっていた。数馬にとっては初めての場所で少し戸惑いを隠せずにいたが、着いたよ、と車を降りた作兵衛の後に続き数馬も車を降りた。外の空気に触れた瞬間、車内よりもずっと強く甘い匂いが鼻についた。数馬は辺りを見渡すと民家の隣に大きな桜の木が立っていた。今まで数馬が見てきた桜とは違い、はっきりとした色で色濃く咲き誇っていた。すでに花びらは散り始めていたが濃い色で桜のシルエットがはっきりと分かる。じっと桜を見つめている数馬に作兵衛は綺麗だろ、と声を掛けた。
「俺とばあちゃんが昔一緒にすんでた家なんだ。ぼろっちい家だけど、俺は気に入ってんだ。」
そう話しだした作兵衛は懐かしそうに、そしてとても愛おしそうな表情を見せた。思わず見惚れてしまった数馬は慌てて作兵衛から視線を移す。そして視線をゆっくりと桜から民家へと移していく。民家は外観こそは古いが、綺麗に整備もされているようだった。何よりも作兵衛の思い出の場所、ましては作兵衛と共に育ってきた桜の木と民家に数馬の胸は暖かい気持ちでいっぱいになった。
「何年も誰も住んでいなかったから修理するのが大変でさ、2年もかかっちまった。でも数馬と一緒に住みたいと思ってたからさ……」
「え?」
「今すぐにとは言わねぇけど、俺の気持ちはずっと変わらねえ。ずっとずっと数馬と一緒に居たいんだ」
不意に投げかけられた言葉に慌てて作兵衛の方を見ると耳まで赤くして、照れくさそうに数馬を見つめている作兵衛と目が合った。数馬と目が合うと作兵衛は幸せそうに笑った。
“数馬、結婚しよう”
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この度はご投稿をありがとうございました!
桜の花と一緒に素敵な未来が舞い降りて来た事に感謝です。
思い出の詰まった家で、素敵な家族が出来ていくと思うと思わず顔が綻びます。
コメント:高橋侑
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