花やリボンで飾られていたのは、目にも鮮やかなカラフルなポップスタンドだ。それは雑貨屋の前に大きくぶら下がっていて、店の前を歩いていた作兵衛の目を捕まえた。片付け途中らしく、中途半端にぶら下がっていたのも気になるけれど、それよりもそこに書いてある見慣れない言葉を不思議に思い、脇に残っていたペーパーを作兵衛は手に取った。そこに書いてある説明を読んで30分後、真っ赤な顔をして店に入り、そこから出てきたのはさらに1時間たってのことである。
あなたに花を捧げましょう
『あ!作ちゃん、ちょっとそこの洋服屋さん入ってもいい?』
そう言って昨日のデートで一緒に入ったのは、数馬の趣味とは離れたカジュアルな洋服屋だ。いつもふわふわとした可愛らしい印象の服を着ている数馬にしては珍しいと思いながら入ったそこで、彼女が手に取ったのは濃いオレンジ色に、臙脂のラインでアクセントをつけたシンプルなTシャツ。あ、自分好みだなんて思っていたら、数馬が笑う。
『このあいだ見つけてね、ずっと気になってたんだ。良かったまだあって!』
嬉しそうに笑いながらそれを当てて似合うと笑ったけれど、数馬が当てたのは自分の身体にじゃなくて、作兵衛の身体にだ。
『なんで俺なんだよ!』
『え?だって作ちゃんにぴったりだと思ったんだもの』
なんてことのないように笑って、止める間もなく買ってきて、プレゼントだと受け取らされたTシャツ(もちろん嬉しいけれど)。それは今タンスの一番上の引き出しに、大事にしまわれている。
『いつものお礼だよ。今日はそういう日だからいいの!』
嬉しそうに、楽しそうに。満面の笑みでそう言われてしまい、払うと言ったTシャツの代金も受け取ってくれず、映画に遅れるからと手を引かれて走ったものだから、その日は結局それ以上聞けなかった。
そういう日。昨日はたんに「そういう気分の日」なのかと思って受け入れてしまったけれど、そうじゃなかった。ちゃんと本当に、「そういう日」だったんだ。
最初の雑貨屋と、その後他のお店でも買い集めた材料を前にして作兵衛は思い返す。
言ってくれればよかったのに、と少しだけ不満に思った。自分の無知に、自分でイラつきもした。けれどそれを言えば、きっと数馬は自分がしたかったからそれでいいんだとまた笑うのだろう。でも。
「俺だって、言いたいのは一緒だ」
よし、と1人気合を入れて机に向かい、作兵衛は針に糸を通しはじめた。
「こんな時間にどうしたんだろ…」
夕飯も終わりそろそろお風呂に入ろうかと思っていた時、数馬の携帯電話が少女趣味と言われるような着メロを響かせた。きらきらとしたラブソングに固定登録しているのはいわゆる自分の彼氏さん。ぱっと顔を輝かせてメールを開けば、そこには渡すものがあるから今から行っていいかという確認のメールだった。作兵衛らしい簡潔なメール。けれど珍しいことに何を渡すかが書いてない。いったい何を持ってくるというのだろう?ほんの少し疑問に思いながら、返信メールを書き始める。
『大丈夫だよ。今日は少し寒いからあったかくしてきてね』
同じような短い返信を打ってから、カーテンの隙間から見えた景色に慌てて言葉を付け加えた。
『あと雨降ってるみたいだから、滑ったりしないよう気をつけてね!』
もう一度読み直してからうなずいて、送信ボタンを押して立ち上がった。カーテンを半分だけ開けて外を見れば、夜の雨が庭の桜を濡らしていくのが見える。
数馬の家にあるのは咲いたばかりの八重桜だけれど、作兵衛の家からうちまでにある他所の桜はもう散り始めてる染井吉野だ。この雨で花びらは散って、道路が滑りやすくなってるだろう。不運な自分とは違うだろうけれど、作兵衛が転ばないだろうかと少し心配する。
空模様を見上げながらそんなことを考えていると、ふたたび手の中の携帯が先程と同じ曲を鳴らした。ぱかりと開けてメールを開けば、分かった、とたった一言。ぶっきらぼうな言葉だ。くすりと笑って携帯を閉じる。
枝の隙間から自転車のライトが見えるまであと7分。
