「数馬、明日の午後空いてるか? 女装の補習の前にさ、ちょっと頼みがあんだけど。」
数馬が、作兵衛に言われて頷いたのが、昨日の放課後。
腕を広げて自分の姿を見る。 女装、というよりは本来の姿で、梅雨のこの時期にふさわしい紫陽花の色の小袖をまとっている。
娘らしい丸みを帯び始めた線を、いつもは隠そう隠そうとしているのだけど今日一緒に出かけるのは作兵衛だけだ。
(作兵衛鈍いし、大丈夫だよね。)
機嫌良く口元を緩ませて、数馬は荷物を手にする。
ここまで自分本来の装いでいられる事など、長い休みで家にいる時だけだ。 自然、心が浮き立つ。
さて、作兵衛はどんな格好で来るのだろうと、わくわくしながら事務の小松田に署名した紙を渡す。
「今日の三反田くんは、ずいぶんかわいいね。 本当の女の子みたいだよ。」
ふにゃりとした声に数馬は笑ってしまいそうになる。 本当に女の子ですよ、と心の内で言って、にこりと微笑んで見せた。
「小松田さんに言われてもなあ。」
「あ、ひどいなあ。 自信持っていいよ。 美人じゃないけど愛嬌あるから。」
じゃあ行ってらっしゃい、と手を振る小松田に、数馬は少し憮然とする。
小松田さんは正直すぎる、と、ぽつりと口にしてから待ち合わせ場所に向かった。
学園を出て3つの角を曲がると一際大きな木が立っている。 準備に手間取っているのだろうか、そこに作兵衛の姿はまだなかった。
作兵衛の女装はいつもひどいので、この時ばかりはほぼ確実に補習をくらう彼の、今日はお手本になる約束。
まず、がにまた歩きを直してもらわないとと数馬は思う。
「わりい、遅くな…って なに、にやにやしてんだよ。」
学園の方角から、がにまた歩きの、大変厚化粧な女の子が現れて数馬は言葉を失った。
その次の瞬間笑いが炸裂する。
「さ、作兵衛、ひどい! 全部ひどい!!」
「なっ!!」
「ちょ、化け物の術、名前の通りになってる…! ひどい!!」
ひーひー言って笑う数馬の大口だって相当なものだと作兵衛は言って顔を真っ赤に染め上げてそっぽを向いた。
そんな作兵衛に、数馬は笑いを静めようと努力をする。 笑いすぎて息が苦しいからそれも整える。
「作兵衛、こっち座ろうか。 お化粧少し直してあげる。」
ちょいちょい、と、休憩用に作られた古ぼけた椅子に作兵衛を誘えば、おとなしく腰を下ろした。
「薄化粧でいいんだよ。 塗って誤魔化そうとするから化け物になるんだ、作兵衛は。」
「だってよ、鏡見ても見ても、女らしくならねえから。」
「それは自分が男だって思ってるからだろ。 目、つむって。」
言われたとおり目をつむる作兵衛が何だか常より幼く見えて、数馬はふふ、と笑う。
「なんだよ。」
「なんでもないよ。 はい、できた。 うん、かわいい。 さっきよりほんのちょっとだけ、だけど。」
小さな手鏡を渡すと、興味深げに自分の顔を映して、いろんな角度から見た作兵衛は、情けない顔を数馬に向けた。
「おれが化粧してる…。」
「うん。」
「男にしか見えねえ。」
そんな事ないよ、と数馬は返して立ち上がる。
「じゃあ、次は歩き方ね。 町に着くまでに、ちゃっちゃと覚えちゃおう。」
町に着くまでの間、それはそれは大変だった。
作兵衛の仕草はとても女の子には見えない。 まるで別次元のものだ。
数馬は、足広げない、腕の振りもっと小さく、と何度も言う羽目になったけれど、その甲斐あってか作兵衛も、まあせいぜい「がさつすぎる女の子」位に見えるようになったと思いたい、と数馬は苦笑した。
「さて、買い物するよ作兵衛。 うまくやってよ。」
「お、おう。」
二人で決めたルールは、怪しまれずに腰紐を買う、この一つ。
暖簾をくぐれば、色とりどりの紐が並んでいた。
「あー、挫けそうだ。」
ぽつりと言う作兵衛に、しっかりしてよと、数馬がその背中をぽんぽんとたたく。
「頑張ってよ。 どうする? わたし、傍にいる?」
「そうしててくれ、一人とか、ほんと無理だ。」
「情けないなあ。 あ、ほら、これすごく綺麗。」
うんざりしている作兵衛には悪いけれど、数馬は所狭しと並ぶ、紐や飾りに胸が高鳴るのを感じた。
男の子と偽っている身としては、なかなかこういう店は見られないけれど、今日一緒にいる作兵衛は自分がうまく騙せるかで頭がいっぱいになっている。 きっと数馬が嬉々として女物の飾りを見ていても、おかしい、とまでは頭が回らないだろう。
これはちょっとなあ、これ好き、そう言って手に取る数馬は、作兵衛が、髪飾りを手にした事に気づかなかった。
作兵衛は少し離れた所で、片目を瞑って、視界の中で数馬の髪に重なる位置まで髪飾りを持ち上げる。
一つ頷いて、こっそりと店主に声をかけて、それを預けた。
「あれ? 作兵衛?」
はたと、作兵衛が近くにいない事に気づいて、数馬はきょろきょろと辺りを見渡した。
いない、と不安が心に浮かんだ所で、数馬、と作兵衛の声がかけられて、安堵の表情で数馬は振り返る。
「夢中になって見てるな。」
「作ちゃん、口調。 それにわたしは数。」
はいはい、と、作兵衛は生返事をするので、本当に女装をなんとかする気があるのかと聞きたくなってくる。