角を曲がって少し走ると、正面にある二階建ての家から明かりが一つ減る。庭の大きな桜の枝の隙間に見える二階の角部屋、そこの細長い光が消えるのだ。それを見るたびにあと少しだ、とペダルを踏む足が強くなる気がする。
家の正面に着くか着かないかの内に玄関の明かりがぱっとつき、中から人が出てきた。薄藍色の傘をさした、菫色の髪の毛の女の子。一番大事な、一番鮮やかな女の子。
「数馬。待ったか?」
きゅいっと軽い音を立てて自転車を止めると、こちらに近寄りながら数馬は首を振った。
「ううん、平気。それより途中滑ったりしなかった?」
心配そうに眉毛をハの字にする数馬に大丈夫だと言えば、よかったとふんわり笑う。そして次にもっと明るく笑顔になった。
「あ、それ昨日の!着てくれたんだ」
「おう」
作兵衛の着ているパーカーの開いた前の部分から見えるのは、昨日数馬がくれたTシャツだ。最初は特別な時に着ようと思っていたけれど、数馬を喜んでもらいたい今だって特別だ。そう思って家を出る寸前に着替えてきた。
「ふふ、ありがとうね。それで、渡したいものってなぁに?」
Tシャツに気付いてにこにこしている数馬に、作兵衛はあぁだのうぅだの小さく呻く。斜めにかけたバッグの中身に、バッグの上から手を当てながら考える。自分はどう言えばいいだろう。来る途中だってずっと考えていたけれど、スマートな言葉なんて自分には言えない。そんなの言おうとしたら変な風に舌を噛んで死んでしまうかもしれない。饒舌にはなれない自分を恨めしく思いながら、気取った言葉は諦めた。格好良くなれない彼氏でごめんなさい。
「あの、さ。数馬にこれ渡したくって…」
傘を肩で担ぎながらバッグの中から小さな紙袋を取り出すと、そっと数馬に差し出した。渡す瞬間、手が震えてたのがばれないよう祈ってたのは小さな秘密だ。
「なぁにこれ?開けていい?」
「いらなかったら捨ててかまわねぇから」
照れ隠しに桜を見上げながらそう言ってはみる。けれどそんなの嘘だ。捨てられたら正直、泣くと思う。紙袋が開かれていく音を聞いているあいだ心臓の音が耳元でうるさくて、押さえつけるように自転車のハンドルを強く握った。かさかさと軽い音が止まった瞬間数馬のあげた声に、全身が固まる。
「作ちゃん!」
「な、なんだよ」
きしんだ音がたちそうなほど堅い動きでふりかえれば、顔を真っ赤にさせて口を開けて、そのまま手の中をじっと見ている数馬が見えた。
「何これ可愛い!!凄い可愛い!どこで買ったの!」
きらきらと目を輝かせる数馬の手の中にあるのは、片手に収まるサイズのバレッタだ。折りたたまったリボンでできた八重の花が、三つ並んだ作りになっている。重なった花びらのすき間に小さなパールが埋まっているのを見つけ、まるで朝露のようだとさらに笑みを深めて数馬は喜んだ。
「この花びらのリボンも凄い可愛い…リボンの色がオレンジだし、八重山吹みたいだ」
そういいながら指先でつつくリボンは、オレンジ色のリボンを白い小さなレースが縁取っているもので、そのリボンだけでも数馬の心をときめかせた。いったいこんなの、作兵衛はどこで見つけたんだろう。絶対にお店チェックしなくちゃと意気込み、バレッタの入っていた紙袋を見てみるけれど名前はない。袋を閉じていたのもただのセロハンテープ。残るは買ってきた作兵衛だけだと顔を上げれば、真っ赤になってる作兵衛に驚いた。
「…作ちゃん?」
こてりと首を倒して声をかければ、静かな雨音にも消えそうな声が返ってきた。
「……俺が…くった」
「くった?」
くった。食った?何を?
この場に合わない言葉に疑問を深めて数馬がついオウム返しをすると、だから、その、とためらう声がまた聞こえる。じっと作兵衛の言葉を待つと、ようようきちんと聞こえる声で答えが返る。
「それ、俺が作ったんだよ」
悪いか。そう後ろに付け加えた作兵衛に、数馬はぽかんとしてしまう。
作兵衛の手先の器用さは知っている。けれどこの、数馬の趣味ド真ん中を撃ち抜くような可愛いバレッタを、どこかの品物かと思うようなバレッタを、作兵衛が作った?
「え、え、ななななんで?どーして?どーやって?!」
視線をまたそらしてしまう作兵衛に、つい詰めよってなんでなんでと袖を引っ張り質問を重ねると、ぼそぼそと小さく、近づいてるから聞こえるくらいの声で話しだした。
「雑貨屋とか手芸屋で材料は買って、昼過ぎくらいから始めて、さっき出来て、渡すの月曜でもいいかと思ったんだけど、やっぱ早く渡したくって…」
これ、と言いながら作兵衛がうつむいた視界に入るのは、数馬のくれたTシャツだ。
「昨日くれたの、オレンジデーだからだろ?」
「……知ってたの?」
ぼうぜんと呟いた数馬に、否定で答える。オレンジデーなんて言葉を知ったのは、一日遅れの今日が初めてだ。
昨日の日付は4月14日。この日はオレンジデ―と呼ばれているけれど、その認知度はバレンタインデーやホワイトデーに比べたらずっと低い。
「お世話になった人とか、恋人同士が、感謝の気持ちを込めてオレンジ色のものを送り合う日なんだってな」
雑貨屋の前で読んだ説明書きには、そんな言葉が書いてあった。それを読んで作兵衛は、数馬のことをすぐ思い浮かべて、何か自分もプレゼントしたいと強く思った。
数馬に何かあげたい。でもすぐになくなってしまうようなお菓子や、枯れてしまうような花は嫌だ。数馬に似合いそうな洋服だったら見つかるだろうけど、女性物の服屋に入るのは恥ずかしすぎるから断念した。あんまりネックレスや指輪みたいなアクセサリーはつけないし、ハンカチなんかじゃあんまりにもおざなりみたいだ。
雑貨屋の前でうんうんうなって頭を抱えてた。頭から煙が出そうになったとき目に入ったのは、店先に並ぶヘアアクセサリー。それを見た瞬間、
「数馬に髪飾り、作りてぇって思ったんだ」
数馬のふわふわとした菫色の髪。それを自分の作ったもので、もっと色鮮やかにできたならと思った。
「前に数馬の壊れたバレッタ直したことあったろ?どうやって出来てるかとかは覚えてたし、それに自分で作ればさ」
ちょい貸して、と数馬の手の中からバレッタを取ると、ひっくり返して一部を指さす。そこにはバレッタの金具に隠れるように、安全ピンもついていた。
「こういう細工もできるだろ?髪につけない時とか、ブローチみたいに使ってもらえりゃいいなって」
真っ赤になりながら材料をあれこれ買った。店員さんに笑われるんじゃねぇかと思って頭もぐるぐるになった。家に帰って作ってるとき、いつ親に見られるかとひやひやした。心臓バクバクさせながら完成したのはついさっきのことだ。こんなものは始めて作るから、出来具合は正直不安ばかり。けれど、オレンジデーから少しでも離れないうちに渡したかった。
「数馬に早く言いたくなって、来ちまったんだ」
頬をかきながらバレッタを見て、数馬の手の中にもう一度渡す。今度は目を合わしながら手渡せた。
「弁当作ってくれたり、怪我の手当てしてくれたり、一緒にいてくれたり。ありがとうな」
いつも感謝ばかりだ。
ありがとうなんてそんな気持ち、俺だって言いたい。
だけど自分は口下手だから、こういうときじゃなくちゃなかなか言えない。
枯れる花は自分の気持ちまで枯れるみたいで渡せない。
そんな臆病な自分だ。
悪いように考えてしまい、花の一つも渡せない格好悪い自分だ。
でも、できることなら感謝の花を渡したいとも思った。
だからせめてとばかりに、ありがとうの気持ちを目一杯詰めて花を作ってきた。
大好きな数馬に、俺が渡せる花を。
大切な数馬に、俺だけが渡せる枯れない花を。
目をまん丸にしながらそれを聞いた数馬は、へにゃりと眉毛をハの字に曲げてうつむくと、持っていた傘を作兵衛の手に押しつけて後ろを向いた。突然の行動に目をしばたかせる作兵衛の前で髪をとかすと、もらったバレッタでさっそくまとめてみせる。
「作ちゃん、似合う?」
後ろ向きのままに問えば、面映ゆそうな表情で作兵衛が頷く。それは頭の中で思い描いた景色。そしてそれよりもずっと幸せな景色。その喜びに誘われて、いつもと違ってすんなりと気持ちは口に出せた。
「似合う。…ぴったりだ」
その声にぱっと振り向くと、数馬は花咲くように笑って、
「作ちゃん大好き!」
そのまま勢いよく抱きついた。
作兵衛の指の絆創膏に数馬が気付き、怒りだす7分前。
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この度はご投稿をありがとうございました!
オレンジデーって確かに忘れがちですよね。
バレッタを作ってる時の作兵衛はきっと真っ赤なんでしょうね!
コメント:高橋侑
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