数馬は、もう、と口を尖らせて、ひと組の紐を手にした。 そうすると、また気分が浮き立つ。
「これ、作にあうと思うんだ。 ほら、その小袖にもぴったりでしょう?」
嬉しげに笑う数馬に、作兵衛は少し目を瞠った。
なぜか赤い顔でその腰紐を受け取り、いってくる、とぼそぼそ口にして、店主の元に向かう作兵衛の背中を、数馬は見守る。
店主の前では、きちんと女の子の喋り方を心がけているようだった。 疑われてはいない。
内心はらはらとしながら見守る数馬は、買い物を追えた作兵衛のはにかんだ笑顔を見て、ようやく安心した。
この分なら、補習も大丈夫なはずだ。
「待たせたな、なんか食って帰ろうぜ。」
「あんみつがいい。」
はいはい、と作兵衛が言って店を出るのに続きながら、数馬はどうしてこんなに気を抜いてしまうんだろう、と今更ながらに不思議に思った。
まるで、女の子の数馬を作兵衛が受け入れてくれてるかのように、すごく自然にいられる。 作兵衛は数馬が女の子だと知らないはずなのに。
(なんで、だろう。)
「数、早く来いよ。」
立ち止まって振り返る作兵衛に、なんでだか、無性に嬉しくなって数馬はふわりと笑った。
男の子らしく、なんて考えない、自分本来の笑顔。
「作、今日はありがとう。」
「…おれのセリフじゃね?」
「ふふ、そうだね。」
隣に並んだ数馬に、作兵衛は変な奴、と、顔をほころばせた。
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にこにこと、あんみつを頬張る数馬に作兵衛は、泣きたくなるほど嬉しくなった。
今日の数馬は、とても、女の子らしい。 学園では見る事のできない数馬、だ。
一年前に、作兵衛は数馬に違和感を感じるようになった。
背は自分達と変わらないのに、手も足も、どこか小さく感じる。 同じ事をこなしているのに、筋肉の付き方がどこか違う。
そう思っていた矢先に、くのいち教室の女の子を見た。 そして、この違和感の元に気づいたのだ。
数馬は、女の子だ。
作兵衛が数馬の性別にきづいてから、それまで以上に数馬の動向を見るようになった。
数馬がどれほどの緊張の中で生活しているのか想像に足る。 今日は少しでも数馬への労いになればと誘ったのだ。 少しでも気を抜けるように自分も女装をして。
女装の授業が補習になって、そう思いついた。
作兵衛は先程紐と一緒にこっそりと買った髪飾りをいつ渡そうかと考えあぐねていた。
今日の礼にと言えば、数馬は受け取るだろう。 それでも心臓はうるさく騒ぎ立てる。
顔に熱が集まり息まで苦しくなってきて、作兵衛は数馬から一度目を逸らした。 そうしている間にも数馬はあんみつに夢中で、それが悔しく思えてくるから、自分は勝手だと思い知る羽目になる。
ため息をついた所で、数馬が顔を上げた。
「食べないの?」
「食うよ。 狙うな。」
匙を取りひとすくい、口に運べば疲れを癒す甘さが広がる。
鳴りたてていた心臓も少しはおとなしくなってくれと作兵衛は祈りながら、意を決して先程包んでもらった袋を取り出す。
数馬が食べ終わったのを確認して、作兵衛はそれを数馬にさしだした。
「これ、礼だ。」
「え?」
きょとんと、数馬がその袋と作兵衛を交互に見る。
「え、これ、さっきのお店の…、」
いつ買ったの、と数馬はいいながら、そっと受け取って開けていいかと訊ねた。
「おう。」
数馬は、喜んでくれるだろうか。 作兵衛は目を逸らしたいのを堪えて数馬の表情を注視する。
出てきた髪飾りに、数馬は感嘆の声を上げて作兵衛を見た。
「作兵衛、」
「数馬の髪なんもつけてねえのなんか寂しいからさ次の女装の時にでも付けりゃいいんじゃねえ?」
一息で言ってしまうと、沈黙が落ちた。
気に入らなかったかと作兵衛が顔を俯きかけた時、数馬が周りには聞こえないほどの小さな声で、作兵衛、と呼んだ。
「作兵衛、ありがとう。 わたしも何か飾りほしいなって思ってたの。 すごく、嬉しい。」
ふわふわと、あたたかな笑顔が作兵衛を捉えた。
作兵衛は胸をぎゅっと押さえる。 ひどく苦しかった。
数馬は素早く髪飾りをつけて、どうかな、と聞く。
学園では、決して言えないけれど、今なら言える気がした。
「…すげえ、かわいいよ。 数馬。」
それを聞いて、一瞬丸い目を更に丸くさせた数馬は、嬉しい、と頬を染める。
その言葉も表情もとても素直なものに思えて、作兵衛はまた、泣きそうになった。
いつか、言えるだろうか。
お前が女だと知っていたよと、
ずっと、お前に恋していると。
作兵衛はちかちかと瞼の奥で光が明滅するのを感じていた。
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この度はご投稿をありがとうございました!
数馬は頑張って性別隠してるんでしょうね…
不意に見せる女の子な部分にきゅんきゅんする作兵衛も可愛いです。
コメント:高橋侑
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